第251話 卒業、そして西へ
国王たちとの話が終わると、文官たちと具体的な教育改善の話を詰めていくことになった。
どうして子どもが出てくるのかと言いたげな者たちに迎えられるが、それは私も聞きたいところだ。別に私たちが関わる必要はない様に思うのだが、国王からの指示に逆らってもあまり良いことはない。
学院の方は今年はまだ検討する段階なので私たちは意見を出して終わりだが、学生の見習い受け入れは各部署の調整を手伝うことになる。
とはいっても、毎日登城する必要があるわけでもなく、週に一日程度行けば済む程度だった。幸いなことに私たちは実技演習や合同演習の参加を拒まれているので、その機会にでも行けば事足りるということだ。
それ以外は勉強や社交を進めていく時間もある。ハネシテゼの開くお茶会というとても珍しい催しにも出席できたし、とても充実した日々を過ごせたと言えるだろう。
無事に卒業式を終えると、私はブェレンザッハへと向かう。春から夏までをあちらで過ごし、夏から秋はジョノミディスにエーギノミーアに来てもらう算段だ。
父や母と別れて、ジョノミディスと一緒の馬車に乗る。今回は戦いに行くわけではないので、側仕えと合わせて三人が増えることになるため、馬車の中は少々手狭な感じだがそれは致し方がないだろう。
「確か、途中から船で川を遡っていくのですよね?」
「ウジメドゥアに入ってからだな。それまでは特にすることもない。」
基本的に馬車の旅はとても退屈だ。ガタゴトと揺れるため、そうそう会話を楽しむこともできないし、増してやお茶を飲むこともままならない。お菓子は用意されているが、さすがにそればかりを食べているわけにもいかない。
必然的に、私は魔力操作の練習をすることになる。エーギノミーアと王都の行き帰りも似たようなものだが、ハネシテゼのように馬車の屋根の上に登るのは気が引ける。
「いつもそうしているのか?」
「最近は暇なときは魔力操作の練習をしています。遠隔魔法は未だに効率の改善ができていませんが、もっと上達すれば糸口が見つかるかもしれませんからね。」
百歩以上も先に飛ばした魔力を操作して、そこから魔法を放てば二百四、五十歩先にまで届く。ハネシテゼの最大射程を上回る私の奥の手だが、発動までの時間がかかり過ぎることと魔力消費量が大きすぎるという重大な欠点を持つ。
なんとか改善できないかと試行錯誤はしてみているのだが、全く先に進めていない。
「遠隔魔法か。しかし、よくそんな事ができるようになったものだな。恐ろしいほどの難易度だろう。」
ジョノミディスは半ば呆れたように言う。彼も遠隔魔法の練習はしているが、そもそも数回に一度しか発動に成功しない。確かに、小さな火球一つを放つのにも四苦八苦するほどの難易度なのだ。雷光の魔法の何倍も難しいと言えるだろう。
「こうして魔力操作の訓練をしているときに、たまたま上手く発動できたのです。」
飛ばした魔力で火球の際の魔力の動きを何度もなぞっていると、小さな火がぽっと出たのだ。初めて出たときは目を疑ったものだ。それからその訓練ばかりをしていたわけではないが、狙って魔法を放てるようになるまで二週間ほどはかかっている。
「私もティアリッテ様に負けぬよう成長せねばならぬな。」
「十分、お力を伸ばしていらっしゃるかと思いますけれど? 勉強や訓練に打ち込める状況ではなかったのは私も存じています。」
「そのような言い訳はしたくないのだ。」
ジョノミディスは今現在誇れる結果がないことを気に病んでいるようだが、そんなものはこれからいくらでも作れると思っている。ウンガス対応に時間を割かれながらも、学院の成績は私たちと並んで一位となっているのだ。それで不足があろうはずもない。
「セプクギオ殿下がひどく思い詰めていらっしゃったのはジョノミディス様もお気付きだったと思います。何を焦っているのか存じませんが、ジョノミディス様もたまにはお休みになって、目の向き先を少し変えてみた方がよろしいかと思います。」
第四王子もそうだが、ジョノミディスはそう言ってくれる人がいないのではないのだろうか。前向きに頑張るのは良いのだが、自分一人だけでもがいていても意外と前に進んでいないものだ。
私は今までは近くにフィエルがいたし、大概のことは相談することができた。騎士たちも私が変な方向に進もうとしていれば
「僕は、焦っているのか?」
「私にはそのように見えます。」
どうやら、まるで自覚がなかったらしい。
思うに、きっと疲れているのだ。真面目で責任感のあるジョノミディスのことだ、寝ても覚めても
「婚約者になったのですから、私のことも頼ってくれても良いのですよ。婚約者や夫婦とは、競い合うだけの関係ではないでしょう?」
「そうだな……。負けられぬ、負けられぬと思っていたが、頼っても良いのか。」
それほど頼りない婚約者であるつもりはない。笑顔で首肯すると、ジョノミディスも笑顔で返してきた。思い詰めたような表情の多かったジョノミディスだが、そのように笑えるのならば大丈夫だろう。
一日目の馬車の旅が終わると、翌日からは船に乗る。正直なところ、私はこの船というものが得意ではない。部屋の中でゆらゆらと揺られていると段々と気分が悪くなってくる。だが、遡上ならば丁度良い。船尾に立ち、張った帆にたっぷりと風を当ててやれば、船は勢いよく水を切って進んでいく。
「ティアリッテ様、それは魔力の無駄遣いではありませんか?」
「この程度では訓練にもならないですわ。船室に籠っているよりこうしていた方が楽なくらいです。」
朝から延々と風の魔法を繰り返していると、心配そうな顔でブェレンザッハ公爵が声をかけてくる。私としてはこの程度は一晩寝れば回復できる程度でしかないし、問題がないと思っているのだがブェレンザッハでは節約するものなのだろうか。感覚が違いすぎると、向こうに行ったときに問題になる。早めに修正しておいた方が良いだろう。
「やはりブェレンザッハではウンガスの警戒のために、魔力や体力には余裕を持つようにしているのでしょうか?」
「うむ。いつまた攻めて来るかも分からぬ。油断したところを突かれて被害を出すわけにはいかぬからな。」
「率直に申し上げまして、全員で余裕を持っておくのは悪手であるかと存じます。」
その辺りの具体的な話はブェレンザッハに着いてから少しづつしていこうかと思ったが、この船の上では基本的に騎士も文官も領主一族も暇を持て余しているだけだ。今のうちに交代で訓練をすることを提案した方が良いだろうと思い付いた。
「少々程度の魔物ならば私やジョノミディス様だけでもどうとでもできます。今のうちに騎士に訓練をさせることをお勧めいたします。」
本来は騎士は領主一族を守るためにいるのだが、この船を襲って来るのは魔物くらいだ。何十人もの騎士など必要ない。とりあえず、手本として船の後ろに火柱を並べてみせる。
「川の上ならば火事の心配はございません。縦に並べるならばいくつでも好きなだけ並べられます。できるだけ遠くまで、そしてできるだけ多くの魔法を並べる訓練には適していると思います。」
そう言うとブェレンザッハ公爵は何故か困ったように眉を寄せて私を見る。何か不適切な発言をしただろうか。少々心配になっていると、横からジョノミディスが声をかけてきた。
「やりすぎです、ティアリッテ様。いつの間にハネシテゼ様以上の数を同時に撃ち出せるようになったのですか。」
「ハネシテゼ様はもっと出せると思いますよ? 一年前と比べられても困ります。」
そう言ってから五年生では演習がなかったことを思い出した。今年は互いに全力の魔法を見ていないが、ハネシテゼもこの程度はできるはずだ。
「一体、どんな訓練をしていたのだ?」
「単に、魔物退治をしていただけです。ちょうど一年前、十二万もの海魔がエーギノミーアの海岸に押し寄せてきたのです。」
あれを片付けるために限界上限で撃ち続けていれば、伸びもする。二ヶ月間、毎日毎日朝から晩まで魔法を撃ち続けて、それで成長しないなんてことはありえない。
そして、海魔の襲来はデォフナハにもあったと聞いている。数は把握できていないが、十万は下らないということだ。あんなものを数えたくなどないとハネシテゼは言っていたが、全く同感である。
その凄まじい数を聞いて、ブェレンザッハは目と口を丸くする。この話を聞くと、みんなそんな顔をする。
「そういえば、そんな話をしていたな。訓練ではなく実戦で身につけた力か。勝てぬわけだ。」
そう言いながらジョノミディスは何故か目を逸らして苦笑いを浮かべる。何とも腑に落ちない反応である。婚約者としてもっと褒めてくれても良いのではないだろうか。
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