第7話 魔物退治

「それでは、出発します」


 ミャオジーク先生はさらっと出発を宣言した。


 入学から一週間が経ち、実技演習は王都の外に出て実際に魔物を狩ることになったのだ。

 事前の通知なく突如言われてどよめきが広がる。そういうことは事前に言っておいてほしい。知っていればもっと用意することもあったはずだ。


 そんなことはおかまいなしに、ミャオジーク先生は門に向かって足を進めていく。仕方なしに、生徒たちは成績順に並んでついていく。

 が、ハネシテゼが先頭から外れて、最後尾へと回っていった。本当に思いがけない動きをするハネシテゼには、ハラハラしてしょうがない。


 一向は、街の外門を出て、東に向かって進んでいく。

 雪がちらついているが、悪天候というほどでもなく、馬たちは白い息を吐きながらも軽快に足を進めていく。


 畑を通り過ぎ、丘を越えて進んでいくと、ほどなくして川へと行き当たる。川幅は二十メートルほど。夏場ならば泳いで渡ることもあるだろうが、雪の降る中でこの川に入るのは自殺行為だろう。上流となる南東方向へと折れてさらに進み、森の手前の開けている場所で止まった。


「102人、全員揃っています」


 いつの間に先頭まで来たのか、ハネシテゼがミャオジーク先生に報告する。


「あ、ああ、ありがとう」


 あまりの手際の良さに先生も驚きを隠せないようだ。


「この辺りでは、冬の魔獣の出没が確認されている。まだ数は少ないし、強さも大したことがないので、君たちの狩の練習として丁度良いだろう」

「ま、待ってください、ミャオジーク先生。今日はみんな、弓矢も持ってきていません。狩をするのは難しいのではありませんか?」

「弓は無くても魔法は使えるだろう?」


 ジョノミディスの抗議に、先生は笑って答える。


「火球以外の魔法を使える者も何人かいたはずだ。見本を見せてやると良い、ハネシテゼ」


 言われてハネシテゼは懐から杖を取り出すと、天高く掲げる。

 その杖から炎のような真っ赤な光が立ち上り、杖が振り下ろされると同時に、森へと向かって飛び散っていった。


「今のは……?」


 ジョノミディスは怪訝な顔をする。彼は気づいているだろう。今のは魔法ではなく魔術だ。先生も何と言っていいのか分からない様子で、困った顔をしている。


「来ました。ネズミが何匹か、正面方向です」


 ハネシテゼは杖で指しながら言う。

 その方向をよくみると、灰色の何かが動き回っているのが見えた。


 ハネシテゼは『何匹か』と言ったが、近づいてきたのは十数匹はいるネズミの群れだった。


「おや、近くに巣でもあったのでしょうかね。いっぱい出てくるみたいです。


 ハネシテゼとぼけたように言うが、ネズミの数はどんどん増えている。

 ネズミの大きさは色々だが、種類はおなじ。

 丸っこい胴体は硬いウロコで覆われ、頭から背中にかけて角がたてがみのように生えている。短い脚には鋭い爪が鈍く光を反射している。


「どうしたのです? みなさん。どう見ても魔獣ですし、さっさと駆除してしまって良いと思いますよ」


 驚きどよめいている私たちにハネシテゼは首を傾げる。


「で、でも……」


 少なくとも私は魔獣退治などしたことがない。弟のフィエルも魔獣退治の経験は無いはずだし、それは他の子も同様のようだ。

 だが。


「いくぞ!」


 ジョノミディスが叫び、両腕を天に翳す。

 そして、裂帛の気合いと共に振り下ろすと、両腕に装着した腕輪から火球を生み出しネズミの群れに向かって飛んで行く。


 ジョノミディスの魔法の直撃を受けてギャーギャーと叫ぶネズミに、フィエルがさらに火球を投げ込む。

 だが、ネズミたちは奇声を上げながらこちらに向かって突進してくる。


 私も他の子も火球をネズミに向かって投げつけるが、ネズミの勢いは衰えることはなく、むしろ怒りに燃えた目を向けてきているようにも見える。


「なんで……」

「ぜんぜん効いていないぞ!」


 慌てた声があちこちから上がるなか、ハネシテゼがネズミの前に進み出て行く。


「あぶない!」

「おだまりなさい。効かないと分かっている攻撃を何故繰り返すのですか!」


 ハネシテゼが叫び、杖を振ると、放たれた赤い光がネズミの群れを覆い尽くす。

 ネズミたちは驚いたのか足を止めて鳴き騒いでいたが、その中の一匹が一際大きな鳴き声を上げたかと思ったら、地面に倒れ伏した。


 ハネシテゼが回れ右をしてこちらに戻ってくるなか、どうなっているのかと見守っていたら、ネズミたちは次々に断末魔の叫びをあげて転がっていく。


「あの程度なら、これで終わりです」


 ため息を漏らしながらハネシテゼが続ける。


「魔獣には魔法があまり効きません。闇雲に魔法を放てば良いというものではありません」


 そんなことも知らないのか、とでも言いたげな表情で言う。私は以前に食事の話題でハネシテゼから聞いたが、他の子は聞いたことがないのではないだろうか。


「魔法が、効きづらい?」

「あのネズミは、特に炎の魔法に対して強いようですし、ジョノミディスの炎が通じなかった時点で別の魔法を試すくらいしても良いのではないでしょうか」


 実はハネシテゼはかなり怒っているのではないだろうか。私たちを見回しながら声を張り上げる。


「知らなかったのは仕方がありませんが、効かないのを見ても同じ攻撃を繰り返すのは愚かとしか言いようがありません」


 返す言葉も無い。必死に反論を考えてみるが、ダメだ。みっともない言い訳しか思いつかない。


「ハネシテゼの言い方は少々厳しいですが、言っていることは間違っていません」


 ミャオジーク先生が、説明を始める。


「一つの魔法が効かなくても、別の魔法と組み合わせることで効果が出ることもあります。重要なのは、相手をよく見て最適な方法を選択していくことです」


 先生としては、ハネシテゼが一撃で魔獣の群れを全滅させたのは予想外だったそうだ。見本を見せるのも大切だが、自分たちで試行錯誤することができなければ先が無いのだと諭す。


「丁度いいところに、また何匹か来たようです」


 先生の話が終わるのを待たずにハネシテゼが発言する。杖で示す方角を見ると、先ほどよりは少ない灰色の獣の姿が確認できた。

 目を凝らしてよく見ないと分からないのに、何故彼女には魔獣の接近がわかるのだろう?


 ネズミと思しき獣の群れを睨んでいると、ギーギーと鳴き喚きながらこちらへと近づいてくる。


「火が効かないなら……」


 ジョノミディスが腕を天に向けて伸ばす。


「待ってください、ジョノミディス様。バラバラに撃つよりみんなで一斉に撃った方が良いのではないでしょうか」

「次は水を撃つ。君たちはできるかい?」

「はい!」


 私にフィエル、そしてザクスネロが返事をしてジョノミディスに馬を並べる。


「もうちょっと引きつけて、できる者は全員、上から水を叩き落とすように撃ってください」


 ハネシテゼの言葉に他の者たちも魔法の準備に入る。

 耳障りな魔獣の喚き声が近づいてくると同時に、そこかしこで魔力の集中が感じられる。


「撃て!」


 ハネシテゼの合図で数十人が一斉に水の玉を放つ。

 ネズミの群はまるで滝のように降り注ぐ大量の水に潰され、押し流されていく。


 見た感じではかなりの痛手を与えられたのではないかと思う。

 まだ立っているネズミもいるが、大半は地面に力なく横たわっている。


「よし、もう一度いくぞ!」


 ゆっくりと呼吸を整え、フィエルが叫び再び構えると、他の者たちもそれに倣う。

 そして大きく息を吸い、一斉攻撃の合図を出そうとしたその時に、倒れていたネズミたちが突如起き上がり、突進してきた。


「う、撃て!」


 慌てて叫び、水の玉を打ち出すが、バラバラに走ってくるネズミたちにはあまり効果を与えられているようには見えない。


「ティアリッテ!」


 ハネシテゼが叫び、一人、待機していた私は爆炎魔法を放つ。狙いは先頭を走るネズミ。

 着弾し、爆風と炎を撒き散らし、何匹かのネズミが吹っ飛ぶ。


 火球は通じなかったが、より攻撃力の高いこの魔法ならば、どうだろうか。

 だが、単発では群全体を仕留めることなどできない。魔法の範囲から外れていたネズミはお構いましにこちらに向かってくる。


 その目が私に向いているような気がして、背中に寒気が走る。


 そのネズミの足を止められる者はいない。

 魔法は、そう簡単に連続して撃てるものではない。水の玉を撃った子たちも、まだ次の魔法を放つことはできないようで慌てている。


 動揺が走る中、轟音とともに眩い光がネズミたちを襲う。

 ハネシテゼが放った爆炎魔法だ。


 そう、今のは魔法だ。

 魔法が効きづらいと言ったハネシテゼが、魔獣に向けて魔法を使ったのだ。私とは威力が違うとはいえ、あれは効くのだろうか。


 見回し確認すると、その魔法を受けたネズミは、一匹残らず地面に転がってピクリとも動かない。


「安心するのはまだ早いです。死んだふりをしているかもしれません。十分に距離をとって確実にとどめを刺してください」

「もう死んでるんじゃ……」


 ハネシテゼが警告しているにもかかわらず、言うことを聞こうとしない者たちはいる。

 明らかに緊張感なく笑い、不用意に魔獣に近づく者すらいるのだ。


「君たち、下がりたまえ!」

「近づきすぎだ! 戻りなさい!」


 ジョノミディスとミャオジーク先生が叫ぶ。それとほぼ同時に数匹のネズミが飛び起きて、近づいていた数名に向かって襲いかかった。

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