第244話 ジョノミディスとの会食

「お久しゅうございます、みなさま。」


 そう挨拶して講義室に入ると、懐かしい顔ぶれが並んでいる。ハネシテゼに倣って朝礼が始まる直前に来たのだが、一斉に注目を浴びるのだと今初めて知った。席へと向かって歩いていると、背後からハネシテゼの挨拶があり、その直後に先生も入室してくる


「諸君、お久しぶりでございます。今年は皆様方も最終学年となり、下級生の模範たる立場となります。既に爵位を賜っておりますお三方はもちろんのこと、その他の方も気を引き締め直し、一層勉学に邁進されることを期待しています。」


 ミャオジーク先生から例年通りと言えば例年通りの挨拶があり、その後に事務的な話があるのもいつも通りだ。


「この後の式典ではハネシテゼ・ツァール、ティアリッテ・シュレイ、フィエルナズサ・テュレイのお三方に式辞をお願いします。」


 なんと、今年はハネシテゼだけでなく、爵位を受けた私とフィエルまで式辞を述べねばならないらしい。これは想定外であるが、今、苦情を言っても撤回はされないだろう。


 式辞は二年生から順に述べていくので、何を言うべきか考える時間はある。四年生が終わったら、次はフィエルで、私の番はその次だ。


「皆さまもご存知のとおり、我が国は昨年の春よりウンガス王国の侵略に遭っています。そのため、私も含め、昨年ここへ来ることができなかった者も多くいました。この不当な侵略に屈するわけには参りません。そのために必要なことは単純に戦力を引き上げるだけではありません。国内を安定させ、豊かで平穏な社会を作ることが肝要なのです。学院で学ぶことは、そのために大いに活かされることでしょう。私はバランキル貴族の矜持と志をもって邁進していくことを宣言いたします。」


 私の式辞が終わると、最後はハネシテゼだ。彼女は王族の婚約者として他の者の模範となるべくといった内容で式辞を終える。さすがに昔のような、やる気のない挨拶とはいかないようだ。


 学院長が閉めて式典が終わると、その後は自由時間だ。講義や演習は翌日からなので、この後はゆっくりと過ごせることになっている。


「ジョノミディス様、一緒にお食事をしながらお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」


 あまり後回しにしたくない。というか、後のことを考えるとできるだけ早く話をしておきたい。数秒の沈黙の後「問題ない」と返事をもらった。



「本題に入る前に礼を言わせてくれるかい?」

「あら、ジョノミディス様にお礼を言われるようなことをした記憶はございませんけれど。」

「いや、ティアリッテ様というよりエーギノミーアだな。今年も相当な量の食料供出をいただいて非常に感謝している。お陰で貴族も民も不自由なく過ごすことができている。」


 国として決まったことで礼を言われても返答に困ってしまう。「それはお役に立てたようで何よりです」以外に何を言って良いのか分からない。


 食事中は戦争や復興についての無難な話題にとどめ、食後のお茶を飲みながら本題に入る。


「ジョノミディス様は、その、婚約者などいらっしゃったりするのでしょうか?」

「恐らくその話ではと思っていたが、ティアリッテ様もなのですか。」


 どうやら、ジョノミディスは他にも婚約の打診を受けているらしい。やはり、昨年西方貴族が身動き取れなかったのは色々な意味で影響が大きかったようだ。しかし、私はここ最近で決めたわけでもない。


「そろそろ婚約者を決めたいのはジョノミディス様も同じかと思っていたのですけれど、違うのでしょうか? 私の第一候補は一年生の頃よりジョノミディス様でございますよ。」


 年齢や立場の近さを考えると、私の婚姻相手の候補としてジョノミディスの名が上がるのは当然だし、ジョノミディスの方だって私が候補に入っているはずだ。だが、ジョノミディスは難しい顔で首を横に振る。


「私の婚姻をどうするべきかは、父も決めかねているというのが本音なのだ。今後の情勢がどうなるのか、非常に読みづらいのはティアリッテ様にも分かるでしょう。数年は保留した方が良いのではないかとも考えているくらいです。」

「私は逆に、今の情勢だからこそエーギノミーアとブェレンザッハが近づく意義があると考えています。ウンガスに対応するため、国内の基盤を固めるのは不可欠だとは思いませんか? 父もそのつもりで動いているはずです。」


 さらに、この場では言えないような本音もあったりするのだが、今はこれだけで十分だ。エーギノミーアの方針に私の婚姻も含まれているとしていれば、ジョノミディスやブェレンザッハ公爵も真剣に考えてくれるだろう。


 だが、ジョノミディスは困ったように視線を泳がせる。


「もしかして、私では嫌なのですか?」

「そうではない。エーギノミーアとの結びつきを強めることは、ブェレンザッハに利があるのは分かる。逆に訊きたいのだが、エーギノミーアに一体どのような利があるのだ?」


 東方貴族や西方貴族には、ブェレンザッハとの縁を求める理由がない。そう考えていたから、ジョノミディスの配偶者の候補として全く考えられていなかったらしい。必然的に、王族、あるいは西方貴族の中から選ぶのかで意見が分かれているところということだ。


 しかし、それは目を向けているところが違うからに他ならない。ハネシテゼは第四王子と婚約しているし、エーギノミーアはデォフナハとの関係を切り捨てることなどできない。


「遅くとも数年後にはハネシテゼ様が王族になるのですよ? あの方を後援するのは誰になると思いますか?」


 その質問だけでジョノミディスの顔色が変わった。大きく目を見開き、そして固く閉じる。表情から察するに、恐らく領地内や西方貴族の取りまとめに精いっぱいで、そちらにまで意識が向いていなかったのだろう。


「僕はハネシテゼ派と数えられているわけか。」

「違うと言ったら怒りますよ?」


 私の返事に、ジョノミディスは大きく息を吐くと声を上げて笑う。


「それは考えていなかった。そこを中心に考えると、互いにそれ以外の選択肢はないとも言えるのか。分かった、父にも相談してみよう。」


 どうやら、現段階での話は一歩先に進むことができたようだ。あとはエーギノミーア公爵とブェレンザッハ公爵の間で余程のことがなければ受け入れられることだろう。


「ところで、そのティアリッテ様は用意しているのですか?」

「求婚用の石ならばここに準備できていますよ。今、お渡しすればよろしいでしょうか。」

「待ってくれ。父に相談してからだ。私だけでは決められない。」


 今すぐというのは冗談だ。いくら何でもそれが受け入れられるはずがない。互いに親に向けて手紙を書き、その返事をもとに数日後に正式に申し込むことになるだろう。


 ジョノミディスとの会食が終わったら、昼過ぎからはすることが特にない。この時間は社交でなければ、自室で参考書を開いて過ごすものであるし、私もそうすることにした。

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