第253話 ブェレンザッハの領主一族と

 ブェレンザッハの城に着くと、最初に使用人たちの前でジョノミディスの婚約者であることを紹介される。到着した時間が夕食の時間直前ということで文官への挨拶は翌日以降となった。


「ティアリッテ様のお部屋はどちらに?」

「しばらくの間は客室を使ってもらおう。部屋を整えるにも時間がかかる。」


 冬の間に王都で急遽決まった婚約のため、私のための部屋など用意されていない。王都に向かっていない領主一族は婚約のこと自体をまだ知らないくらいだ。


「他の方への挨拶はいつでしょう?」

「ああ、この後の夕食は叔父上夫妻も同席するはずだ。」

「承知しました。ならば着替えを急がねばなりませんね。」


 旅装のままで城の食堂に入るのは失礼だ。案内された客室に荷物を運んでもらい、急いで湯浴みをすることになる。客室を使う予定がなかったために火が入れられておらず、部屋の中が冷えきっていたがそれは諦めるしかない。


「もてなしの準備ができておらず、申し訳ございません。」

「急に決まったことですから仕方がございませんわ。」


 私の担当となった側仕えが謝罪をするが、ジョノミディスが婚約者を連れて帰ってくることは城の者たちとしても想定外だろう。私だって準備が整っているなどと思ってもいない。


「お湯を沸かしていますので、今しばらくお待ちください。」

「それには及びませんわ。お湯くらい自分で用意できます。」


 杖を振ってかめに湯を注ぐとブェレンザッハの側仕えは目を見張るが、私の連れてきた側仕えは呆れたように溜息を吐く。


「お嬢様は現状では客扱いなのですから、待っているものです。」

「そうは言いましても、夕食の時間でしょう? 領主代行だってお待ちしているのですから急いだ方が良いではありませんか。」


 初対面の相手もいるし、第一印象は大事だ。あまり遅くなって不快な思いをさせるのは得策とは思えない。私が自分で湯を用意するくらいならば、少々お転婆という程度で笑って済む話だ。



 身支度をを整えて案内されていくと、食堂にはすでに私以外の全員が席に着いているようだった。


「随分早かったな。急がせたようで済まぬ。」

「いいえ、私も夕食を待ち遠しく思っていたのです。」


 ブェレンザッハ公爵の言葉に笑顔で答え、案内された椅子に座る。ジョノミディスの隣が空けられているため、紹介がなくとも私がどのような立場でここに来たのかは分かるだろう。


「遅くなったが、全員揃ったので食事を始めよう。その前に紹介したい。彼女はティアリッテ・シュレイ・エーギノミーア、急な話ではあるがジョノミディスの婚約者として決定した。」

「ティアリッテ・シュレイでございます。若輩者ではございますが、ジョノミディス様とともにブェレンザッハ、そしてバランキル王国をより豊かにしていけるよう努力していきたいと存じます。」

「よろしく頼む。」


 私の挨拶にジョノミディスが応え、食事が始まる。食事中の話題は基本的には無難なことばかりだ。領主の弟であるファイアスラとは以前にブェレンザッハに訪れたときに会っている。「お久しぶりでございます」と挨拶をすれば、「子どもだけでやってきて、子どもだけで帰っていったのには驚いた」と返される。


 その後、私たちのことはブェレンザッハでも色々と話題になっていたらしい。華々しい戦果を挙げて男爵位を得たなどと言われると、照れくさいと言うよりジョノミディスに対して申し訳ない気持ちの方が大きい。


 しかも爵位名をつけて「ティアリッテ・シュレイ」と呼ばれると、ジョノミディスがどのように思っているのか気になって仕方がない。


「私が東の貴族だから国王陛下にも評価のであって、ジョノミディス様も決して働きでは劣っていないと確信しております。」


 自領を守ることに注力していたジョノミディスは他領や国王から評価されることはない。貢献とはどうしても相対的なものになる。私がエーギノミーアの魔物をいくら退治したって国王から褒賞を得られないのと同じだ。


 だがそれは決してジョノミディスが劣っているからではない。それだけは主張しておかなければならない。私とジョノミディスは対等であるべきで、私の方を上に置かれても困る。


「そうは言っても、男爵位を蔑ろにするわけにはいかないよ。」


 私がいくら言っても対外的には爵位を持つ私の方が上の扱いになるとジョノミディスは言う。けれど、それはあくまでも対外的な話であって、このような領主一族だけが集まるような場ではそんなことをする必要はないだろう。


「ジョノミディス本人や兄上はともかく、私がその様に扱うのは問題ではないか?」


 頑張って説得を試みるも、ファイアスラは困ったように言う。根本的なところを勘違いしているようだが、私は爵位を賜るのは遠慮したかったのだ。それに公爵家で男爵位を特別のように言われるのもとても気恥ずかしい。


「ティアリッテ、とお呼びくださった方が私も気が楽でございますわ。」

「公の場ではそうはいかぬが、食事の場でまで爵位名をつけることもあるまい。エーギノミーアからの来賓ではなくジョノミディスの婚約者として普通に呼べば良いということだ。」


 ブェレンザッハ公爵がそう言って、私の呼称は基本的に爵位名はつけない方向で落ち着いた。



 夕食後は部屋を移動して、私が担うべき仕事についての話をする。基本的に農業生産の改善はかなり控えめにして、魔物退治と騎士の訓練を優先するというのは道中にブェレンザッハ公爵と話し合って決めたことそのままだ。


「生産力の向上を図っていくのではなかったのですか? ウンガスからの民の流入もある。食料不足は解決すべき課題です。」

「やり過ぎると、騎士の手が取られ過ぎてウンガスへの警戒が疎かになってしまう可能性がございます。」


 エーギノミーアの状況を軽く説明すると、ファイアスラたちは頭を抱えだす。まさか騎士が総出で収穫と食品加工に携わっているとは想像もしなかったらしい。


「収穫を増やすにしても、農民や町人だけで収穫し加工できる量に留めるべきです。となれば、魔物退治を徹底的に行う程度で十分だと思うのです。」

「それで収穫量は増えるものなのですか?」

「実際、エーギノミーアの村落で魔力を撒かずとも収穫高が上がっています。魔物が減れば、直接的な被害も間接的な害悪も減るのです。」


 そのような地域を増やせば、収穫量はかなり改善する見込みだ。今年はエーギノミーアからの食糧支援も届く予定だ。よほど想像を超える人の移動がない限りは耐えられるだろうと思う。


 騎士の訓練を進めれば、魔力体力的に余裕ができる。本格的に収穫量を増やして行くのはその後からで良い。ウンガスから流れてきた民は周辺の領に任せても良いのだ。


 話の方向性に納得してもらったら、実際に私が明日からやっていく仕事についての話だ。とりあえず、私につける騎士は十四名となっていて、こちらは明日の朝にでも紹介されることになる。


「優先して退治するべき魔物の情報はございますか? 小領主バェルへの挨拶も含めてまわってきたいと存じます。」

「婚約者としての挨拶となると、ジョノミディスも一緒に行かねばならぬ。出発は三日後以降になる。」


 ということで、明日は騎士との顔合わせや訓練場での実力の確認がおもな予定となった。さらに退治するべき魔物の優先順位をもとに挨拶する小領主バェルも決めていく。


「しかし良いのか? 婚約者としてきた者に早速魔物退治の仕事与えるのもどうかと思うのだが。」


 心配そうにファイアスラは言ってくるが、ブェレンザッハ公爵には求める見返りについてはすでに伝えてある。それに、嫁ぎ先となる領地が私にとって住みよいものであって欲しいという本音もある。そのために労力を惜しむつもりはない。


「豊かで平穏な領地を目指すのは、故郷エーギノミーアにいても嫁ぎ先ブェレンザッハにいても同じです。」

「一番の困りダネはウンガス王国だな。」

「まったくでございます。」


 都合の悪いすべてはウンガス王国のせいにしておけば良い。ブェレンザッハの者たちがエーギノミーアに対して気に病む必要などない。

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