第6話 採点基準
名前を呼ばれ、ゼクシャ・ノイネントが前に進み出る。
「公爵サマも侯爵サマも、火球の魔法もロクに使えないのかよ。火球ってのはこうやって使うんだよ!」
彼の放った火球は、奥の的に向かって真っ直ぐ飛んでいき、その根本に着弾、紅蓮の炎を巻き上げた。
「零点」
ポツリと言うハネシテゼの冷静な評価に、私は思わず吹き出してしまった。
しまった、そう思った時には既に時遅し。前列の者たちが驚いた顔で振り返っている。
ちらりと横目でジョノミディスの顔を覗き見ると眉間を左手で押さえ、固く目を閉じている。
これは……、呆れているのではない! 必死に笑いをこらえているのだ。右手がぷるぷる震えているのがその証拠である。
逆隣のフィエルはと言えば、こちらはハネシテゼの声が聞こえていなかったのか、冷たい目でこちらを睨んでいる。突き刺さる視線が痛い……
「最後列、何かありましたか?」
これだけ注目を集めてしまったら、ミャオジーク先生も、当然、声をかけてくる。
「学ぶべきところが何も無い魔法だった、ということで零点と申したところ、驚きのあまりティアリッテが咽せてしまったようです」
これはフォローなのだろうか、取り敢えず私も急ぎ、頭を下げて騒がせてしまったことを謝罪する。
だが、ゼクシャはそのあたりも含めて気に入らなかったようだ。
「何が零点だ! オマエらのショボい火球こそ学ぶところが一つも無いだろう。ヘナチョコな魔法しか撃てないやつが偉そうに言ってるんじゃねえよ!」
「全力で火球を撃ちだすなんて、ここにいる誰でもできるのです。見本どおり制御する方がよほど難しいのですよ。的に当たってもいないのだから零点に決まっています」
ゼクシャは顔を真っ赤にして鼻息荒くがなり立てるが、ハネシテゼは無表情のまま言い返す。
「ハネシテゼ、ティアリッテ、それにジョノミディス。前に出てきてもう一度見せなさい」
私とハネシテゼだけでなく、ジョノミディスも一緒に指名された。必死に笑いをこらえていたのは、ミャオジーク先生には見抜かれていたようだ。
「順番に? それとも一緒にやった方がよろしいでしょうか?」
三人で前に出て横一列に並びながら、ハネシテゼが確認すると「一緒にやりなさい」と指示が出された。
一緒にやるのは難易度が高い分だけ、上手くできれば実力を見せつけることにもなる。
「では、いきますよ」
ハネシテゼの合図に合わせて三人揃って右手を上へと伸ばす。伸ばした手にハネシテゼだけは杖を持っているが、その差だけはどうすることもできない。
魔力を集中し、腕を振り下ろし、火球を放つ。
私と同時に左右からも火球が放たれ、三つの火球は綺麗に並んだまま弧を描いて飛んでいき、最後には重なるようにして的の中心に当たる。
「素晴らしい」
先生のほめ言葉と同時に、背後の生徒たちからも驚きの声が上がる。
どうやら先刻よりも上手くできたようだ。ほっとしたのも束の間、ゼクシャが睨み寄ってきた。背の高いジョノミディスを避けて、私やハネシテゼに向かってくるのが何とも情けない。
「そんな魔法じゃ魔獣は狩れねえって言ってるんだよ!」
肩につく程度で切りそろえた茶色の髪をぶんぶんと振り回しながら、ゼクシャは私とハネシテゼを交互に睨む。
横でジョノミディスが呆れかえっているが、こんな訳の分からない言いがかりに付き合わされる身にもなってほしい。
一方、ハネシテゼは首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「そもそも火球の魔法では魔獣を倒すことなどできないですよ」
この言葉には私も驚いてしまった。
いや、向こうでジョノミディスもミャオジーク先生も目を丸くしている。
「いえ、厳密には火球で倒せる魔獣も存在しますけどね。そんな弱い魔獣はそこらの平民でも問題なく駆除できますから、私たちが退治に出向くことはないのです」
ハネシテゼが言うには、騎士に駆除の依頼が来るような魔物には、火球のような初級魔法など全く効きもしないのだそうだ。平民ではどうすることもできないから騎士が退治に出るのに、そんな簡単に倒せるわけがない、と。
確かに、言われてみると、それは理屈として間違っていない。
「火球の制御訓練にはいくつかの意味があります。まず、魔法の基礎、魔力の制御やタイミングの計り方などをしっかり身につけること。いつ、どこに魔法が飛んでいくかもわからない人と一緒に魔獣退治などできません」
なるほど。そりゃあそうだろう。間違って私に向けて撃たれたりしたら、たまったものではない、なんてレベルじゃない。
そして、初級魔法そのもので痛手を与えることはできなくても、目くらましや誘きだしには使えるのだという。
狙いやすいところまで魔獣を誘きだし、一斉攻撃を加えるというのは騎士団の常套作戦らしい。
「魔獣の狩りかたまでよくご存知ですね」
ミャオジーク先生も感心したように言う。だが、ゼクシャは納得がいかないようで喚き散らす。
「魔獣くらい一人で狩れないのかよ。まともな騎士も抱えられないような男爵と一緒にするな」
さらに、おとぎ話の英雄の話を持ち出して、ゼクシャは如何にハネシテゼの騎士が弱いかを力説する。
「ノイネントの土地には強い魔獣がいないのでしょうか……?」
「いや、そんなはずはない」
不思議そうに首を傾げるハネシテゼに、横からそう言って出てきたのはザクスネロだ。
「うちのモレミア領では毎年一、二回は騎士団総出で魔獣駆除に出ているし、隣のノイネント領も似たようなものだと聞いている。領の境界付近に出た魔獣は共同で退治するものだし、ノイネント側からも何十人も参加している。私だってそれくらいの話は聞いている。ゼクシャは何も聞いていないのか?」
ザクスネロの言葉に、ハネシテゼは「そうですよね」と頷くが、ゼクシャは顔を真っ赤にして二人を睨んでいる。
「ゼクシャ、もう一度やってみなさい」
静かに、だが強い口調でミャオジーク先生が言う。ゼクシャは、渋々といった様子で従い、私たち三人は列に戻る。
「どうぞ」
不満げな表情で位置につきながら、魔法を使おうとしないゼクシャに先生が促す。
「やれば良いんだろ」
言ってゼクシャは右手を上に伸ばし、振り下ろす。
放たれた火球は一直線に飛び、的をかすめて遥か向こうに飛んでいった。
「一点」
今回はハネシテゼの声に呆れの色が混じっている。止まっている的に当てられないようでは話にならない、そのコメントに私もジョノミディスも頷く。
「きちんと魔力をコントロールできるよう、あちらで練習してください」
広い訓練場には、いくつもの的が並んでいる。そのうちの一つを指しながら先生が言う。
「先生、私も練習していて良いでしょうか」
そう申し出たのは最前列の男の子だ。最前列ということは、成績は最下位のグループなわけで、魔法にも自信が無いのだろう。
「他の人の魔法をよく見るのも勉強です。何が良くて、何が悪いのか。自分がやる時にはどういうところに注意しなければならないのか。よく見て、しっかりと頭の中でイメージを作り上げるのです」
先生はそう言って、押しとどめる。
だが、試技のレベルはどんどんと落ちている。
的に命中させられないようなのはゼクシャ一人だけだが、威力も軌道もバラバラだ。
それでも伯爵家はまだマシだったようで、子爵家になるともう、火球を放つのが精一杯、といった様子の子もいる。
男爵になると、的に当たる方が珍しいくらいだ。魔力が足りていない、というより、ほとんどコントロールできていない。手に集中するだけでも苦労しているようだ。
それと比較すると、ハネシテゼの異常さがよく分かる。
一度見ただけで完璧と言えるレベルで魔力を制御してみせたハネシテゼは、今まで一体どんな訓練をしてきたのだろう。
ハネシテゼは、彼らの試技を見るのはもうやめて、自分の手を見ながら、握ったり開いたりを繰り返している。
手の動きに合わせて魔力が動いているのを感じるということは、魔力のコントロールの訓練なのだろうか、あとで聞いてみよう。
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