第250話 誰にでも欠点はある

 その後、さらに学院の教育内容にまで話が及んだ。


「何故、そのような話になっているのでしょう?」


 領主たちの足並みが揃わないのをどうにかしたいというのは分かる。今後のウンガスの再侵攻に備える必要があるのは確かだし、食料が行き届かなければ戦力の維持なんてできはしない。


 学生にも仕事を与えるということもエーギノミーアでは既にやっていることだし、デォフナハでも二年生くらいから見習いを始めているという。実績があることを尋ねられるのは理解できる。特に、上手くいかなかった情報というのは重要だ。同じ間違いを繰り返す意味なんて何一つない。


 だが、学院での指導内容にまで話が飛ぶと、私たちに聞こうとする理由が分からない。それは諸先生方に尋ねた方が良いのではないだろうか。少なくとも、私は他人の教育について考えたことはない。


「総合的な国力の向上には教育は不可欠だ。学院の指導内容については広く意見を求める予定だ。特に其方そなたらだけの話を聞くということではない。」


 教育の改革とまでいくとかなり大きい話になるが、こちらはそれなりに時間をかけるつもりらしい。食料不足の改善は急ぐ必要があったが、教育の方は二、三年で一気にということは考えていないということだ。


「そう言われましても、教育内容を改善すべきとか考えたことがございません。」

「私も強く意識していたのはハネシテゼ様に勝つことでした。内容について疑問を持ったこともございません。」


 私が言うと、ジョノミディスも同意する。ハネシテゼに目を向けてみるも、何やら唸りながら考え込んでいる。


「私は、成績がそれに見合っていれば、学年を超えることができてもいいと思います。」


 そう言うのは第四王子だ。彼は、どんなに努力をしようともハネシテゼに追いつくことは絶対にできない仕組みになっているのは理不尽だと漏らす。ハネシテゼと同年齢である第四王子は、どうしたって比較されてしまうし、その度に劣っていると言われてしまうのだろう。


「あと三年も辛抱すればセプクギオも卒業だ。しっかり努力していればそう劣ることはないだろう。」

「あと三年も言われ続けねばならないのですか?」


 王太子はあまり深刻なことと捉えていないが、第四王子からしてみれば切実な問題なのだろう。どれほど優れた成績を出しても、それを評価してもらえないのであれば、それはとても苦しいことだと思う。


「殿下が苦しい立場にあるのは理解できますが、それを変えるのは時間がかかると思います。そもそも、ハネシテゼ様と比較するのが間違っているのです。私の父母も兄姉もそれを認めてくださいましたが、王族では認めていないのでしょうか?」

「私も一年生のときはひどく叱られたが、今では比較されることもない。王族もそれを徹底した方がいいかと存じます。」

「なんか失礼なことを言われているような気がするのですが、気のせいでしょうか?」

「気のせいかと存じます。」


 私とジョノミディスが揃ってハネシテゼと比較をするなと強く主張すると、当のハネシテゼは一人不満そうに口を尖らせる。だが、本当に比較するだけ無駄なのだ。


「それと、差し出口かもしれませんが、セプクギオ殿下もハネシテゼ様を追うのはやめた方が良いかと存じます。」


 第四王子は私たちとは立場が違うし、求められていることも違う。王族であり、次期国王の有力候補である彼に求められることは魔物を退治することでも畑に魔力を撒くことでもない。もちろん、訓練としてそれをするのは構わないが、それが主体となるようでは困る。


「殿下に必要なことは、多くの貴族を束ねることです。知識や魔力も当然必要ですが、示すべき実績としては少し方向性が違うと思います。こうして国力増強のお話をしているのですから、その中心に立てるよう努力なさってみてはいかがでしょう。今ならピエナティゼ殿下も助けになってくれると思いますよ。」

「しかし、それでは私の実績にならないではないか。」


 せっかくハネシテゼを上回れる方向を示しているのに、第四王子は力無く首を横に振る。誰に何を言われたのか知らないが随分と変な方向に考えが凝り固まってしまっているように感じる。


「それは違います、殿下。多くの者から助力を得られるということ自体が大きな実績となりましょう。」


 ジョノミディスも認識がずれていると指摘する。

 上に立つ者として不可欠の実績とは、多くの貴族を束ねることである。そしてその方面は、今のところハネシテゼに最も欠けているところでもある。


「大変です。わたくし、誰かの助けを必要としたことがほとんどございません。」


 今更気付いたようにハネシテゼが言うが、彼女の最大の短所は社交能力だと私は思っている。そもそも、一年生の頃からハネシテゼはまともに社交をしていない。社交の場に出てこないのだから、社交の実績もあるはずがない。


 当主や王族、仕事で関わりのある者と話しているのを見たことはあっても、同世代の子どもと話をしているのは見たことがない。唯一の例外が第四王子だ。同学年を見ても、私とフィエルとジョノミディス、それにザクスネロの四人しかいない。どう考えても少なすぎるだろう。


「そう言えば、今年は珍しくお茶会を開くようにとお母様が言っていましたが、そういうことだったのですね。」


 今まで気付いていなかったことに逆に驚いてしまう。そのくらいハネシテゼの社交の範囲が狭いことを知り、第四王子も困ったように苦笑を浮かべる。


「ハネシテゼ様にも苦手なことがあったのですね。」

「あら、ハネシテゼ様にも苦手なことは結構ありますよ。私が知る限り、一番苦手なのは我慢をすることでしょうか。」

「や、やめてくださいませ、ティアリッテ様!」


 ハネシテゼはかなり気が短い。これは本人も自覚しているような節があるが、あまり改善は見られていない。戦地や魔物退治ではそれでも力押しでどうにかなっても、社交の場ではそうはいかないだろう。だが、それを言う前にハネシテゼに止められてしまった。

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