第254話 騎士の訓練と魔物退治

 ジョノミディスにはブェレンザッハの次期当主としての仕事がある。いくら魔物退治は力を入れていかなければならないとはいっても、他にも仕事はある。町をまわって小領主バェルに挨拶をするならば、他に通知すべきことや交渉すべきことも一緒に済ませることになる。


 その準備をしている間に、私は十四人の騎士とともに領都周辺の魔物退治をすることにした。婚約者とはいえ、今の私はブェレンザッハからみれば部外者だ。領主一族の会議には加われない。


 領都の東に出ると北東へと進んでいき、畑から離れてしばらく行った先の川原に魔力を撒く。いつものように集まってきた魔物は大きくても中型程度までで騎士だけでも問題ない程度のものだった。その死骸に魔力を追加で撒くと、焼却は後回しにして別の場所へと向かう。


「エーギノミーアでは魔物を灰にしないのですか?」


 怪訝そうな顔で騎士が質問をしてくる。退治した魔物の死骸は焼き払うものだということは学院の実習でも教わる。常識から外れたやり方をすれば疑問を持つのは当然だろう。


「焼却処理は後でしますよ。このまま置いておけば、数時間もすれば魔物が集まってきます。それも含めてまとめて全部焼き尽くします。」


 魔物が集まっても被害が出ないように畑や街道から離れたところで魔物を狩っているのだ。そのまま数日も放置すれば集まった魔物が畑や村に移動していく可能性もあるが、数時間なら死体を貪っているだけだ。


 川を越えて北上していき、二時間ほど歩いたところで適当に開けているところを見つけると、早めの昼食を取りそこで再び魔力を撒く。


「ここから一番近い村や町まで、どの程度ありますか?」

「東に二時間ほど、あの森の向こう側に村がございます。」

「その程度の距離ならすぐに流れていく心配はありませんね。」


 むしろ、村との間にある森から魔物を誘き出せば、村の方にいく魔物なんてそうそういなくなるだろう。


 少し広めに魔力を撒くと、地中から大量の魔虫が姿を表す。手本を兼ねて近くの虫を雷光で撃っていると、四方八方からのネズミやトカゲのような魔獣がいくつも寄ってくる。それらが虫を食っていくのはある程度放って置いても構わない。


「雷光の魔法を使えるかは、戦力面でとても重要なことです。よく見て試行を重ねてください。」


 とにかく、できなくても良いから何度もやってみるように言う。今日、一緒に来ているのは中級と下級の騎士ばかりだ。魔力量は家柄程度だが、魔力操作の訓練は繰り返しているものを選んで連れて来ている。頑張れば火花を飛ばすくらいまではいける見込みだ。


 何度も何度も雷光を繰り返し使って見せていると、少し離れたところから少し大きめの魔虫もやってくるし、森の方から魔猪も出てくる。私にとっては、そんな種類も数もはっきりいってどうでも良く、只々雷光の魔法の餌食にしていくだけだ。


「あ!」

「今、光りましたね。落ち着いて、もう一度やってみてください。」


 一人が火花を発することができるようになると、他の者たちも一層本気で試行を繰り返すようになる。どうにも中級や下級の貴族というのは、雷光は領主一族や上級貴族が使うものという偏見を持っている者が多い。


 だが、魔力操作の複雑さや難易度はともかく、必要魔力量が少ない雷光の魔法はむしろ下級向きの魔法だ。


 雷光の魔法の指導をしながら魔物を退治していると、一時間ほどで魔物退治は一段落する。


「魔物の死骸は爆炎の魔法で、集めていきます。」


 そう言って手本として爆炎を並べてやると、ものすごい顔をして驚かれた。どうやら、ジョノミディスは魔法を並べて撃つことはあまり広めていないらしい。いや、そんな余裕もなかったということなのだろう。現場に釘付けにされるというのも困ったものである。


「大抵の魔法は並行して撃つことができるのですよ。これも皆さんに覚えてもらうことの一つです。」


 爆炎の魔法は学院の三年生でやることだし、下級騎士といえども使えないなんてことはない。問題はそうそう連発できるほどの魔力がないことだ。


「魔力が足りないならば無理する必要はございません。一発ずつでも構いませんので、魔物を集めてしまってください。」


 とにかく魔法を使っていかなければ訓練にならない。指示を出すと、複数人で撃つことで爆炎を並べて魔物の死骸を集めていく。


「退治ではなく、死骸を集めるのに爆炎魔法を使うものとは思いませんでした。」

「慣れれば楽にできるようになりますので、頑張って訓練してくださいませ。」

「下級騎士でもあのようにいくつも爆炎を同時に放てるようになれるのですか?」

「エーギノミーアでは下級騎士でも数発を並べるくらいはできるものも増えています。」


 一ヶ月や二ヶ月程度の訓練ではそこまで至ることはできないだろうが、訓練を重ねなければ並行して撃つことができるようになりはしない。死骸を集めたら魔力をたっぷりと撒き、朝の川原へと戻る。


「結構、集まっているようですよ。」

「凄い騒ぎですね。」


 遠くからでも、魔物どうしが争っている音が聞こえてくる。餌を取り合っているのか、物凄い声をあげて吠えて暴れているものがある。だが、私たちが近づいていくと、魔物は一斉にこちらを向いて牙を剥く。


「雷光の魔法を覚えれば、この程度は恐れる必要がないのです。」


 そう言いながら私の放った雷光は魔物を余さず全て屠り去る。物凄い騒がしさが忽然と消え去り、訪れた静寂が強い違和感を生じさせる。何度かこの状態は経験があるが、どうにも落ち着かない。騎士たちも周囲を見回して危険がないかを必死に探そうとする。


 本当にただ単に静かになっただけなのだが、どうしても耳が麻痺したかのような錯覚は拭えない。十数秒もすればその変な違和感も消え、落ち着きを取り戻す。


「さて、燃やしてしまいましょう。随分と集まったようですよ。」


 増えた死骸は大きなトカゲの魔物が多く、さらに魔猿や魚獣の類もいくつも混じっている。中型の魔物だけでも三十ほどが集まって来ていたようだ。爆炎を並べて死骸を集めていくつも山をつくり火を放っていく。


 炎の帯の魔法は、雷光ほど難しくはない。必要な魔力量はそれなりにあるが、火球や火柱で燃やそうとするよりはずっと効率が良い。この魔法も騎士に覚えてもらうことの一つだ。


 下級騎士では連続して使うのは厳しそうだが、焼却の炎は一斉に放つ必要はない。魔法と馬の世話を交代でやれば良いのだ。一時間ほどかけて灰にしたら消火して再び野原に向かう。その後、やることは同じだ。全てが終わるころには、騎士たちの多くは魔力の限界を迎える。


 中級や下級騎士ばかりではそうなるのは目に見えているが、焼却だけなら私一人でもどうとでもできる。焼き尽くした灰に水の玉を叩きつけて消火したら領都へと引き上げる。途中で、街道沿いの畑に雷光を撒き散らしていくことも忘れない。


 まだ種播たねまき前だし、雷光を撒き散らすことでの悪影響はないはずだ。地中への殺虫効果はほとんどないが、どういうわけか雷光を撒いた畑は少しだけ実りが良くなる。魔力を撒けば実りは数倍になるが、やりすぎると弊害も大きいので今回はやらないことにしている。


 農業をどのように改善していくかは、夏以降、ジョノミディスにエーギノミーアの現状を見てもらってからだ。エーギノミーアの現状のやり方は無理がありすぎる。あのやり方を他の領でも適用できるとは私も思っていない。


「ティアリッテ・シュレイ、ただいま戻りました。」

「ご苦労である。入り、報告せよ。」


 領主城に戻ったら、領主であるブェレンザッハ公爵に魔物退治の結果を報告しなければならない。仕事としてやることになった以上、報告の場で次期当主ジョノミディスの婚約者であるとか関係がない。エーギノミーアでも父に仕事の報告をする際は、親子としてではなく領主と部下という立場でやっている。


「領都より北東部二ヶ所で魔物退治を行いました。小型の魔物は数えたもので二百程度、中型のものは百二十ほどでございます。」

「小型はともかく、中型がそんなにいたのか?」

「魔力を撒いて誘き寄せていますので、森の中にいた魔物も出てきているかと思います。」

「なるほど。小型の魔物はもう少し具体的にならぬか?」

「私の握り拳よりも大きいもので二百ほどでしょうか。それより小さいものは平民でも問題なく潰していけるものですから数に含める必要はないかと考えています。」


 最後に地図を出して、具体的な場所を示せばそれで魔物退治の報告は終わりだ。特に危険な魔物を発見したわけでもないし、魔物の種類や発見場所を細かく報告する必要もない。


「騎士の様子はどうだ?」

「半数以上が火花を飛ばせる段階になりました。このまま訓練を続ければ、数日もあれば雷光で敵を撃てるようになるでしょう。魔力量は今のところ不安がありますが、皆さん真面目に取り組んでいるようですのですぐに伸びていくかと思います。」


 さすがに魔力量は一日で目に見えて成長はしない。雷光の魔法も一日中そればかりやっていればできるようになるだろうが、そういうわけにもいかない。明日は領都の南側、明後日は西側でも魔物退治をしていくと予定を改めて確認すると、私は執務室を退室した。

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