第248話 理由

「あまり深く考えなくて良いのではありませんか? この先、北方貴族も頑張らざるを得ないでしょうから。」


 そう言うのはハネシテゼだ。取り敢えずとはいえウンガス王国からの侵攻は一旦落ち着いている。エーギノミーアとの結びつきを強めたブェレンザッハが復興を進められないはずがなく、力を取り戻すのは時間の問題だということくらいは誰にでも分かるだろうと言う。


「その前になんとかして力をつけないと、北の公爵の立場なんて転落する一方ではありませんか。残念ながら、彼らは一手遅かったのです。」

「遅かった? どういうことだ?」

「結束を固めて第三王子側について次期国王の座に押し上げる、それがこの冬に彼らが取ろうとしていた手段なのではないでしょうか? エーギノミーア公爵も随分と大胆な手を打ったものだと思います。」


 ハネシテゼは感心したように言うが、第三王子と兄の婚約を求めてきたのは王族の方だ。突然の申し込みに父も困惑していたくらいだ。だが、事情を知らない者にはそのように見えているのだろう。


「その結果、どう動くと思う?」

「真っ当に産業強化計画を練るのが最も無難なところでしょう。他にも陛下や王子妃の暗殺とかウンガスに寝返るという策もありますが、失敗時の損失がとんでもないことになりますからね。」


 ハネシテゼは恐ろしい案を軽く口にする。第四王子の婚約者という立場とはいえ、王族の暗殺などと言ってしまって良いのかとこちらが恐ろしくなってしまう。案の定、国王も王子たちも表情が今までになく険しくなっていた。


「愚策にも程があるぞ。」

「そのとおりでございます。わたくしも本当にその案を採用する可能性は限りなく低いとは思っています。ただ、警戒だけはしておいた方が良いでしょう。」


 毒を盛りエーギノミーアの仕業だと騒ぎ立てて中央から遠ざける。上手くいけばブェレンザッハもその影響を免れることはないだろう。もし失敗したら、最悪の場合はウンガス王国に寝返ってバランキルを滅ぼし、その後のこの地の支配者になる。


 ハネシテゼが思い付きで口にする計画は、いくらなんでも杜撰に過ぎるだろう。しかし、いくつか補強案を付け足せば本当に計画して良そうで怖い。


其方そなたはよくそんな案をぽんぽんと思いつくものだな。」


 国王は呆れたようにかぶりを振るが、ハネシテゼは昔からこんなものだ。イグスエンで一緒に戦っていたときも信じられないような恐ろしい作戦を出している。


「何年も近くで見てきているのですが、私も信じられません。それでいてハネシテゼ・ツァールは誰よりも天下太平で豊かな社会を願っているのですから、私の理解の及ぶところにないのです。」


 ハネシテゼが見ているもの、感じているもの、知っているもの。全部、根本的な部分で私とは違うのだろう。



「ハネシテゼ様のことは今は良いでしょう。それよりも、北方貴族がどう動くかです。もし本当に暗殺を計画などしているのだとしたら、相応の対策は講じた方が良いかと思います。それに、ウンガスに寝返っても得られるものは何一つ無いと知らしめる必要もあるでしょう。」

「うむ、ジョノミディスの言う通りだ。だが、実際、離反を検討していると思うか?」

「本気で意思を固める段階には程遠いとは思いますが、道を探すくらいはしていると思って良いのではないでしょうか。」


 ジョノミディスが言うと、第三王子とハネシテゼもそれに同意する。国王や第一王子、第二王子は頷きはしないが、否定の立場も取れないようだ。執政に携わっている立場としては、安易に敵対的な態度を取るわけにいかない。そのような話は私も父からよく聞いている。


 一方で、第四王子は視線を向けても目を逸らして小さくなるだけだ。まだ三年生なのだから、しかたがないだろう。普通に考えれば、こんな会議で意見を求められる立場ではない。むしろ、私とジョノミディスの立場が異常なのだ。


「父やエーギノミーア公爵に意見を求めた方が良いのではありませんか? それに、ファーマリンキやウジメドゥアだって無関係ではいられないはずです。」


 ジョノミディスも同じことを思ったのか、父たちを呼んだ方が良いと提案する。


「今は特定の公爵当主への接触が難しい。北だけを外して集めたりなどすれば、揉め事しか起こらぬ。少々荷が重いかもしらぬが、其方そなたらも五年生だ。」


 そう言って、国王はハネシテゼへと視線を向ける。五年生とは言っても、ハネシテゼは第四王子セプクギオと同じ十歳だ。そちらを気にするのは当然だろう。


「デォフナハ男爵は五年生のときに当主の座に就いている。絶対に無理と言うことはない。」


 国王が考えていたことは全く違ったようだ。というか、そんな話は初めて聞いた。ハネシテゼも初耳だったのか、ぽかんと目を丸くしている。未成年で領主となるなど、とても信じがたい話だが、後で聞けばすぐに分かることなのにそんな嘘をつく意味などあるはずもない。


「道理で、お母様は私に自由にやらせてくれるわけですね。ジョノミディス様やティアリッテ様の話を聞いていて、我が家デォフナハの教育方針は少し変だと思っていたのです。」


 ハネシテゼはそう言うが、絶対に少しどころではない。かなり、とんでもなく一般的な領主貴族からかけ離れているだろう。


 デォフナハ男爵だって、当主として領主としての執務ができるからその座に就いたのだろう。ならば、それ以前からある程度の執務はしていたことになる。先代は病死ということなのだから、寝込んでいる領主の代行として動くこともあったのかもしれない。


 四年生や五年生では相当な負担だと思うが、できてしまった人がいるから私たちも求められるということなのだろう。感心するとともに、呆れてしまう。今までハネシテゼ個人が異常なのだと思っていたが、そもそもデォフハナ家が異常だったのだ。そこに巻き込まれる私たちのことも少しは考えてほしい。


 以前に聞いていた話では、仕事は押し付けられたのではなくてハネシテゼ自身は希望して与えられたと言っていたが、普通は学院に入ってもいない幼い子どもに仕事を与えなどしない。物には程というものがあり、デォフナハは色々と度が過ぎている。


 しかし、そんな苦情を今ここで言っても何も解決はしないだろう。すでに私も大人並みの実績を作ってしまっているし、今更だと言われて終わってしまう。とにかく前向きに考えていくしかない。

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