第239話 課題達成に向けて

 それほど多くない私からの報告が終わると、領都の状況と兄たちからの報告についての話を聞くことになる。


「まず、ティアリッテとフィエルナズサには、大至急、魔物焼却を進めてほしいということだ。」


 十万を超える魔物の死骸を放置したままなのはやはり大問題であるということで、可能な限り早く処分をしたいらしい。


「行くのは構いませんけれど、あの数です。以前にも申しました通り、どんなに急いでも一ヶ月は掛かる見込みです。予定としては、それで大丈夫なのですか?」

「一応、予定としては二ヶ月を見込んでいる。それより先は、死骸も腐り落ち切ってしまうだろう。」


 もう六月になるし、二ヶ月後の八月はもう夏が始まるころだ。死骸の腐敗も進行しやすくなる季節だ。その前にできるだけ片付けてしまいた。


「順序としては街道や町に近いところからですよね?」

「いや、小領主バェルと相談しながら進めてくれ。畑や塩田、港などのどれを優先したいかは小領主バェルによっても異なるだろう。」


 つまりこの仕事は、小領主バェルと話をする練習も含まれているのだろう。魔物の死骸の焼却は彼らにとって切実な問題だ。こちらに一々反発する理由などないのだから、私にとっては話がしやすいはずだ。そこできちんと話を纏めて事の対処に当たるのが求められているということだ。


「連れていく騎士はこれまでの六人でよろしいでしょうか?」

「いや、変更してもらう。焼却の対応に強力な戦力は不要だろう。」


 雷光の使い手は魔物退治のために使いたいというのは、考えずとも分かることだった。魔物の焼却ならば、炎の魔法が使えさえすれば良い。私も拒む理由などないし、すぐに承諾する。


「そして済まぬが、もう一つある。」


 父が目を伏せ私も身構える。どんなことなのだろうと言葉を待っていると、「ロイドユッテのことだ」と渋い表情で言う。


「従妹のロイドユッテのことでしょうか? 彼女がどうかしたのですか?」

「同行させてやって欲しい。領主一族の中で、ロイドユッテ一人が除け者にされていると主張しておるのだ。」


 同行をと言っても、彼女は私より二歳年下、現在は二年生のはずだ。一ヶ月以上に及ぶ長期の遠征は私もその年齢では経験していない。少し、どころかかなり不安がある。断ろうかとも思ったが、いくら遠いといっても領地内のことだし、途中経過の報告で帰すこともできる。


「分かりました。明日はお休みをいただいて、出発は明後日でよろしいでしょうか。」

「うむ。其方そなたこそ、休みが一日だけで大丈夫なのか?」

「イグスエンへの遠征と比べれば、大したことはございません。」


 十日間の遠征といっても、別に連日野営をしているわけでもないし、雪の中を動き回っているわけでもない。夜は小領主バェルの邸で寝泊りしているし、食事だって出てきている。イグスエンで毎日のように野営を繰り返していたころはつらかったが、それを思えば十分にゆっくり休めている。兄が至急と言っているのに、二日も三日も城でのんびりしているわけにはいかないだろう。


 父との話を終えると騎士へ話を通し、同行する者たちに準備をしておくように伝えておく。それとともにロイドユッテにも出発が明後日の朝であることを言っておかなければならない。遠征に行く気があるならば、一日あれば準備はできるだろう。


 用事を済ませて私室に戻り湯浴みをしていると、道具がいくつか新しくなっているのに気付いた。今度の遠征から帰ってきたら、テーブルや椅子も一新されているかもしれない。



 翌日は文官たちと畑仕事の進捗について報告を受け、さらにいくつかの相談事に対応して終わった。種播たねまきは順調に終わりはしたが、今後の進め方に不安があるらしい。


「指示通りに動かないことはないのですが、動きがとても遅いのです。昨年は苦労したので改善しようというのに聞かないのです。」

「その前に農民の話を聞いてください。作物を相手にする作業は前倒しができないこともございます。貴族の都合だけを押し付けても、不満が溜まるだけです。」


 馬車や荷車を早めに整備して使えるようにしておくということで、農民が反発することもないだろう。作業が溢れかえって一番大変な思いをしているのは彼らのはずだ。


 種播きに適切な時期があるように、他の農作業にも相応しい時季というものがある。その予定を変えろと言うのならば相応の説明も必要だろう。貴族側の都合だけで作業を前倒しにできるとは限らない。最悪の場合、作物が台無しになってしまう可能性がある。


「私たち貴族は、作物をどう育てるのが最も良いのかは知りません。農民の知っているやり方を変えさせるならば、どの範囲までなら可能なのかを聞くべきです。できないことをやらせても失敗するしかないのですから。」


 誰だって目に見えている失敗を避けたいと思うのは当然だろう。それでも命令であれば渋々従うだろうが、本意ではないことは変えようがない。


「私たちはできないことをやれと言っているつもりはないのですが……」

「もしかしたら農民にはそう聞こえているのかもしれません。まず達成すべき目標とその理由を説明し、彼らが嫌がる理由も聞いてください。」


 エーギノミーアでは、もともと農業に貴族が直接的に関わることはなかった。三年前に私とフィエルが畑に出たのが最初だ。その後、文官が畑に出るようになって今年で三年目だ。そんな程度で十分に知識があるはずもない。農民からみたら、不適切な指示をされているようにしか思えないのだろう。


 そう言っても文官たちの顔から不満の色は消えない。ならば、彼らだって農民がどう感じているのか分かるのではないのだろうか。


「私には、今のあなたたちは、その農民と同じ表情をしているとしか思えません。何故、承知しましたと言ってすぐに動けないのですか?」


 文官たちは目を丸くするが、何故そんなことを言われなければならないのか、そう思っているのろう。だが、それは農民だって同じだ。みんな一生懸命に頑張っているのだ。それを否定するようなことを言われたと感じたら、誰だって悔しいに決まっている。


「私たちは農民たちの上手い使い方も学んでいかなければならないのです。不足しているものは不足していると認めなければ、先に進めません。」


 達成したい目標に対して、取るべき手段が間違っている可能性もある。農業については農民の方が詳しいのだから、聞くしかないのだ。不本意などと言っていて、必要な生産量を確保できなければ、エーギノミーアは対外的に恥をかくことになる。


「考えが至っておりませんでした。申し訳ございません。」


 文官は頭を下げて謝罪するが、私だって完璧にできるわけではない。私の行動の結果、貴族の間で発生する軋轢は父や兄に対処を任せてしまっているのは自覚している。もっと広い視野を持って、周囲への影響を考えて取り組むことが私の課題だ。


 差し当たっては、ロイドユッテを連れての魔物の死骸焼却処理だ。どのように進めていけば良いか考えると頭が痛い。文官との話し合いを終えると、私室に戻って側仕えたちにロイドユッテについての話を聞く。


 二歳年下の従妹とは、ほとんど交流がない。学院入学前は仕方が無いにしても、本来ならば去年は交流が全くないなんてことにはならないはずだった。遠征から帰ってきたら既に夏になっていたし、その後は山積みの仕事を片付けるのに必死だった。


 私にも言い分はあるが、すっかり忘れてしまうくらいに仕事を優先してしまったのは事実だ。彼女が疎外されているというのはあながち間違っていないのかもしれない。それだけに対応には気を付けた方が良いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る