第241話 平穏な日々へ

 一週間経っても死骸焼却はまるで終わりが見えなかった。一ヶ月以上かかることは最初から分かっていることだが、やってもやっても減っている気がしないのは精神的に辛い。


 途中でフィエルと合流したが、一ヶ所でやると町ごとの偏りが大きくなってしまうため、今は別行動だ。特定の小領主バェルだけを優遇しているように受け取られるわけにはいかない。そこで変な領内の派閥争いのようなものが生まれてしまっては面倒だ。


 可能ならばロイドユッテも別の町で対応してほしいのだが、さすがに一人で向かわせるのは厳しいだろう。頑張っているのは分かるのだが、小領主バェルと一対一での対話はをさせるのはまだ早い。


 毎日毎日朝から晩まで魔物を焼き続け、二週間ほどでやっと畑や塩田周辺の魔物の焼却が終わり、次の町へ向かう。その途中でフィエルの対応している町へと寄り、状況を聞いたらロイドユッテを報告という名目で領都に帰す。


 朝の時点でぐったりとしていれば、これ以上は無理だと判断するしかないだろう。一度帰って休んだ方が良い。まだ二年生で、しかも初めての遠征なのだから、二週間も頑張っていれば十分だ。



「結局、私は役立たずなのですね。」


 そう言ってロイドユッテは落ち込んでいるが、役に立っていないことはない。それに報告という役に立ってもらいたいのだ。


「領主への報告は必要です。退治のときは、何の報告も出せなかったことを叱られてしまいましたから、今回また同じことをするわけにいきません。」


 これは帰すための方便ではなく、実際に進捗が思わしくないのだから途中報告が必要なのだ。

 それに、領主に報告するという経験もした方が良いだろう。私と一緒に最後までやっていれば、報告するのは私だ。ロイドユッテも同席はするだろうが、私が一人で報告できなくては私の能力が疑われることになる。


 ロイドユッテに付けられている護衛の騎士も一緒に領都に戻ってしまうので、戦力は低下してしまうがそれは仕方がない。ロイドユッテの報告を聞いて必要だと父が判断したら、追加の騎士を出してくれるだろう。


 とにかく私は延々と魔物の死骸を焼いていくだけだ。色々と試行錯誤した結果、軽く寄せてから個別に焼くのが最も早いという結論に至り、騎士たちも百歩以上離れて火球を飛ばしまくる形になった。


 このやり方は魔力効率は悪いのだが時間効率で最速で、時間当たりで考えると集めてから焼く場合の二倍の数を処理できる。下級の騎士は最初は夜にはぐったりとしていたが、一ヶ月も続けていれば魔力も伸びてきたようで、最後まで火力が落ちずに焼却処理を進めることができるようになった。


 そのころには海岸線も北の端まで至り、重要度の低いところに残る死骸を焼きながら戻っていく。幾つもの黒煙を上げていると、南からも黒煙が近づいてきていた。


「ティア、北の方は終わったのか?」


 煙の間を縫うようにしてフィエルがやってくる。その間も引き連れている十数人の騎士たちは焼却の手を止めはしない。


「ええ、小領主バェルの言う重要なところは終わりました。残りを片付けながら南へと向かいます。ところで、騎士の数が増えているようですが?」

「ああ、先日、増援が来た。この様子だと私は南へ行った方が良さそうだな。兄上も魔物の焼却にかかりきりという訳にはいかない。」


 あまり大人数で一か所に当たるのは効率が悪い。小型の魔物ならばまとめて倒してしまえるし、大型の魔物が出てきたわけでもない。私とフィエルが同じところでやっている意味などどこにもない。広範囲に処理を進めることを考えるべきだろう。


 互いに軽く情報共有をすると、フィエルは号令を出して騎士たちと再び南へと引き返していく。煙の量を増やしながら見送ると、大きく広がった騎士たちは火球を飛ばしていく。




 いい加減にうんざりしながらも死骸の焼却を続け、ようやくすべて片付いたのは期限の二ヶ月があと三日にまで迫っていた。


 最終的にはフィエルとも再合流し、一列に南の山へと向かい、ようやくその麓まで辿り着いたのだ。最後の死骸を焼き払うと、作業に当たっていた騎士たちが全員集まってくる。


「やっと、終わりましたか。」

「ああ、やっとだ。」


 フィエルもぐったりである。体力や魔力という以前に、精神的にきつい。やってもやっても終わらないのが、こんなに苦しいとは思わなかった。リソズ川に着いた時は「あと少し」と思ったが、そこから二週間もかかっている。


 そして、それだけに終わった嬉しさも特段に大きい。騎士たちも喜色満面で両手を上げて感動の雄叫びを上げるくらいだ。


 しかし、それでも仕事の完了ではない。領主への報告が終わってそれで完了なのだ。


「領都に帰りますよ!」

「おお!」


 号令を発すると、騎士全員が拳を上げて応える。気合を入れて出発するも、領地の南東端から領都まで早くて四日かかる。途中で悪天候に見舞われれば、もちろんその限りではないのだが。


 途中で小領主バェルの邸に足止めされてしまうが、それでも五日で戻り、フィエルとともに城の父の執務室へと向かう。


「ティアリッテ・シュレイ、ならびにフィエルナズサ・テュレイ、および騎士十九名、無事に魔物の焼却を終えました。」

「うむ、ご苦労。入るが良い。」


 帰還の挨拶を述べ室内に通されると、いつものようにテーブルに着いて報告をすることになる。


「予想よりもかかったな。それで、全て終わったのか?」

「もしかしたら見落としがあるかもしれませんが、認識している範囲の死骸は焼き払ってございます。ただし、南の山を越えた大型の魔物は対処しておりません。」


 そもそも人が立ち寄らない場所のはずだから問題がないという認識だ。父も地図を指して「そこは領地外だ」と言う。


「港の修復も終わり、塩田も動き始めています。例年よりも開始時期が遅いため、塩や海産物の生産量は七分の一ほど減る見込みということです。」


 ほぼ問題なく生産できると言う小領主バェルもいたが、損害の見込みは似たり寄ったりだ。その程度ならば大きな問題にはならないという認識だ。魚や海藻は領外への流通はもとよりほとんどないし、塩は蓄えが十分に残っている。


「ならば、この件はこれで終わりだな。」


 父がそう言って安堵の息を吐くと、母が「二、三日はゆっくりなさい」と労ってくれる。だがもう収穫期は始まっているし、そうそうのんびりとしているわけにもいかない。


「収穫や魔物退治は大丈夫なのですか?」

其方そなたらが数日休むくらいは大丈夫だ。」


 つまり、それ以降はまた頑張らねばならないということだろう。ならば遠慮なく休ませてもらった方が良い。

 正直言って、今回はとても疲れた。精神的に疲れた。イグスエンでウンガスの騎士と戦っていた頃は緊張が抜けないまま過ごしていたが、それとは全く別の疲れ方だ。


 三日休んだら、魔物退治や各地の小領主バェルの収穫状況について確認や指導に向かう日々が続く。



 今年も収穫は上々だ。


 王都に送る用の野菜や芋は領都だけではなく、十以上の町でも加工することで十分な量を確保できている。

 春の海魔の影響でデォフナハの食料供出量が落ちると連絡があったが、その分をエーギノミーアで負担しても差し支えがないほどだ。


 夏を過ぎても王都からは特に連絡がなく、予定通りの数の送り出す馬車を送り出していく。


 冬から続出していた問題も落ち着いて、夏以降は平穏な日々を過ごせるようになった。その分、空いた時間は必死に座学を頑張らなければならない。学院で四年生を過ごすことはなかったが、冬には最終学年の五年生になる。新学期早々に恥をかくわけにはいかない。

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