第246話 次期王座

 日復祭の翌日にストリニウス第二王子の結婚式があり、その次の日からはまた平穏な日々が続くのだと思っていたのだが、結婚式に出席した際に数日は毎日登城するようにと言われてしまった。


 一月三日は朝から父や兄とともに城に行き、国王の執務室へと向かう。登城するようにとは言われているが、具体的に何をするのかはまだ聞いていないが、式典やパーティーの場で口にしづらいことなのだろう。そう思うと少々気が重い。


「ティアリッテ・シュレイ、陛下のお呼びにより参りました。」

「入ってくれ。そちらだ。」


 開けられた扉の前で跪き挨拶をすると、すぐにテーブルに着くように言われた。そこには王太子夫妻に第二王子夫妻も来ていた。これは私は場違いなのではないだろうか。ここにくるべきは、第三王子と婚約したウォルハルトだろう。


 そんな私の表情を見てなのか王太子が「第三王子ピエナティゼ第四王子セプクギオもすぐに来る」と言うのだが、それならば余計に私が呼ばれた理由が分からない。


 本題は王子たちが揃ってからということで、それまではお茶を飲みつつ雑談に興じることになる。


「今年で卒業だが、引き立てたいと思うような優秀な者はいるか?」

「そう申されましても、同級生たちと関わりを持てていないのです。昨年は一日も学院に行けなかったですし、今年も実技は私たちは外されていますので。」


 何をどう考えても、六位以下の者たちとの距離感が遠く離れてしまっている。今の状態で評価せよと言われても、正直言って難しい。


「済まぬ、そうであったな。例年ならば、このあたりは学生との無難な話題なのだ。」


 国王は手を振り、そう軽く謝る。ほとんどの学生は国王と会談する機会などありはしないので、無難な話題というのも種類が少ないのだろう。

 王子と同級の公爵家の子であれば機会があるだろうが、私やハネシテゼのように何度も呼び出されるなんて聞いたこともない。学生との無難な話題など、本当に少ないのだろう。


「そういえば、このお茶ですが、今年は十分に出回っているようですね。一時はどうなるかと思いましたが、平穏が戻りつつあるのですね。」

「そういえば昨年は生産自体ができぬという茶もあったな。」


 出されて今飲んでいる茶は、エーギノミーアでは昨年は入手できなかったものだ。こうして再び飲めるようになったというのは、安心できる材料の一つだろう。


「それでも実情はまだまだ厳しい。ウンガスの態度が変わらぬ以上は警戒を解くわけにはいかぬからな。」

「そこで出てくるのがエーギノミーアとブェレンザッハの婚約なのですから驚きましたよ。」


 そう言うのは第二王子夫人のネイジャトゥレだ。ファーマリンキの直系ではある彼女は、私の婚約者の候補については情報を得やすい立場にある。それでも耳にしたこともなかったのは、単に私が動き出したのが遅かったからだ。


「本当は一年前には申し込みをしたかったのです。ハネシテゼ様が第四王子と婚約するという話が出た時点で、私の婚約者の第一候補はジョノミディス様に決まっていましたから。」


 その後、エーギノミーアはブェレンザッハと交流を持つ機会がなかった。ただそれだけの理由でこの冬まで待つことになっていた。そして、理由はもう一つある。


「エーギノミーアとしては、ブェレンザッハと王族、どちらを上に置くかは聞かれるまでもありません。私の婚約の話がピエナティゼ殿下とウォルハルト兄様の婚約の時期と重なってしまったのは、エーギノミーアとしては想定外のことです。」

「こちらは、其方そなたらの婚約の方が想定外だ。」


 第二王子はそう言うが、少なくとも国王は知っていたはずだ。第三王子とウォルハルトを優先させるために、私のことは言っていなかっただけだろう。両方を同時に大至急で対処しなければならなかった父は、そうれはもう大変だったのだろうと思う。



 そのようなことを話していれば、ノックがあり扉が開けられる。第三王子ピエナティゼとウォルハルト、第四王子セプクギオとハネシテゼ、そしてジョノミディスが入室してくると、ようやく本題に入る。


其方そなたらに集まってもらったのは他でもない、次期国王についてだ。」


 国王がそう切り出すが、その席に何故私とジョノミディスが呼ばれるのだろうか。不思議で仕方がないが、国王はそんなことには構わずに話を続ける。


「ピエナティゼは有力な後援を得ることができなかったが、第一王子ルグニエック第二王子ストリニウスも磐石とは言い難い。王子の中で現在最も高い影響力を持っているのは第四王子セプクギオという見方もある。」


 そこで国王は一旦言葉を切る。そして王太子の口からそれを踏まえた質問が出てきた。


「ジョノミディス・ブェレンザッハ。次期領主として貴方きほうは誰につく?」


 言葉を曖昧に濁すことはせず、簡潔かつ明確な質問だ。現当主のこれまでを踏襲するならば、第一王子。エーギノミーアを立てるならば、第二王子。残念ながら第三王子という選択肢はなく、その時点で第三王子が次期国王となれる可能性は低い。


 ジョノミディスは一度私の方を見てから深呼吸をし、はっきりと答えた。


「ハネシテゼ・ツァールでございます。」


 ジョノミディスの返答に、第四王子は歯を食いしばり苦しそうに俯いてしまう。ある意味、彼は第三王子よりもきつい立場だ。彼が決して選ばれることのない理由は、彼自身にはない。努力でどうすることもできないことを突きつけられて、苦しくないはずがない。


 恐らく予想通りの答えなのだろうが、それでも雰囲気は重くなる。そこで口を開いたのは王太子だった。


「ブェレンザッハがハネシテゼ派となるならば、私も王太子の座を返上せねばならぬな。」


 王太子の言葉には、怒りや恨みのようなものは感じられない。むしろ、来るべき時が来たことを噛み締めているように目を伏せていた。ハネシテゼを王族に、という噂話は一年生の頃よりあった。実際、突出した力を持つハネシテゼが王族の目に留まらぬはずもなく、一年前には第四王子と婚約してからはハネシテゼを次期国王にというのも現実味を帯びてきていた。


「無論、エーギノミーアもそちらにつくのであろう?」

「もちろんでございます。その方向に舵を切ったのはエーギノミーアですから。兄姉もそれに納得しています。」

「いや、私は第四王子につかせてもらうよ。少なくとも彼が成人するまでは。」


 第三王子と話し合った結果、ウォルハルトと第三王子は第四王子を支える方向で動くことにしたらしい。この時期に第三王子までもがハネシテゼ側についたのでは、いくらなんでも第四王子の立場が可哀想ということなのだろう。


 今年で十八歳になる第三王子は必要な実績を積めなかった責任は本人にある。だが、まだ十歳の第四王子はその段階にすら至っていない。機会すら与えられないのは酷というほかない。


「それでは私たちはお二人を後援するということでよろしいでしょうか。」

「そうするのが良いだろう。セプクギオが成人するまで数年の猶予がある。今、完全に外してしまう必要はあるまい。」


 国王の理解を得られたのならばそれで良い。揉めないようにというための話し合いで、強情に言い張って揉めごとを起すわけにはいかない。


 後は今後誰を王太子と呼ぶかということである。現時点でハネシテゼを王太子としてしまうのは問題しかなく、第四王子にしてしまうのも不安が大きい。


「当面は王太子はルグニエック殿下のままで良いのではありませんか? 何度も変更するものでもないでしょうし、今までも暫定と言えば暫定的なものでしょうし。」


 本来は末子である第四王子が成人する際に正式に決めるもののはずだ。ハネシテゼのせいで予定が色々と変わってしまっているのだろうが、ウンガスとの関係が今後どうなるかも分からない。もう暫くは第一王子ルグニエックが王太子として国政を支えるのが一番合理的だと思う。


 第二、第三王子にジョノミディスもそれに賛成すれば、第一王子ルグニエックも固辞することなく「第四王子セプクギオが成人するまでだ」と言って引き受けてくれた。

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