第243話 王族との会談
「北方貴族の農業収穫の改善についてどう思っている?」
歯切れの悪い国王に代わり、王太子が質問をする。つまり、国王はかなり強い不満をもっているということだ。そうでなければ普通に質問をすれば良いだけのはずだ。
「どうと言われましても、状況がよく分かっていません。陛下や殿下が危惧するほど進みが芳しくないのでしょうか?」
「資料がある。」
王太子が合図すると、文官が私たちに書類を差し出す。内容は見ればすぐに分かる、各領の食料供出の予算実績一覧だ。
「あら、
自領だから真っ先に目が行くのではなく、多い順に並んでいる一番上がエーギノミーアだということだ。それ以降は公爵、侯爵と続くのだが、何故か男爵領のデォフナハが二番目に位置している。
このあたりの実績から考えると、デォフナハは侯爵にしても良いと思うのだが、本人が拒否するというのがよく分からない。
「達成できていないのは、北方ばかりということですか。」
北方で予定通りに食料供出しているのは、モレミア侯爵領、ノイネント伯爵領の二つだけだ。他は軒並み、予定を大きく下回っている。
「モレミアは、ザクスネロ様が頑張ったのでしょうか? それにしても、他との差が明らかですね。ノイネントもこれだけできているのですから、できないことはないと思いますけれど。」
魔力を撒き、魔物を退治していれば作物の実りは良くなるはずだし、生産量はそれだけで増える。元々それくらいしていた、というならば分かるが、そんな話は聞いたことがない。
少なくともエーギノミーアではそれで上手くいっているし、モレミアやノイネントも結果を出しているのだから、他の領地でもできないことはないはずだ。
「失敗する理由に心当たりがあるか?」
そう聞かれても、すぐに思いつく理由は多くはない。
「魔物の大量発生でしょうか? あるいは、収穫直前の畑が嵐で被害を受けたとか。」
麦は雨に弱い。青々と成長している間はともかく、畑が黄色に染まってきたころに嵐がやってきたら台無しになってしまうのは知っている。
そう説明すると、王太子はゆっくりと首を横に振る。
「私は畑や作物には詳しくないが、そんなことはどこの農民だって知っていることではないのか? 少なくとも直轄領では、貴族がそんなことまで農民に指導をしているとは聞いたことがない。」
大半の騎士を戦争に向かわせていた昨年はともかく、今年の直轄領での収穫は順調に増えているらしく、数年前まで深刻だった食糧問題は解決できていたつもりだったと国王は言う。
「魔物の植物を植えているのではないか?」
フィエルの指摘に思わずぽんと手を打った。それは大いにあり得ることだ。エーギノミーアでも、禁止だと言っているのに農業組合は植える計画を立てていた。
植えた者は犯罪者として処罰すると触れを出して町や村にも周知させたが、簡単に実りを得られるからと隠れて栽培する者がいなかったのは幸運だったのかもしれない。
「デォフナハと同じ結論か……」
国王は唸るように言って考え込むが、王太子の方は何か思いついたように顔を上げる。
「先ほどの魔物の大量発生はどうしてそれが出た? エーギノミーアでも何かあったのか?」
「予定を変更するほどの被害はありませんでしたが、エーギノミーアでは春先に海の魔物が押し寄せて対処に苦慮はしてございます。デォフナハにも少々の被害があったと聞いています。」
王太子の質問に答えるのは父だ。この件は、被害はあったし大変だったが領内の問題で済む程度であったため、至急の報告は出していない。冬に王都に来たときにでも軽く触れておけばいいだろうという認識でいる。
「北方では些細なことで済ませられない何かがあった、ということか。」
「可能性がある、ということでございます。」
エーギノミーアやデォフハナでは被害を抑えることができたが、魔物の性質や数次第では酷い被害を受けてもおかしくはないだろう。山から数万の魔物が押し寄せてくるというのは想像できないが、可能性がないわけでもない。
「分かった。もし、そのようなことがあったならば釈明の一つくらいあるだろう。」
他の貴族の前で、予定している数を宣言しているのだ。それに届かなければ失敗と認識されるのは当然のことだ。それを知らないふりをしていることなどできるはずもない。
「北方貴族に収穫の改善について指導してくれと言ったら引き受けてくれるか?」
「以前にお教えしたはずですけれども……。それに、私たちよりもザクスネロ様にお願いした方が波風が立たないかと思います。」
同じ北方でもモレミア侯爵領は問題なくやっているのだから、そちらを参考にしてもらった方が良いはずだ。派閥の異なるエーギノミーアやデォフナハが出しゃばる必要はないだろう。
ハネシテゼや私たちは爵位を得るなど目立っているが、能力的なことを考えればザクスネロだって明確に劣っているわけでもない。ジョノミディスは復興や防衛のために力を割かなければならないので北方への指導などやっている暇などないだろうが、ザクスネロには特別な仕事はないだろうと思う。
「最後に、年明け早々に
「それはおめでとうございます。」
戦争がなければ、ストリニウスは昨年には結婚しているはずだった。遅れに遅れていた式典を、やっと行えるようになったようだ。国王にとっても、心配事が一つ片付いてほっとしたと言うところだろう。
話が終わると私とフィエルは退室し、他の領主たちに挨拶してまわる。父はといえば、ウォルハルトとピエナティゼの婚姻の話を本格的に進めたいと引き留められていた。
兄姉の結婚に私たちが口出しをするものでもないし、そこに同席することはない。城に来ている他の領主たちに挨拶回りでもしていればいい。
翌日は朝から学園に行って試験を受ける。試験用の部屋に入ると、ジョノミディスやザクスネロも来ていた。
「お久しゅうございます、ジョノミディス様、ザクスネロ様。」
「本当に久しぶりでございますね。ティアリッテ・シュレイ、フィエルナズサ・テュレイ。」
ジョノミディスに爵位名を付けて呼ばれると、とてもむず痒い気分だ。試験とはいえ、学院内なのだから爵位名は付けなくても良いのではと思う。
「学院内では今まで通り、ティアリッテで構いませんわ。」
「うむ。其方らにテュレイと呼ばれるのは少々気恥ずかしい。」
別に私たちは、ジョノミディスよりも貢献しているということもない。単にジョノミディスが侵攻を受けている当事者であるために、
北方貴族の収穫改善の指導役として推しておいたので、ザクスネロが功績を上げるのも時間の問題だろう。
直前にハネシテゼもやってきて試験が始まる。税務や古代語は実務でも携わっているのに分からない問題などあるはずもない。さらに歴史や法律など四年生までにやったすべてが試験に課されるが、完全に分からない問題は一つもない。
「もし、五人全員が満点だったらどうなるのでしょう? 私、実技は免除と言われていますけれど、そちらはどうなるのでしょう?」
「わたしも免除と言われています。」
聞いてみるとハネシテゼやジョノミディス、ザクスネロも実技試験はなしと言われたらしい。そうなると、差がつくところがないのではなかろうか。少なくとも私は、座学は満点の自信がある。
「満点は私も同じだ。」
「私も自信はある。これが最後だからな、気合いをいれてきた。」
「いつまでもハネシテゼ様に負けっぱなしという訳にもいかぬからな。」
「わたしは今までも満点ですから、落とすわけにいきません。」
私が言うと、皆それぞれ自信のほどを口にする。本当にこれは、どのような順位になるのだろうか。
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