第255話 地方のひずみ

 魔物退治の遠征は、主に領地西の山脈に近い地方へと向かう。人の入らない急峻な山だが、だからこそ魔物も多いというのは南のイグスエンと同じらしい。


 婚約者のジョノミディスと一緒に十四人の騎士を連れて領都を出発する。まず向かうのは北西部のギディナの町だ。そこには、ウンガスから流れてきた民も多く、町の治安にも少々不安があるということだ。


「町の犯罪者の取り締まりは小領主バェルの仕事ですよね?」

「基本的にはそうだが、原因が食料や住居の不足であれば、取り締まるだけでは何も解決せぬ。」


 どうして町の治安が領主一族の話題に上がるのかと聞いてみると、町の許容量を超えてウンガスからの民の流入があるならば、それは領主としての対応が必要になるということだ。


 雪解けも進み、馬で行けばギディナには二日で着く。大型の魔物の報告も入っているので途中でのんびりしながら行くわけにもいかない。兎にも角にも、危険を排除するのが第一優先だ。


 街道の両脇が畑に差し掛かり、もうすぐで町に着くというところで畑の一角に農民が集まって大騒ぎをしているのが目に入った。


「あれは何をしているのでしょう? 魔物でも出たのでしょうか?」


 騎士は目を細めながら言うが、感じる魔力の気配は魔物のものではない。あまり強くはないが〝守り手〟のものだろう。


「守り手ではないか?」

「ジョノミディス様もそう感じますか。とにかく行ってみましょう。」


 〝守り手〟がわざわざ人間の町の近くまで出てきて、対立的な行動をするのは珍しい。少なくとも、エーギノミーアではそのような事例を見聞きしたことがない。


「一体、何の騒ぎですか?」

「騎士様! あの獣が畑を荒らしてまわっているんだ。追っ払おうとしても、角を振り回して威嚇してくるんだ。」


 そう言ってくる農民の向こうには十数頭の白い獣が土を掘り起こしたり、農民に向けて威嚇するように足を踏み鳴らしたりしていた。だが、毛皮がモコモコとした可愛らしい見た目には覚えがある。


「退治してしまいましょう。」

「いけません。ジョノミディス様、挨拶してみますか?」

「やってみよう。」


 白い獣に敵意を向ける騎士たちを押し留め、ジョノミディスは馬を下りて前に出る。騎士にはその場で待っているように言って、私も馬を下りて前に出る。そうしている間にジョノミディスは魔力の塊を白い獣に向けて投げている。


 獣は鼻先で魔力の塊をつつき、投げあってから最後にジョノミディスに返してくる。その後、一斉に魔力を投げてくるがこれは想定の範疇内だ。以前にもこの種類の獣とは挨拶を交わしているのだから、同じようにしてくるだろうと身構えている。


 ジョノミディスと二人で受け止めて投げ返してやれば、挨拶は完了だ。獣の威嚇もおさまっている。


「あの獣は魔物の植物を食べるのですけれど、ここでは何を植えていたのですか?」

「モリュープだよ。こんくらいの大きさの茶色の実が生るんだ。一度植えたら、次の年も芽を出して伸びてくるんだぜ。」


 農民は手振りを交えながら説明するが、モリュープという野菜は聞いたことがない。握り拳二つ分ほどの茶色の実というものにも心当たりがない。


「ジョノミディス様はご存知ですか? 私は聞いたことがございません。」

「いや、知らぬな。そのモリュープという野菜は以前から植えているのか?」

「よく分かんねえけどよ。おれらウンガスから来たんで。」


 それで合点がいった。ジョノミディスも「想定しておくべきだった」と痛恨の表情を浮かべる。ウンガスから流れてきた民が、魔物の種を持ち込んでいるのは考えもしなかった。想定も対策も全くしていない。

 数年前に魔物の植物を畑から一掃したのに、またやり直しだ。


「モリュープとやらを植えたのはこの区画だけか? 全て掘り返し焼き払わねばならぬ。」

「な、何でだよ!」

「その植物は魔物だ。周辺の土地まで侵し、大規模な不作を招く。植えたものには厳に罰を与えるので覚えておくように。」


 ジョノミディスは栽培の禁止を言い渡し、さらに白い獣がモリュープを掘り起こすのを妨害してはならないと付け加える。これまで注意喚起もしていなかったのに、いきなり処罰するわけにはいかない。しかし今後は見つけ次第処罰の対象になることは他の者にも伝えておくようにと言っておく。


「そんなことを言われても、何を植えたらダメなのかなんて俺たち分かんねえよ。別のを植えてもそれもダメって言われたらどうしたら良いんだよ?」

「何を植えれば良いかは後ほど通達します。ウンガスから持ち込んでいる種の類があれば、小領主バェルの邸に提出して許可を得てください。」

「領都では少し余裕を持って種を確保してある。少しはこちらにも回せるはずだ。」


 二、三区画程度ならばどうとでもなるだろう。どうしても種の融通が無理な場合は、残っている畑に魔力を撒いてやるしかない。あまりやりたくはないが、手段が全く残されていないわけではない。


 そんなやりとりをしている間にも獣は畑を掘り返して、地下を這う根を引き摺り出している。


「この区画は一面、同じものを植えたのですか?」

「ああ」


 念のため確認してから、杖を振って爆炎で畑の土を吹き飛ばしてみる。土が大量に飛び散ると、その下から大量の根が露わになる。そのうちの一本を手で掴み、引き抜くと残りは火柱で焼いてやる。


「ティアリッテ様、そのようなことは我々が!」


 騎士が慌てて駆け寄ってくるが、自分の手で魔物の植物に触れてみたかったのだ。魔力を流してやると独特の手応えがあった。普通の木々や畑の作物では感じられない、なんとも言えない不快さだ。


 これを小領主バェルにも見せれば魔物だと分かるだろう。ジョノミディスも手を触れてみて、あからさまに顔をしかめた。


 農民たちには今日のところは解散するように言って、私たちは小領主バェルの邸へと向かう。日は西の山のすぐ近くにまで来ている。この西の地方は高い山がある分だけ日没が早いのだ、急がないと小領主バェル邸に着く前に暗くなってしまう。


 街道に戻り、馬を急がせてやれば町まではそれほどかからない。日没前に無事に小領主バェル邸に着くことができた。馬と荷物を預け、私はジョノミディスの後に続いて扉を中に入る。


「わざわざお越しいただきありがとうございます、ジョノミディス様。お忙しい中、お手を煩わせることになりますが、魔物はわたくしどもの手に負えずにございます。」

「私も用事があって来たのだ、そう恐縮することもない。顔を上げてくれ。」


 エントランスに入ると、小領主バェルが跪いて迎える。すぐ斜め後ろで跪いているのは配偶者だろうか、さらに後ろには子息と思き者も三人並ぶ。


「まず、紹介しよう。こちらはティアリッテ・シュレイ・エーギノミーア、私の婚約者として決定した。」

「ティアリッテ・シュレイでございます。今後、よろしくお願いします。」


 この場での挨拶は簡単なもので良いはずだ。小領主バェル一家が目を丸くしてこちらを見るが、それには笑顔で応えておく。


 その後、客室に案内されて着替えてから食堂へ向かう。側仕えを連れてきていないために一人で着替えられる簡素な服であるし、湯浴みも手足と顔を洗う程度だが、旅装のままというわけにはいかない。


 食事の席では、話題は選んで口にする必要がある。差し当たって、領主から小領主バェルへの通知事項から比較的喜ばしいものからだ。


「食料の支援は今年もあるから、そちらの面では心配しなくても大丈夫だ。」

「今年もあるのですか。打ち切られてしまう可能性が高い思っておりましたが。」

「そのための私たちの婚約でもある。」

「エーギノミーアは最大限の食料支援をすることをお約束いたしますわ。」


 私がそう付け加えると、小領主バェルは安心したように頬を緩める。生産が人口増加に追いつかないことを危惧していたのだろう。町で暮らす人が増えれば、必要となる食料も当然のように増える。誰だって食事をとらねば生きては生きていけない。


 魔物退治や騎士の訓練も強化していくことを伝えると、小領主バェルの家族たちも興味深そうに聞いていた。

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