第259話 銀のもふもふに乗って

「何か来ます。」


 何かとは言ったが、近づいてくる魔力の気配は恐らく〝守り手〟だ。少なくとも魔物ではない。器を置いて立ち上がると、待つまでもなく、獣の群れが私たちを見下ろす岩の上に止まる。


「銀狼だ。心配いらない、彼らは敵ではない。」


 ジョノミディスがそう言って進み出ていくと、銀狼も岩の上から降りてきた。その後、ジョノミディスが魔力を投げて銀狼と挨拶を交わすと、その隣に立つ私にも魔力が投げられた。


 凄まじい圧を感じる魔力だが、私が受け取れないという程ではない。軽やかにステップを踏み、くるりと一回転して投げ返し、続いて私も魔力を放る。


 鼻先を寄せてきた銀狼の頬から首を撫でてやると、青鬣狼グラールとの大きさの違いが分かる。馬ほどの大きさの青鬣狼グラールに比べ、銀狼は一回りほどは大きい。全身を覆う銀の毛は輝くような美しさだ。その中で唯一、額には赤い毛があり、個々に違った模様を持っている。


「魔物退治を手伝ってくれるのでしょうか?」


 山の方を見ながら聞いてみると、銀狼も揃って同じ方向に頭を向ける。向く方向が私たちと同じならば、恐らく、目的も同じなのだろう。頼もしい仲間があれば、魔物退治も捗るに違いない。エーギノミーアの海魔の大襲来では青鬣狼グラールはかなり活躍していた。数が頼みの魔物の大集団ならば、彼らの力はとても大きい。


 急いで食事を終えると、一緒に山の奥へと進んでいく。が、先を歩く銀狼は不満そうにこちらを何度も振り返る。


「どうしたのでしょう?」

「私たちの歩みが遅いと言いたいのだと思います。」


 馬よりも大きな銀狼は、歩く速さも馬より速いのだろう。そこを不満に思われても、馬の体力の都合上、歩く速さは上げられない。


「馬は村に連れて帰ってもらいましょうか。銀狼の背に乗せてもらえば、あの崖はすぐに着きますよ。」


 そう提案すると、ジョノミディスまでもが顔を引き攣らせる。そういえば、彼はイグスエンで戦っていた時も青鬣狼グラールの背に乗ったことがなかったかもしれない。私は黄豹や青鬣狼グラールの背に何度か乗せてもらっているので抵抗がないが、ブェレンザッハでは前例がないのだろう。


「背に乗ると言っても、どうすれば良いのだ?」

「声を掛ければ良いのです。」


 鞍があるわけでもないし、立ったままの銀狼の背に登ることは無理だろうが、伏せてもらえば登れないことはない。黄豹はこちらの意向などお構いなしに背の上に放り投げてしまうが、大きさから考えれば銀狼ではそれはないだろう。


「済みません、背に乗せてもらえますか?」


 大きな声で呼びかけて馬を降りると、銀狼が振り返りやってきて少しだけ首を傾げ、そして地面に腹這いになった。それによじ登ると、ジョノミディスも同じようにする。


「四人、馬は村まで退げてくれ。残りは銀狼に乗り換えてもらえるか?」


 ジョノミディスに言われ、騎士たちも恐る恐ると言った表情で銀狼の背に跨る。できるだけ前の方、肩の辺りに座るのが安定するのは青鬣狼グラールと同じだ。


 四人が馬を連れて引き返していくと、銀狼も崖に向かって足を早めていく。


「何という速さだ!」


 銀狼の首にしがみつきながら騎士たちは顔を強張らせるが、馬など簡単に置き去りにできる脚力があるから、何度も早くしろと言わんばかりに振り返っていたのだ。青鬣狼グラールの例から考えれば全速力はこんなものではないだろう。


 沢を駆け、あっという間に泉に到達すると、指示をせずとも回り込んで目的の方向へと向かっていく。私たちはただ首にしがみついているだけだ。


「魔物が出てきているぞ!」

「蹴散らしてしまいましょう!」


 崖の前に無数の魔物の群れを見つけ、銀狼は散開して近づいていく。騎士は慌てたように声を上げるが、私としてはこれくらいは想定内だ。


「個別に魔物を殲滅していってください! 魔法を撃っている間は振り落とさないよう気を遣ってくれるはずです!」


 魔物を退治する意思と力を見せれば協力的に動いてくれる。私が雷光をばら撒くと、銀狼は倒れた魔物は無視して最も密度が高いと思われる方向に走っていく。


 ジョノミディスや騎士もひたすら周囲に雷光を撒いていれば、魔物の群れは端から死骸と化していく。

 逃げようとする一団もあるが、銀狼の脚に敵うはずもない。あっという間に追いつき、雷光が貫く。


 守り手の背に乗っての魔法は馬での場合とは色々違うことがある。

 鞍も手綱もなく、銀狼でも青鬣狼グラールでも乗り手の意思を細かく伝える手段はない。止まって欲しいくらいは言えば伝わるが、その程度だ。基本的には右に行くも左に折れるも獣が決めて動く。


 思いがけない方向に行こうとすることもあるが、彼らが無闇に走り回っているわけではないことを理解していれば、戦いにそれほど支障があるわけでもない。目的は魔物を殲滅することなのだ、どうしてそちらに向かったのかはすぐに分かる。


 だから、乗っている私たちは、ただひたすらに魔法を放ち続けていれば良い。銀狼はしっかりと周囲を見てどう動くのが良いのかを把握している。


 そして、馬上では使えない種類の魔法や、方向を気にせずに撃てるのも強みの一つだ。

 原則的に、馬の頭越しに魔法を使ってはいけない。それは魔法を使えるようになったら教えられることだ。馬が驚いたり怯えて思いがけない動きをすることがあるためだ。魔法は横や後ろに向けて撃つものというのが常識である。


 しかし、自ら魔法を使える〝守り手〟にそんな常識は不要だ。正面方向に雷光を撒き散らしても全く動じることなく倒れた魔物を踏み越え蹴散らして走っていく。


 そして、銀狼も自ら魔法を放つ。逃げ惑う魔物全てを捕捉し撃つのは難しい。魔法の嵐の中で漏れた魔物に対し、砂利を巻き込んだ炎の塊が灼熱の飛礫となって貫いていく。


 これは、私も初めて見る種類の魔法だ。何度か使っているのを見ていれば、真似することはできるだろうがそれは今することじゃない。慣れない魔法を使っていれば、攻撃の効率が落ちてしまう。雷光の魔法が効かない魔物がいるわけではないのだから、雷光を使い続けていれば良い。



 数分も有れば、数百はいたはずの魔物は全て死骸となった。もう、残っている魔物がないことを確認すると、銀狼は集まって食べやすそうな死骸に食いついていく。


 その間、私たちは銀狼の背を下りて、周辺の死骸を集めて焼いていく。銀狼がいくら腹を空かせていても、ここの死骸全部を食い尽くすことはないだろう。


「ティアリッテ様、先程の横穴が……」


 火を放っていると、騎士の一人が崖の方を指して言う。一体何かと思って目を向けてみるも、特に何もない。岩と穴があるだけだ。いや、大量の岩が砕けている箇所がある。


「あれは穴が崩れたのか?」

「そうではないかと思います。」

「穴を全部崩して塞いでしまえば、魔物は出てこられなくなるのではないでしょうか?」


 それをやってしまって良いのかは分からない。穴を塞いだ結果がどこにどのように出るのか想像もつかないし、あまりに乱暴なやり方はしない方が良いのではないかと思う。


「銀狼の食事が終わったら、穴に向かってみましょう。」


 山のことは銀狼がどう動くかで決めた方が良いと思う。彼らは、安易なことをして惨事を招くような愚かな生き物ではないはずだ。


 そんな私たちの会話が聞こえていたのか、銀狼は一頭、また一頭と食事を終えると私たちの周囲に寝そべる。一緒に寝転がりたいという誘惑もあるが、それはなんとか抑えて銀狼に跨ると、崖に向かって歩き穴の一つへ入っていった。

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