第245話 電撃婚約

 新学期二日目からは、普通に講義も演習もある。気になっていた成績だが、今年は五人が全科目満点をとり、席の順は自分たちで決めるように言われた。


「結局、ハネシテゼ様には勝てませんでしたか……」

「座学の試験には点数の上限がございますから、わたしを越えることは不可能なのです。」


 胸を張ってハネシテゼが言うが、もはや悔しさはない。実技の試験では、私も採点の基準を大幅に越えている自信がある。今更ハネシテゼと比較するのは意味がない。


 だから私たちの間での話題も、戦後処理と他の貴族の教育という話になる。学院の教師の中でも私たち五人が突出しすぎていることが話題になっている。

 実技では手本を見せる程度の参加で、下級生との合同演習は参加しないようにと言われてしまったくらいだ。


「合同演習の日は何をすれば良いのだ?」

「お城に行って仕事の手伝いでもしましょうか。」

「一日や二日だけ、というのは逆に迷惑になりませんか?」


 一週間くらいのまとまった期間があるならばともかく、合同演習は日帰りか、長くても一泊で終わりだ。引き継ぎにかかる手間を考えると中途半端な手伝いはむしろ邪魔になってしまう可能性が高い。


「楽器のお稽古でもしていましょうか。」

「そうですね。夏の間は学期の練習はあまりできませんでしたから。」


 朝から横笛や竪琴の稽古をして過ごすことになる。ずっと楽器をかき鳴らしていると側仕えたちがうるさそうにしているが、そんなことを気にするものではない。


 そうして何ごともなく日々が過ぎて行くのを暇だと感じるのは、感覚が一般からかけ離れてしまっているのではないかと不安になる。


 そんな思いを抱えながらもしながら、新学期から一ヶ月も経てば当時を迎え、その翌日は新しい年が始まる。つまり、日復祭がやってくるということだ。


 昨年は戦争のために遥か南西の領地イグスエンへと行っていたために不参加だったが、今年は西方貴族もほとんどが参加をする。


 そして、私は父に求婚用の石を持っていくよう言われた。つまり、多くの貴族の前でジョノミディスに婚姻の申し込みをせよということだ。父がそう言うのならば、当然にブェレンザッハ公爵とも話がついている。

 ジョノミディスもそれを受けよと言われてたと頭を抱えていたが、それはもう諦めるしかない。



「陛下、殿下、ご機嫌麗しゅうございます。情勢厳しい旧年を乗り越え、本年の繁栄をお祈りするとともに、私もお力となれるべく精進していく所存でございます。」


 日復祭はいつも通りの挨拶から始まる。父を先頭にひざまずき、型式通りの挨拶を述べる。私とフィエルは爵位を得ているために父に続いて挨拶を述べるが、簡単に一言だけで良いということなのでそれほど気負うこともない。


 今年、変わっていることは父の後ろに兄のウォルハルトが来ていること。そして、第四王子の隣にハネシテゼがいることだ。二人の婚約は昨年の春に発表されているが、今後、機会がある毎に周知していくのだろう。


 王族との挨拶が終われば、第一公爵ブェレンザッハから順に挨拶を済ませていき、席に着いて挨拶を受ける側へとまわる。例年とは違い、夫婦二人でやってきたデォフハナ男爵が寂しげに見えたのが印象的だ。


 一通りの挨拶が終わると、歓談が始まる。


 多くの貴族がそれぞれの思惑を持って移動していく中、私は目標に向かって一直線に足を進めていく。その正面で、彼はこちらを見て待っていた。


 ジョノミディスの前で足を止め、跪いて片手に宝石を差し出せば周囲の視線が集まってくる。


「ジョノミディス様、手を取り共に歩んでいく未来を描かせてくださいませ。私ならば、領地の発展に寄与できると確信しております。」

「ティアリッテ・シュレイ、謹んで受けとろう。」

「ありがとうございます。」


 私の突然の求婚と、それをジョノミディスが受け取ったことに周囲からは驚きの声が上がる。その中でも尋常ならざる眼差しを向けてくるのはデュオナールら北方貴族の公爵たちだ。


 そんなことはお構いなしで双方の家の当主が並んで立ち、宣言をする。


「ジョノミディス・ブェレンザッハとティアリッテ・シュレイ・エーギノミーアの婚約は成立した。」


 そう言って互いに手を握れば、周囲の貴族は拍手をするしかない。その中を私はジョノミディスの手を取って打ち合わせどおりに場所を移動する。


 そうすれば、周囲の大人たちの視線も必然的に移動していき、我が兄ウォルハルト第三王子ピエナティゼが目に留まることになる。


 ウォルハルトは一歩足を踏み出してピエナティゼに跪き、私と同じように片手に宝石を差し出す。


「ピエナティゼ殿下。どうか私の石をお受け取り下さい。共にバランキルの発展に尽くしていきましょう。」

「受け取りましょう。ウォルハルト、今後よろしくお願いします。」

「ありがとうございます。」


 こちらは、恐らく事前に聞いていた者はほとんどいないのだろう。私の時よりもさらに大きなどよめきが広がる。そこに国王が進み出てくると、一斉に静まり返った。


「第三王子ピエナティゼとウォルハルト・エーギノミーアの婚約は成立した。」


 これを余裕の表情で見ている者は少ない。それでも国王とエーギノミーア公爵が手を握れば拍手をしないわけにいかない。


 拍手に紛れて「エーギノミーアはいつの間に」という声が聞こえてくるが、兄と第三王子の方は王族側からの申し出だ。



 その後の話題は二組の婚約と、明日の第二王子の結婚についてのものがほとんどになる。戦争や戦後復興についての情報交換は必要なことではあるが、この日復祭での話題としては不適切だ。


 私はジョノミディスと一緒にあちらこちらのテーブルをまわることになる。ハネシテゼは第四王子と一緒だし、ザクスネロも既に決まった相手がいるようで、二人組で行動していた。一人だけなのはフィエルだけである。


「フィエルナズサ様の相手はいないのか?」


 一人だけ寂しそうに見えたのか、ジョノミディスが心配そうに言う。これは、フィエルが自分自身で特定の相手を父に強く求めなかったからでもある。しかし、それ以上に兄のことが大きい。


「急にウォルハルト兄様のお話が入ってきてしまったので、フィエルは後回しになってしまったのです。」


 国王に言われて一ヶ月しか経っていないのだ。父も相当慌てただろうし、ウォルハルトの準備で手一杯だったのだと思う。フィエルの婚姻相手のことなど、ほとんど触れられてもいない。


 これからファーマリンキの傍系か、小領主バェルの直系から探すことになるだろう。今は諦めるしかない。



 各領地のテーブルに並ぶ料理を堪能する間もないほどに、多くの大人たちがやってくる。私としては祝福の言葉をくれるだけで良いのだが、やはりエーギノミーアとブェレンザッハが結びつきを強めるのは影響がかなり大きいようで、質問もけっこうある。


「お二人の結婚の予定はいつ頃になるのでしょう?」


 そんなことを聞かれても困る。結婚の時期は情勢を見て決める。


「馴れ初めをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ジョノミディスは公爵家の跡取りという位置づけだし、私も公爵家の直系だ。恋愛感情など結婚に関係あるはずがない。私たちの立場では、領地や国の平和や発展を基本に考えるのだ、気持ちなんてものは、よほど相性が悪いというものでなければ考慮などするものではない。


 一体どのような答えを期待しているのだろうと思いつつも、愛想を振りまきながら「イグスエンを守るために尽力するお姿がとても頼もしく思えました」などと答えておく。


 遠くから嫌味は聞こえてくるものの、直接言ってくる者もなく、日復祭は無事に終わった。そして、翌日には第二王子ストリニウスの結婚式である。

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