第240話 焼却処理

 今にも雨が降り出しそうな垂れ込めた雲の下、ロイドユッテを伴って城門を出る。辺りは薄暗いが、時間としては日の出の頃のはずだ。


「雨が降りそうですね。」

「降り始める前に進めるだけ進みましょう。」


 まだ人通りの少ない町を東門へと馬の足を少しだけ早める。天気は優れないが、そんなことで出発を延期することはない。土砂降りになってしまうと焼却自体が難しくなるので作業は諦めざるをえないが、よほどの暴風雨でもなければ移動を取り止めることはない。


 街門を出てからも急ぎ気味に馬を進めていれば、昼頃には隣の町に着く。


「今日はこちらで休んだ方が良さそうですね。」


 暗く霞んだ東の空を見て、騎士が言う。確かに、向かう先はかなりの雨が降っていそうな様子だ。雲の中に雷が光るのを見て、私も進むのを諦める。


「仕方がありませんね。小領主バェルやしきへ向かいましょう。」


 そう言って馬の向きを変えると、ロイドユッテと護衛の騎士は安心したように息を吐く。私だって無茶な行進をするつもりなどない。引くべきときは引くのだから、そう不安に思わなくても良いのにと思う。


 だが、それが分からないほどに交流がなかったのだと思いだせば、溜息程度のことは受け流しておくのが良いだろうと思う。



 予定外の訪問だが小領主バェルは快く迎えてくれ、雨が過ぎるまで滞在させてもらうことになる。といっても、のんびりとお茶を飲んでいるわけでもない。このハサンムゥの町は農業生産の改善に最も早く着手しており、今年も頑張っているのだ。文官も進め方に問題がないか確認したいらしく、色々と相談を受けることになった。


 種播たねまきは順調に進み、最初に播いた畑は芽が出始めているらしい。


「本当にこれ以上魔力を撒かずともよろしいのでしょうか?」

「そうですね。この季節は魔物退治に注力するのが良いと思います。」


 農民が狩れるような小型の魔物でも、徹底的に退治していけば収穫が安定するはずだ。何より、農民は畑に注力させた方が良い。どうしても雨が降らず、畑が干からびてしまいそうな場合には農民と話をして水魔法を畑に撒くことも検討した方が良いだろうが、それ以外で貴族が過度に畑に干渉する必要はない。


「もっと魔力を撒いたらどうなるのです?」


 この場で最も知識が少ないのはロイドユッテだ。あまり知識がないことを小領主バェルに明らかにするものでもないが、まだ二年生だしこれから学ぶところだということにできなくもないだろう。


「生産過剰となってしまう危険性があります。多く実っても収穫や加工が追いつかず、せっかくの作物が畑でだめになってしまいます。その事態は避けなければならないのは理解できるでしょう?」


 一生懸命に頑張った結果が失敗であれば、誰だってやる気を失うし責任を求めて攻撃し合うことになる。良いことなど一つもないのだ。


「そういえば、雷光の魔法は下級騎士にまで広げて構わないとなったのですが、ご存知でしたか?」

「はい、先日通知をいただきました。」


 今年の予定を含め、城から文官が来て説明していったらしい。既に連絡が済んでいるならば、私が繰り返す必要もない。農作業やその後の加工や運搬まで含めて、意識の統一を図っておく。


 話についてこれないロイドユッテが退屈そうに聞いているが、結構大事なことなのだから、きちんと聞いて把握しておいてほしいと思う。



 翌日の早朝に空を見上げると、雲が残っているものの所々晴れ間に星が見えていた。分厚い雨雲は夜中のうちに通り過ぎていたようで、既に見えなくなっている。路面は濡れて泥濘ぬかるんでいるが、馬が歩けないほどではない。


 日の出の前のまだ暗いうちに起こされてロイドユッテは眠そうにしているが、日の出には小領主バェル邸を出発する。


 その後は特に悪天候に見舞われることもなく進み、小領主バェルに預けられていたラインザックの伝言を聞いて北へと向かう。


「この辺りは残っているようですね。」


 街道に魔物の死骸を見つけたので爆炎で集めて焼いてしまおうと思ったら、腐肉が飛び散ってしまい、とても臭い。鼻が曲がってしまいそうな酷い悪臭である。


「これは思った以上に大変そうですね。」

「退治から時間が経ってしまっていますからね……」


 騎士たちも口元を袖で覆い隠し顔を歪めながら言う。ロイドユッテに至っては泣きそうな表情をしているが、来てしまったものは仕方がない。頑張って焼いてもらうしかないだろう。


「まず、小領主バェルに優先順位を確認いたしましょう。ここは畑からも離れていますし、後回しで良いかもしれません。」


 道を塞ぐように転がっている死骸は処理していくが、街道から外れている死骸はとりあえず後回しだ。処理する死骸も、全員で火球を叩きつけて黒焦げにするところまでだ。灰になるまで焼いてなどいられない。


「魔物の死骸焼却はどこから進めていけば良いでしょうか?」


 小領主バェル邸に着くと、挨拶を早々に済ませて本題に入る。急ぎ処理を終わらせたいのはバェルも同じはずだ。私が質問をすると、すぐに地図を出して説明してくれる。


「ここがこの町で、こちらの村がかなり困っていると報告を受けているのと、海岸に塩田がある。まずはこの二か所が優先でございます。」


 指差しながら、私たちに当たって欲しいところを示し、町の騎士が処理を進めている地域を指す。頑張ってはいるが、死骸の数が多すぎて終わりが見えないというのが現状だ。


「では、すぐに行きましょう。」


 まだ太陽は高い。海岸はともかく村まではそう時間がかからないはずだし、すぐに出発した方が良いだろう。


「休憩はないのですか?」

「大型の魔物を退治するならば休んで万全の態勢を整えますが、今回の相手は死骸です。出てきても小型の魔物がせいぜいでしょうから、すぐに処理を開始するべきです。」


 ロイドユッテは不満そうに言うが、彼女もその護衛の騎士も魔物の死骸の数を分かっていないのだ。とにかく一匹でも多く、一時間でも早く灰にしてやるのが今回の仕事だ。


 馬を駆って行くと、くだんの村には一時間少々で着く。村の手前には全く死骸は見当たらなかったが、東へと行ってみると人の背丈の倍ほどの段差があり、その下には嫌になるほどの魔物の死骸が転がっていた。


「あれを全部焼くのですか?」


 目と口を大きく開けてロイドユッテが呟くように言う。その視線の先には、見渡す限りずっと魔物の死骸が続いている。密集度が低いとはいっても百や二百ではないことは明らかだ。こんな光景は騎士でも見たことが無いっだろう。私も見たくない。


「全部で十二万と言っているではありませんか。」


 そうはいっても、この状況は想像を絶すると言っても過言ではない。数字を聞いただけでは規模が想像できないと言っていたのは兄や父も同じだった。だが、私が言うべきことはただ一つだ。


「すぐに取り掛かりますよ。焼いていかなければ終わりません。」

「……これは終わるのですか?」

「二ヶ月毎日焼き続けていれば終わります。」


 終わりなど全く見えないが、始めなければ終わるはずもない。回り込んで段差を下りると、片っ端から死骸に火球を投げつけ、ある程度焼き固めてから爆炎で一か所に集める。近くには魔物の気配もないので、騎士たちも分散して処理に当たり始めた。

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