中央高等学院5年生

第242話 最後の学年を目前に

 色付いた木々が寂しく散ってしまう頃、地方の貴族は王都へと集まってくる。私も例にもれず、一週間の旅路を経て王都の邸に来ていた。


 中央高等学院の新学期が始まるのはまだ数日後だが、その前に試験を受けなければならないし、爵位を持つ私は王城へ出向いて挨拶をする必要がある。


「お久しゅうございます、陛下。一件落着とまではいかぬまでも、平穏を取り戻しつつあることに安堵するとともに感謝と祈りを申し上げます。」


 跪き、挨拶の口上を述べるのは父だ。私とフィエルナズサは父の脇に控えるように跪く。昨年とは立場が変わり、文字通り、立つ位置が変わっている。求められる作法も変わっているため、全部覚え直しだ。


「お久しゅうございます、陛下。日々、寒さが増してくるなか宮中城下に於かれましては活力に満ち溢れ、益々のご繁栄をお慶び申し上げます。」


 長々と続いた父の口上とは違い、私とフィエルナズサの口上は、本当にただの時節の挨拶だけだ。それが終わると国王の挨拶があり、その後に私たちは入室を許される。




「先ほど、其方そなたは平穏と申したが、まだ先になるやも知れぬ。」


 無表情で語るが国王からは沈鬱な気配しか漂ってこない。ウンガス王国との交渉は上手くいっていないことはそれだけで分かるほどだ。


「使者は立てたのでしょうか?」

「私が行ってきた。先日、帰ってきたばかりだ。」


 そう言うのは王太子だ。その言葉に父や母も目を見張る。

 王太子は城の実務のかなりの量を担っているはずだ。その王太子が直接出向いているとは思いもしなかった。


「ウンガスはバランキル王家を認めるつもりがないと断言していた。ついでに言うなら、我々が倒した騎士や魔物に対して賠償せよとまで言ってきたくらいだ。」

莫迦ばかじゃないですか?」


 思わず口に出してしまったが、国王も王太子も私の無礼な態度を鷹揚に「全く同意見だ」と流してくれた。


「それで、どのような話になったので?」

「どうもなっておらぬ。魔物を民とぬかす者と話など通じようはずもない。」


 予想以上に酷い結果である。王太子はよく無事に帰って来れたと思う。


「では、戦争は終わらないのですね。」

「そこなのだが、事実上は停戦だ。ウンガス王国には戦力がもはや残っておらぬ。平民や魔物を送ってくることは可能かもしれぬが、それだけならそれほど多くの騎士も要らぬ。」


 実際に道中の町や、ウンガス王都を見た王太子が言うのだから間違いないのだろう。そうなると、心配なのがウンガスに住めなくなった民の流入だ。


 今年も食料は張り切って送っていたので、西方の領地にも潤沢に食料はあるはずだ。民の流入がなければ、かなり余裕があって良いはずの量が届いているはずなのだが、数千という単位で移動してくると食料が行き届かない者が出てくるだろうと思われる。


「ウンガスの民の動きはあるのでしょうか? 助けを求めてきた民を見捨てるのは忍びないことと存じます。」

「そこは其方そなたが心配することではない。王都にも予備はあるし、民を分散させれば受け入れられぬこともないだろう。」


 この時期に万単位でやってきたらどうにもならないが、それは無いと王太子は断言する。疲弊しているとはいえ、ウンガスにも食料が全く無いわけではない。冬を越す食料を確保できなかった者はバランキルへとやってくるかもしれないが、冬を越えることができる見込みが立っているのに、危険を冒して冬に来ることはない。それが王太子の考えの根拠だ。


「ティアリッテ・シュレイにフィエルナズサ・テュレイ。其方そなたらには色々苦労をかけたが、今年は学院の最終学年を堪能してくるが良い。もっとも、試験に合格したらの話だが。」

「ご心配には及びません。」


 私だって、一位の座を狙っているのだ。昨年は機会がなかったが、今年こそはハネシテゼを越えたいものだ。そのために座学も必死に頑張ってきたのだ。


 フィエルと頷き合っていると、王太子は「頼もしいことだ」と笑う。


「今年はブェレンザッハも来ている。安心して勉学に励むが良い。」

「承知いたしました。」


 ジョノミディスも学院に来れるというのは大きな安心材料の一つだ。国王は平穏はまだ先と言うが、取り戻しつつあることに頬も緩む。


 来年についての話は、これから各領主からの報告を集め、方針を固めることになるらしい。西方の正確な情報がまとまっていない現状で、私たちに言うことは何もないということだ。


「ところで、ティアリッテ・シュレイ、それにフィエルナズサ・テュレイ。少し訊きたいことがあるのだが……」


 珍しく、国王の言葉が途切れる。そんなに訊きづらいこととは、何だろうか? まさか、王族との結婚の打診だったりするのだろうか? 私はジョノミディスに求婚する予定なので、その話はやめてほしい。


「ピエナティゼ殿下との婚姻は考えていないと以前に……」


 同じようなことをフィエルも考えていたようで、断りの現状では王族との婚姻は考えていない旨を告げる。


「違う。その話ではない。むしろピエナティゼは其方そなたらの兄の方だ。そちらも未だ、決まっておらぬのだろう?」

「陛下、そのような話は聞いておりません。」


 突然の話に慌てたのは父の方だ。我が家の第三子ウォルハルトの婚姻相手は未だ決まっていないが、第三王子ピエナティゼとの話は私も今まで聞いたことがない。

 だが、平然と国王は「これからする話だ」と言う。


「二人に訊きたいのは、北方貴族のことだ。どう思っているのか、忌憚のない意見が欲しい。」

「どうと言われましても、どのような事についてでしょうか?」


 国王の立場であまりはっきり言いたくないのかもしれないが、ぼかされると何を答えて良いのか分からない。

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