第5話 魔法の実技
みんなで馬に乗って降りてを繰り返して、初日の体術実技演習は終了した。
一人で馬に乗れるのはハネシテゼとジョノミディスの二人だけだったのが、終わり頃には半数以上が一人でスムーズに乗り降りできるようになっていた。
残りも、誰かがサポートに付けば問題なく乗れるようなので、次からは馬で出かけていくことになるだろう。
今日の最初のように、馬に乗るだけで何分も掛かっていては、どこにも行けはしないだろう。
最後の時間は魔道実技だ。一時間ある休憩時間は着替えだけで終わってしまい、急いで魔道訓練場へと向かう。
こんなに服が汚れてしまう予定ではなかったのだ。馬に乗って降りるだけならば、着替える必要があるはずはない。だが、落ちたり転んだり、挙句の果てには馬に蹴られそうになったりと、服が泥まみれになってしまったのだ。
最後まで綺麗なままだったのはジョノミディスだけだった。ハネシテゼは本来は汚れはしないはずだったのだが、他の泥まみれ子のサポートをしたり、手伝っている最中に、横から落ちてきた泥まみれの子の下敷きになったりと大変だったのだ。
私には彼女の考えていることがよく分からない。
黙って何もしないでいれば一番のままでいられるのに、わざわざ、できない子のところに行って、一生懸命にアドバイスをし、できるよう手を出すのだ。
ハネシテゼ自身は何の問題も無く馬への乗り降りができるのだから、泥まみれになどなる必要など全くないのだ。なのに、泥まみれになりながら怒りもせず、他人の心配をしているのだ。
いろいろと話したいことはあるのだが、もう少し親しくならねば深い話はできない。私の方が順位が上ならば、これほど気を遣う必要は無いのだが、彼女の方が上である以上、そういう訳にはいかない。
「ふう、どうやら間に合ったようですね」
開始の鐘がなる前に魔道訓練場に到着し、安堵の声を漏らす。ぐるりと見回すと、既に来ている者は半数ほど、みんな体術実技での汚れが少なかった者たちばかりである。
そして、なぜか当たり前のような顔をしてハネシテゼがいる。彼女は私以上に泥まみれになっていたはずなのに、どうしてそんなに早く身を清めて、着替えまで済ませられるのだろうか。
ハネシテゼに関しては不思議なことばかりだ。
というか、ハネシテゼは訓練場の隅で、お茶を飲んでいる。魔道訓練場までワゴンに茶器を用意してきているのだ。
本当に一体何を考えているのか全く分からない。
声をかけようか、と迷っていると開始の鐘が鳴り始めた。
と、同時にバタバタと遅れていた者たちが駆け込んでくる。まったく、品位も優雅さも感じられない困った者たちだ。
小貴族にそこまで求めるものでもないのかもしれないのだが、伯爵家の子も混じっているのだから呆れてしまう。
いくら予想外に汚れてしまったとは言え、そんなことは私やハネシテゼだって同じなのだ。他にも、汚れがひどくても間に合っている子だっている。
「こちらに集合してください」
ミャオジーク先生が鈴を鳴らして皆を呼び集める。
集合したら速やかに整列するのだが、どうにも動きが悪い。もたもたとする子たちに苛々する。
「あなたたちは前列でしょう。おしゃべりしていないで、早く並びなさい」
私の横でウロウロする小貴族の子らに、ついキツイ言い方になってしまう。
そんな中、ハネシテゼは一人優雅にティーカップを口に運んでいる。明日からは私も用意しようかしら。
「できる人も多いかと思いますが、魔道実技では、基礎の魔法から始めていきます。魔道に限らず、基礎はとても重要です。できるから、と慢心せずに集中しておこなってください」
先生が軽く説明すると「では、見本です」と、取り出した杖を高く掲げる。
「息を吐きながら、魔力を集中し、放つ」
言いながら杖を振り下ろすと、生み出された火球が杖の先から綺麗な弧を描いて的に向かって飛んで行った。
火球が的に命中すると、ドンという衝撃とともに炎が撒き散らされる。
どう見ても、普通の火球の魔法だ。
「では、やってみてください。ハネシテゼ」
指名され、ティーカップを置いてハネシテゼが前に出て行く。
そして、先生と同じように右手に持った杖を天から的へと向けて振り下ろす。
飛び出していった火球は、先生と同じような弧を描いて的に命中して炎を撒き散らす。
「素晴らしい。完璧な魔法です」
「ちゃんとできて良かったです」
先生が褒めると、ハネシテゼは微笑みながら答える。あれくらいなら、誰でもできると思うのだが、べた褒めするほどのことなのだろうか。
「あれはすごいな。負けないようにしないと……」
ジョノミディスがぽつりとつぶやいた感想は、私とは全く違うものだった。あれのどこに凄いところがあるのだろう。私は何かを見落としているのだろうか。
「次はジョノミディス。上位から順番にやっていってください」
先生に言われ、ジョノミディスは前に出て行く。彼は杖は持っていないようだ。というか、持っているハネシテゼがおかしいのだ。
魔法用の杖は、とても高価なもので、通常は子どもに与えられるものではないはずだ。私はもちろん、兄姉たちだって自分用の杖は持っていないのだから。
普通は腕輪を使って魔法を発動させる。ジョノミディスも、高く掲げた右手に腕輪が装着されている。
一呼吸おいて振り下ろした腕輪から火球が飛び出し、的へと飛んでいく。
「減点、一」
ポツリと呟いたハネシテゼに、ぎょっとして振り向いた。
ティーカップを手に、真剣な眼差しを向けている彼女がふざけているようには見えない。
減点?
悪かったところなんて全く思い当たらないが、一体何がダメなのだろうか?
私は必死に考えながら、前へと出て行く。
ハネシテゼとジョノミディスで何がちがったのか。
杖と腕輪の差ではない。そんなことを言われたって、がんばって努力してどうにかなることではないのだから。
二人とも、普通に火球の魔法を使ったくらいだ。威力はジョノミディス様の方が上のようだったが。
なるほど。そうか、威力がちがうのか。
二人のちがいは分かったが、もう時間が無い。とにかく、ハネシテゼとミャオジーク先生にできるだけ近づけるしかない。
私は上げた腕を振り下ろす。
飛んで行った火球は、ミャオジーク先生が放ったものとそう変わらない軌跡、威力で的に命中した。
少なくとも私はそう思った。
「なかなか良く使えています。さすがに公爵家は鍛えてきていますね」
どうやら高評価をもらえたようだ。ほっと一息つきながら列に戻る。
「フィエル、
「分かっている。心配するな」
すれ違いざまにフィエルと言葉を交わす。
返事からすると、大丈夫なようだ。彼もちゃんと分かったようだ。
考えてみれば簡単なことだ。
この学校に入学している時点で、みんな魔法を使うこと自体はできるのだ。そして、ミャオジーク先生は基礎だと言っていた。
つまりこれは、魔法をきちんと制御する練習。見本の通りのタイミングや威力で魔法を使うのだ。
フィエルも同じような威力の火球を同じように弧を描いで飛ばして的に命中させる。
「丁寧な魔法ですね。これを忘れないように」
先生の評価も悪くない。ハネシテゼの評価もジョノミディスと同じ十三点だ。フィエルは満足そうに戻ってくる。
「意外と緊張するな。ティアまで誰もこれといった失敗していないと、無様なことをするわけにいかないだろう」
「前の人がどうあれ、無様なことをするものではありません」
「そう言うティアだって馬から落ちて泣きそうになっていたじゃないか」
痛いところを突いてくる。
が、この場で言い合いをするわけにもいかない。
「そんなことよりも、他の人の魔法をよく見ておきなさい。街の外に出て魔獣を実際に狩ったりもするといいます。誰がどの程度使えるのかは把握しておかねばなりません」
ザクスネロが火球を放つのを見ながら言う。彼の火球は軌道が直線的すぎるし狙いが甘い。的を外しこそしないが下側ギリギリだ。ハネシテゼ評価は減点二。
「そういえば、ハネシテゼ様。私は何点だったのでしょうか?」
「減点一、らしいよ」
隣のジョノミディスが代わりに答えてくれた。
どこが悪かったのか聞きたいが、今はおしゃべりをする時間でもない。他の子の魔法を見ながら、自分なりに採点してみる。
「減点、二。時間を掛けすぎ、軌道が良くない」
「威力もちょっと強めではないか?」
「私は許容範囲と思いましたけど……」
最後列でポソポソと言いながら、他人の魔法を見学する。
試技の順番も侯爵が過ぎて伯爵になってくると、魔法の精度も落ちていくようだ。はっきりと分かるほど荒さの目立つものもいる。
「次、ゼクシャ・ノイネント」
なんか、違和感のある名前が呼ばれ、見覚えのある後ろ姿の男が進み出た。
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