第257話 延々と

 ジョノミディスと共にまわる魔物退治の遠征は順調に進んでいった。小領主バェルへの挨拶は問題なくできていると思う。ブェレンザッハに出る魔物は私の知らないものもいくつかあるが、雷光の魔法も対処法も通用するようなので、遅滞なく進めていくことができた。


 だが、南西の町ノヅゥエモで不吉な話が出てきた。


「大型の魔物ではなく、とにかく数が多いのです。小型中型ばかりなのですが、退治してもしても次から次へと何度でも人里に現れてきており、難儀している状況でございます。」


 魔物がどこからやってくるのかも突き止められておらず、抜本的な対策もどうして良いのか分からないという。


「とにかく徹底的に退治しましょうか。」

「延々と涌き続けるならば、元を絶つことを考えた方が良いのではないか?」

「そうですが、どれほどの魔物がいるかも分からない山の奥に入っていくのは危険すぎます。囲まれて休憩も撤退もできなくなるのは避けねばなりません。」


 数を相手にするというのはとても危険なことだ。いくら雷光の魔法で一撃で倒せるとはいえ、一日中休みなく魔物が押し寄せてきたら体力や魔力も尽きてしまうだろう。数の不利が分かりきっているのに敵地に入っていく気はしない。


 会議室で議論していても名案など出てくるわけもないので、朝から山へと向かう。小領主バェルの騎士も半数以上が現地で対処しているということなので、今すぐに町や村に大きな被害が出るということはないはずだが、あまり悠長に事を構えていられる状況でもなさそうだ。


 町から三時間ほども行けば、報告のあった山の麓に差し掛かる。


「あの煙がそうなのでしょうか?」

「恐らくそうだろう。」


 木々の向こう側に立ち上る黒煙を見つけて私たちは馬を急がせる。魔物を焼いているのならば良いのだが、炎の魔法で延焼しているならば、急いで消火に当たらねばならない。


「一段落したところのようだな。」

「ならば良いのです。」


 木々の向こうに魔物を焼いている騎士の姿を見つけて、体から力が抜ける。そのまま進んでいけば、騎士たちから誰何の声が上がる。


「何者だ⁉」

「ジョノミディス・ブェレンザッハだ。魔物退治、ご苦労である。」


 ジョノミディスが答えると、騎士たちは一斉に動きだす。森を抜けて開けたところへ出る頃には、騎士たちは綺麗に整列していた。


「魔物が延々と出てくると聞いたが、状況はどうなのだ?」

「はい。見ての通り、かなりの数の魔物が断続的に山から出てきています。ここにあるのは昨日からの分です。」


 魔物の死骸が積み上げられた山がいくつもできあがっている。積まれた魔物と山の大きさから察すると、全部で一千は超えていそうだ。一ヶ所でこの数は多い方だろう。


「魔物のくる方角は分かりますか?」

「ここから少し南に沢があるのですが、それを登っていった先ですね。」


 騎士の示す方向は概ね西だ。沢は蛇行しながら西に聳える山から流れてきている。


「まあ、山からでしょうな。」


 私の騎士もそう言うが、とても気に入らない答えだ。別に騎士は嘘を吐いたりしているわけではないのだろうが、魔物は南の方にもかなりの数がいる。


「ジョノミディス様、ここで退治できるだけしてみましょう。」

「そうだな。これくらい広い方がやり易いだろう。」


 ジョノミディスも魔物の気配には気付いているのだろう、この場での魔物退治になんの疑問も意見も挟まずに同意した。


「ここは我々に任せ、其方そなたらは戻って休むと良い。相当に消耗しているように見える。」

「ありがとうございます。夜間も魔物が止まらず、睡眠もあまり取れていなかったのです。」


 ジョノミディスが言うと、騎士たちは素直に退がることを受け入れた。下手な意地を張られるのが一番面倒なのだが、合理的に行動できる騎士で助かる。昼夜構わずに魔物が出てくるというのは由々しき事態だが、それでもまだ周辺に魔物がいくつもいることの方が重大な問題だ。


「まず、一掃してしまいましょう。私が退治している間、馬を休ませておいてください。」


 小領主バェルの騎士が東へと坂を下っていくと、私は煙を上げている死骸やその周辺に魔力を撒き、その後、馬を下りる。馬という生き物は頻繁に水や餌は与えなければならないのだ。私が南、ジョノミディスが西からの魔物を引き受けている間に、騎士たちは馬を休めるくらいはできるはずだ。


 ぞろぞろと魔物がやってきても雷光の魔法でどうとでもなる数だ。ジョノミディスも射程距離を伸ばす訓練を兼ねて、雷光を何度も撃っていく。


 死骸の山がさらに増えるが、魔物の動きは一時間経っても止まらない。これほどの数が、一体、どこから涌いて出てきているのか。疑問というか不思議に思えて仕方がない。そして、嫌な記憶が蘇る。


 一ヶ所でこれほどの数が出てきた経験は、過去に一度しかない。昨年の海魔の大襲来は凄まじい数だったが、広大な範囲だからこその数でもある。


 ほとんど移動せずに数千という数を退治したのは、二年生の直前に黄豹の背に乗せられて山の奥まで行った時だけだ。こんな人の住む町や村がすぐ近くにある場所での経験はない。


「ティアリッテ様、お代わりいたします。」

「いいえ、あなたたちは雷光の魔法の練習をしてください。」


 炎や水の魔法で魔物を退治する必要はない。今は全力で雷光の魔法の習得に努めてほしい。


「そんなことを言っている余裕があるように見えません。」

「雷光以外の魔法を使っている余裕があるとは思えません。」


 雷光の魔法は、殺傷能力が異様に高い割に魔力消費が極端に少ないという特徴を持つ。いや、殺傷能力が高すぎるために、魔力消費を極限まで抑えても十分な効果を持つと言った方が正しいのかもしれない。


 炎の槍一発分の魔力で倒せる魔物は数十にもなる。炎や水の槍なんて当たっても二、三匹だ。それで確実に倒せるというわけでもない。それと比較したら効率の差なんて火を見るよりも明らかだろう。


 私もジョノミディスも、魔物が出続ける限り、ただただ延々と手本を見せ続けるしかない。その横で騎士たちも火花を飛ばし、雷条を少しずつ遠くまで伸ばしていく。


 いつまでも終わりが見えないことに私も内心焦っていたのだが、三時間ほども頑張っていると魔物の勢いは明らかに弱まってきていた。


 この状況で魔力を追加で撒くことはできない。一度終わらせて休憩にしたい。

 ジョノミディスも同じ判断のようで、最後に気合を入れて雷光を撒き散らしていく。



「やっと一段落ですか。」

「何匹退治した?」

「二百以上は数えていませんけれど、山の大きさと数から考えると、八百くらいでしょうか。ジョノミディス様の方が少し多そうですね。」

「ああ、多分、八百は超えている。」


 死骸が折り重なるように積み重なった山は二十以上も増えている。これを焼くのも一苦労だろう。とりあえず全ての死骸の山に炎の帯で着火してやってから遅めの昼食にする。


 死骸に囲まれての食事は気分が良いものではないが、一々移動する方が面倒だ。


「周囲の気配はすっきりしましたね。」

「うむ。これでしばらく出てこなければ、奥へ行ってみるか。」

「そうですね。一体何処からこんな大量に出てきたのか、確認しないわけにはいかないでしょう。」


 聳える山は、ここからでも見えるほどの断崖が続いている。この数の魔物があれを超えてきたとは思えないのだ。どこかに通り道があるか、魔物が大量に生まれる原因があるはずだ。


 死骸を全て焼き払ったら、近くの村まで引き上げて、そこで野営を張る。魔物が大量に出現するという山の中で野営をする気にはならない。敵の武器が数ならば、休憩時は町や村まで戻った方が効率が良い。



 翌朝は、村に食料を分けてもらって山へと入っていく。村には後で補填分の食料を届けてやらねばならないが、いちいち町まで戻るのは不効率だ。魔物が再び数を集める前に進んだ方が良いに決まっている。


 右へ左へと折れ曲がる沢を登っていくと、泉に出た。村の家が数軒入る程度の大きさの泉だが、流入している川は見当たらない。


「泉の水とともに魔物も湧いて出てきているのではあるまいな?」

「この泉ではなさそうですね。ここからは魔力の残滓ざんしも感じられません。」


 水は澄んで綺麗だし、とても魔物が涌いて出てくるような泉には見えない。本当に魔物を生み出す泉なんてものがあるのだとしたら、もっと濁って嫌な雰囲気を発していることだろう。


 そして、嫌な雰囲気は泉とは別の方向から感じられた。

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