第3話 競い合う仲間

 学院内の案内を終え、午後からは今日のメインである入学式だ。


 生徒一人ひとりが学長より仮爵を預かり、国王陛下よりお言葉を頂く大切な式典だ。

 ゼクシャ・ノイネントは反省室に連れていかれたきり戻ってこない。この入学式に欠席して大丈夫なものなのかと思うが、私が心配をすることでもない。


 ノイネント家はエーギノミーアの属するターナー派ではないし、彼と親交があったわけでもない。

 粗暴な者が初日に退学になれば驚きはするが、それだけだ。


 式典の締めは入学生代表の挨拶だ。

 今年の代表は、ハネシテゼ・デォフナハ。男爵家にして首席を勝ち取った最年少の生徒である。


 はっきり言って、悔しい。悔しくて悔しくて仕方がない。

 すぐ隣のジョノミディス・ブェレンザッハ様も眉根に皺を寄せて、苦渋の色を露わにしている。壇の横手にいるブェレンザッハ公爵様は無表情でこちらを見つめている。


 例年では、家の格式が最も高いものが首席を取るのが常だ。第一公爵家のブェレンザッハが一番でなんの不思議もない。

 公爵家としては下位のエーギノミーア家の私や弟が抜いただけでも番狂わせと言われるだろう。


 だが、今、壇上で口上を述べているのは公爵家の出のものではない。


 父や母の姿が私の位置からは見えないのは幸いと言っても良いのだろうか。両親の前でどんな顔をしていれば良いのか分からない。



「私どもの父祖が守りし土地を愛し、バランキル王国の更なる発展を担っていけるよう、邁進していくことを誓います」


 ハネシテゼは口上を締めくくると、深々と頭を下げてから壇を降りる。

 背丈こそ六歳児そのものだが、その堂々と落ち着いた姿は男爵家の子どもとは思えないほど立派に見える。


 彼女は一体、どんな教育を受けてきたと言うのだろう。

 二歳年上であるフィエルや私はあのように振る舞うことができるのだろうか。


「すごいな、ハネシテゼは」


 ジョノミディス様がポツリと呟く。


「全くです。あれで二歳年下とは、もう、何と言って良いのやら……」


 私が呟き返し、二人揃って大きなため息を吐く。


「鬱陶しいな。ため息はやめろといつもうるさいのはティアじゃないか」


 横からフィエルが口を挟んでくる。

 いつも言われているからと、勝ち誇ったように言ってくるその図太さが少し羨ましい。


「そうですね。ちょうどいい目標ができたのだともう少し前向きに考えないと……」

「年下が目標というのは少し情けなく感じもするが……」

「入学成績で負けてしまったものは仕方がないだろう? 次に勝てば良いのだ」


 ジョノミディスが落ち込んでいるのに対し、フィエルはやたらと前向きだ。



 閉会の鐘が鳴り、講堂を出ると、新入生はぞろぞろと寮へと帰っていく。

 お腹もすいたし、今日は少し疲れた。早く夕食を済ませて休みたい。午後からはずっと入学式で、休憩時間もお茶の時間もなかったのだ。


 食堂に入ると、最も奥のテーブルに向かう。食堂に限らないが、席順は成績順ということになった。これは昼食時に一年生全員で意見を合わせたことだ。


 テーブルには五人ずつ座る。

 最上位にハネシテゼ・デォフナハ。次にジョノミディス・ブェレンザッハ様。その次が私、ティアリッテ・エーギノミーア。そして弟のフィエルナズサ。

 最後の一人は、ザクスネロ。彼はモレミア侯爵家の第三子ということだ。


 ハネシテゼを除く四人は席に着き、それぞれの給仕が食事をテーブルに並べていく。

 ハネシテゼはと言えば、このテーブルではただ一人、自らの手で食事を取りに厨房に向かっている。


 自分が直接厨房に向かっているのはハネシテゼだけではない。昼食のときに初めて知ったのだが、男爵家や子爵家では当主でもない限り、貴族の側仕えを持っていないのだというのだ。


「男爵家には側仕えがいないのですか?」


 失礼な質問とは思うが、本当に驚いたのだ。私には生まれたときから側仕えが付けられている。側仕えがいない生活があるなど、考えたことも無かった。


「母と父にはいますけど、わたしは洗礼もまだですから。それに、今のところは次期当主筆頭候補ですが、弟や妹に追い越されないとも限りませんから、そうなっても生きていけるよう、最低限のことは自分でできるようになっておくようにと言われています」


 もはや世界が違いすぎて何を言っているのか分からない。当主になれなかったら、側仕えも失うというのは過酷な話だ。

 だが、周りを見回してみると、下級貴族の者たちはみんな、自分で厨房に向かっている。


「男爵や子爵の子らは僕たちの側仕えを狙っている者もいるだろうからな。今は自分のことだけだが、彼らもここに慣れたらアピールしてくると聞いている」


 驚きを隠せずにいた私に、ジョノミディス様が説明してくださった。

 なるほど、たしかに私の側仕えたちも子爵や男爵の家の出の者ばかりだ。次期当主候補ならともかく、すでにその道が無い者の将来は、私やジョノミディス様など上級貴族に仕える、という道になるのか。


「ハネシテゼ様は当主となる予定なのですよね? 私に仕えたいなどと言われても困ってしまいます」

「弟や妹に越されなければ、そうですね」

「あなたを上回る人がそう簡単に出てくるほど、私は無能ではありません」


 謙遜も度が過ぎれば嫌味でしかない。現時点では私の方が劣っているのだ。それを忘れてもらっては困る。


「男爵家当主にならずとも、新たに爵位を受けるなり、公爵家や王族に嫁ぐという手段もあると思うが?」

「そうだな。だが、将来は私の妻に、などと言える状況でもない」


 フィエルの言葉に、ジョノミディス様は難しい顔をする。


「最低でも、学院の成績で私が上回らない限り、父上からの許しも出るまい」

「というか、負けっぱなしで当主になることを認められるとも思えないな」


 ザクスネロまで恐ろしいことを言う。

 先ほどの入学式ではお父様の顔は見えなかったが、男爵家に後れを取ったことを笑顔で許してくれるとは思えない。


「気を引き締めていかなければなりませんね」


 誰にともなく呟いたその言葉に、ハネシテゼを除く三人が頷く。



「ところで、この席は落ち着かないのですが、明日以降、どなたか替わっていただけますか?」


 如何に次期当主と言っても、まだ六歳であるハネシテゼは最上座に座ったことなど無いのだろう。

 所在なさげに困り顔で言いだした。


「そういうわけにもいかないよ。僕がそこに座っていれば、みんなは家柄を嵩に君から奪い取ったとしか思わないだろう」


 ジョノミディス様が否定するが、ハネシテゼは四人の顔を見回して懇願するように続ける。


「わたしが説明すれば……」

「そう言うように脅された、としか思わないでしょうね」


 だが、それも否定するしかない。私の言葉にハネシテゼはしょんぼりとしながら食事を口に運ぶ。


 彼女としては、年も家柄も上の者を押しのけて威張っているような状態が落ち着かないのだろうが、私たちにはその望みを聞き入れることはできない。


「心配するな。次の試験では追い抜いてやる」


 フィエルが大口を叩く。普段なら諌めるところだが、この場ではこれくらいが場を和ませるのにちょうど良さそうだ。


「あらフィエル、あなたにできるのですか? 私もいるのですよ?」

「君に一番は取らせないよ。僕だっていつまでも負けっぱなしでいるわけにいかないからね」

「男爵の子が一番を取れたんだ。次は侯爵家でも問題あるまい」


 三人が一気に敵愾心を燃やす。

 このメンバーはいい関係になれそうだ。


「ハネシテゼ。いえ、ハネシテゼ様。学院内の立場に家柄は関係ありませんが、家の威信にかけてあなたを超えてみせます」

「手抜きして勝ちを譲ろうなんて考えないでほしい。それをされた側がどれほど屈辱なのかは分かるだろう? お互い、正々堂々と勝負しようじゃないか」


 私の宣言にジョノミディス様も加わる。


「本当に良いのですか? わたしが本気を出したら、あなたたちがいくら頑張ろうとも、勝つことはできませんよ?」


 不敵に笑い、ハネシテゼが切り返してきた。

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