第252話 出せるものと欲しいもの

 船の上では特に大きな危険が迫ることもないだろうということはブェレンザッハ公爵も同意し、ブェレンザッハ公爵自身を先頭に魔法を並べることになった。


 公爵はさすがに魔力量は相当に高いが、魔法を操ることそのものはそれほど優れているわけでもないようで、同じ魔法を複数同時に放つ訓練から始めることになる。


 騎士も同時に魔法を放つ訓練はほとんどしていないようで、できても二、三発程度でしかなかった。


「あまり撃つ数を増やすと、魔力が尽きるのも早いのではありませんか?」

「だから訓練をするのです。毎日力尽きるまで魔法を使っていれば、魔力なんて伸びるものです。訓練効率を高めるには、できるだけ余力を残さないようにした方が良いのです。」


 疲れているときにどれだけ振り絞れるかという精神的な面もあるが、魔力は使った量あるいは回復量に比例して伸びるのだと思っている。食料が不足し回復もままならなかった数年前ならばともかく、十分な収穫量があるのだからしっかり食べて寝て、回復すれば良いのだ。


「せっかくの支援をそのように消費してしまうのは少し心苦しいのだが……」

「あら、戦力向上のために使っていただくのに何の不満があるのでしょう。侵略者を撃滅するのに必要だと思っているから、お送りしているのです。大切に仕舞い込まれていても困ります。」


 浪費してみたり楽をして怠けているならばともかく、必死に訓練する騎士のために食料を使うのは想定の範囲内だ。エーギノミーアやデォフナハがそれを不服とするはずもない。


「少し、認識に齟齬があったかもしれぬな。」


 私の主張にブェレンザッハ公爵は顎先に手を当てて目を細める。やはり、派閥という壁が邪魔をしているのだろうか。私とジョノミディス様の婚約が決まった今、その距離感も変えていくことになるだろう。


「騎士の訓練方法は見直しても良いかと思います。ウンガス王国がいつ、どのような手段に訴えてくるか分からないのですから、戦力の強化はしておくに越したことはないでしょう。」


 警戒を疎かにするわけにはいかないし、いつでも動ける待機戦力も必要だが、訓練に当てる時間が少なすぎるのも問題だと思う。一人一人の戦力を強化できれば、それだけ余裕も生まれるはずだ。余裕ができれば、戦力の強化もよりし易くなる。なんとかして好循環に持っていかなければ、現場が疲弊してしまう。


「もし、其方そなたに騎士の訓練を任せたら、夏までにどれほどまでになる?」

「私の下で毎日をしていれば、上級騎士ならば火柱を一日中延々と並べ続けられる程度にはなるでしょうか。下級でも爆炎を連続して放てる程度にはなります。」


 今までのエーギノミーアでの騎士の成長ぶりを見れば、それくらいなら達成できるだろう。毎日毎日嫌になるほど魔力を撒き、魔法を放ち続けるだけなのだが、二、三ヶ月もすれば明らかに魔力量は向上するし、制御も上達する。


「仕事を、するのか?」

「私、自分の騎士に訓練をせよと言ったことはないのです。私の外回りのお仕事はとにかく魔力を必要とするものばかりでしたから、真面目に仕事をしていればそれが訓練の代わりになります。」


 基本的にやることは、畑に魔力を撒いて魔物を退治するだけだ。ただし、一人で広範囲を受け持とうとすると、それなりに負担も大きくなる。


「分かった。何人か任せても良いか? エーギノミーアのやり方を教えてほしい。」

「もちろんでございます。」


 私がこの時期にブェレンザッハにまでいく理由は、うたにあるようなロマンチックなものではない。別にジョノミディスとの仲を深めるためという理由が全くないわけではないが、それはだ。


 基本的にはジョノミディスの婚約者であるとブェレンザッハの領内に顔を知ってもらうのと、エーギノミーアでの成功事例をブェレンザッハで試すためだ。さらにブェレンザッハの現状を確認し、エーギノミーアとして支援できることを探すという仕事もある。


 滞在期間は約四ヶ月を予定しているが、為すべき務めはいくつもある。


 まずは騎士の訓練だ。どうせ船上では手が空いているものも多い。同時にいくつも魔法を並べるのは早めに習得していた方が良い。それができるようになるだけでも戦力は向上する。


「これは同じ魔法しかできぬのでしょうか?」

「非常に難しいですね。左右の手で別の魔法を同時に扱うことはできますが、実戦向きではありません。」


 騎士が質問してくるが、左右の手で同時に撃ってしまうと隙が大きくなってしまう。左右の手で交互に魔法を放ち間断なく攻撃し続けたことはあっても、両方の手で同時に魔法を放つことはない。


「そもそも杖がなければ、左右の手でというのも無理があるのではないか?」

「そういえばそうですね。ブェレンザッハでは騎士が自分の杖を作ることを許可していないのですか?」

「禁止しているわけではないが……」


 ジョノミディスは口籠るが、この手のものは積極的に広めなければ増えていかない。エーギノミーアでも領主一族が作ってから上級貴族、中級貴族と順に広めていっている。


「そちらも広めていっても構いませんか?」

「良いのか?」

「別に、エーギノミーアで発明したものではございませんから。」


 そもそも自分専用の杖の作り方はハネシテゼが見出したものだ。私やエーギノミーアが制限を加えるものではない。ハネシテゼも王族も禁止していないのだから、私が反対する理由などない。


 そう思っていたのだが、ジョノミディスが言いたいのはそういうことではなかったらしい。


「ティアリッテ様の仕事量を心配しているのですが……」

「昨年も一昨年も、魔物退治の傍で徴税その他の仕事をしています。徴税や倉の管理はエーギノミーアでも特別なことはしていませんでしたから、ブェレンザッハの現場で携わる必要はないかと思います。」

「そんなに仕事をしていたのか⁉︎」


 エーギノミーアでしていた仕事全てをブェレンザッハでやるわけではないから余裕はあるはずだと思うのだが、そう説明するとひどく驚いた様子でブェレンザッハ公爵が声を上げる。


「元々、収穫の改善に関しては私とフィエルナズサの責任で進めていたのです。となれば、畑に魔力を撒いたり周辺の魔物退治をするだけでは足りず、作物を植える量や税率の調整、収穫した作物の運搬加工などにも必然的に携わることになったのです。」


 私たちが関わった畑だけが極端に収穫量が増えるのだ。選ばれなかった者は当然不満に思う。その問題を解消するために税率を極端に上げるということをしている。そのようなことをするならば徴税部門と細かい話を詰めなければ、実際に徴収する際に混乱や行き違いが発生してしまうだろう。


「ブェレンザッハでも収穫の改善をしていこうとしたら、同じことが必要になるのではないか?」

「エーギノミーアではほぼ全ての騎士を使って改善に取り組んでいます。ウンガスの警戒が必要なブェレンザッハでは同じことはできません。」


 これははっきりと言っておかなければならないだろう。収穫期の最も忙しい時期は何十人という騎士が畑や領主城で必死に働いている。それくらいしなければ、収穫処理が終わらないのだ。それに、ブェレンザッハ含めて西方に送る分がなくなればそこまでやる必要もなくなる。


「畑に魔力を撒くのは程々で良いと思います。それよりも、魔物退治に力を注ぎましょう。」


 とにかく徹底的に魔物を退治していけば収穫量は増えるはずだ。街道に魔物が出てくることがなくなれば、人の行き来が増えて産業も活発になる。ブェレンザッハの鉱山はバランキル王国にとっても重要なもののはずだ。金属の産出を正常化しなければ、他の領地だって困ることになる。


「しかし、そうなるとまだしばらくエーギノミーアには負担を掛けることになるのではないか?」

「その分、少し多めに鉄をまわしていただければ十分ですわ。」


 本当にそれだけ困っているということだ。東のファーマリンキにも鉱山はあるがその生産量はブェレンザッハより少ないし、それをエーギノミーアだけが独占できるわけでもない。必要な量が入手できていないため、金属の供給は可能な限り優先してほしいのだ。


「なるほど。互いに不足しているものが違うのですね。」


 やっと得心がいったようで、ジョノミディスはそう言って口角を上げた。

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