中央高等学院1年生
第2話 祝、入学!
私が
中央高等学院の入学式の日に、ハネシテゼと初めて出会った。
「デォフナハ男爵が長子、ハネシテゼと申します。以後、よろしくお願いします」
彼女の挨拶に、室内の雰囲気が変わる。
地方の男爵家でありながら、彼女の名は新入生の中で話題に上がっているのだ。
中央高等学院に入学するのは、貴族と王族の子息だけと決まっている。
しかし、家柄だけで入学できるほど、この学院は甘くはない。入学希望者全員に試験が課され、厳しい審査を受けて合格した者だけが入学することができるのだ。
王族や公爵家でもそれは例外ではなく、試験の結果が規定を満たすことができずに、不合格となった王族もいると聞いている。
学院は五年を基本課程としているため、十四歳の成人に卒業を間に合わせるよう八歳からの入学が多い中、驚くべきことに、ハネシテゼは六歳にして首席の入学となったのだ。
田舎の男爵家が首席を取っている時点で驚くべき事態なのに、六歳にして最高成績を収めるという離れ業をやってのけたのだから、他の者が注目しないわけがない。
知識やマナーは詰め込むにも相応の教師を付ける必要があるし、何より体力や魔力の実技では、二歳の差は果てしなく大きいものだ。
並大抵の努力や才能で覆せるものではない。
値踏みするような視線の中で、ハネシテゼは気にする様子もなく挨拶を済ませると席に着く。
家柄の低い者から挨拶を済ませていき、残りは数人となる。今年は王族からの新入生がないため、公爵家が最後だ。
「エーギノミーア公爵家、フィエルナズサと申します」
型通りの定型句から挨拶を始めたのは我が家の末弟だ。いつも天真爛漫な笑顔を見せている彼の顔は僅ではあるが翳りを隠せず、その視線はハネシテゼに向いている。
緊張しているのか、あらかじめ練習した通りに話せておらず、この場では不要なことまで口にし始めている。
「長過ぎです、フィエル。後に誰を待たせていると思っているのですか?」
あまりに長い口上に、小声で横槍を入れる。フィエルは、立場の低い者から順に、ということは頭では分かっているのだろうが、行動が伴っていない。
上位の公爵家であっても、他家の者のスピーチに横槍を入れるのは無礼であるからこそ、姉である私が注意せねばならない。
フィエルがハッとした表情を見せ、慌てて切り上げる。彼が着席すると、次は私の番である。
「同じくエーギノミーア家、ティアリッテと申します。弟が長々と失礼しましたこと、お詫び申し上げます」
弟に注意した手前、私が長々と話すわけにはいかない。練習していた口上を大幅に省略し、速やかに締めに入る。
「実のところ、私も首席を狙っていたのですが、残念ながら及ばなかったようです。切磋琢磨できる出会いに感謝するとともに、慢心せぬよう肝に銘じる次第でございます」
笑顔を振りまき、そう締めくくり着席する。
そして、最後に残っているのは、新入生最高位の家柄である。
「ブェレンザッハ公爵が長子、ジョノミディスでございます。お会いしたことがある方もございますが、初めての方もいらっしゃいますのでご挨拶させていただきます」
交流のある家の同年代の者は七歳の誕生日パーティーに呼ばれているし、派閥を同じくしていれば会う機会はあるものだ。エーギノミーアとブェレンザッハは派閥が違うが、公爵どうし、誕生日パーティーに招かないわけにも行かない。
私も呼ばれたし、お呼びもしたことがある相手だ。
そして彼は、私の中では嫁ぎ先の最有力候補だ。
「入学成績では貴方に後れをとることになりましたが、私もいつまでも後塵を拝しているわけには参りません。第一公爵家の名に恥じぬよう邁進して参ります所存でございますので、よろしくお願いします」
ジョノミディスは笑顔を取り繕うこともせずに、ハネシテゼを睨みつけている。私よりもハネシテゼを意識しているのは悔しいが、彼女にはそれだけの話題性がある。
しかし、そのハネシテゼといえば、ジョノミディスには興味がないと言わんばかり退屈そうな表情で、視線を明後日の方向に向けていた。
「成績は優秀でも、まだまだ子どもだな。もう少し礼儀作法も身につけていただきたいものだ」
挨拶を終えたジョノミディスは座りながら小声で呟くが、ハネシテゼはそれほど落ち着きがないわけではない。
六歳という年齢を無視すれば、ハネシテゼは至って普通なのだ。つまり、八歳の侯爵や伯爵の子たちと同程度の振る舞いはできている。むしろ、他の男爵や子爵の子たちの方がよほど落ち着きが無いし、礼儀作法を学んでほしいと思う。
「私が貴方たちを担当するミャオジークです。春までの短い間ですがよろしくお願いします」
生徒たちの挨拶が終わり、教壇に立つのは壮年の男性だ。
黒を基調としたアカデミックガウンで身を包み、整髪料でオールバックに固められた髪は、元は黒髪なのだろうが白髪が大半を占めている。
「世の中における家の階級、地位は学院内では一旦忘れてください。ここにいる皆さんの多くはまだ正式な貴族と認められていない見習いの立場に過ぎません。親の威を借りるのではなく、自らの力でその地位に相応しいと認められるよう努力しなければなりません。学院はその応援をいたします」
ミャオジーク先生が、受験前にも言われたことを繰り返す。
それだけ家の序列に拘る者があるのだろう。正直いって、私としても、小貴族の子どもたちと同列に扱われるのは気分がいいものではない。
「我々学院教師としては成績を第一に考えます。と言っても、普通は家の位とほぼ変わらない並び順になるのですが……」
だが、今年はその、普通、ではない者がいる。
いつも通りの成績ならば、意識することもない男爵家の名前を意識せざるを得ない。
学院生徒としての注意事項や授業の流れについての説明が続き、それが終わったら学院内の施設の案内となる。
新入生全員で百人ほどだが、中位の者たちが最も統率が取れていない。
上位の者は振る舞いについて厳しく言われ続けているし、下位の者たちは、黙って従うことに慣れているのだろう。
「ノイネント伯爵の、少し静かにしたまえ。説明が聞こえぬではないか」
フィエルが堪りかねたのか、鬱陶しそうに注意する。伯爵家連中で最も騒がしいのがノイネント伯爵家のゼクシャだ。
「公爵家だからって偉そうにしないでくれないか? 家柄はここでは関係ないって知らないのか?」
しかし、注意された張本人のノイネント伯爵家は静かにするどころか、フィエルに食ってかかってきた。
「お静かにお願いいたします」
幼いながらもよく通る声に、一瞬静まり返る。声の方を振り向けば、いや、わざわざ見なくても分かる。
ハネシテゼ・デォフナハだ。
「男爵家のガキが、たまたまちょっと成績が良かったからって図に乗ってるんじゃねえ!」
「あら、おかしいですわね。下町の粗暴な輩が紛れ込んでしまっているようですわ」
ゼクシャは酷い言葉遣いでハネシテゼを睨みつけるが、彼女は臆することもなく、睨み返しもせずに呆れたように言う。
一瞬の絶句の後、ゼクシャは激昂し、ハネシテゼに摑みかかる。
この場には護衛の騎士もいない。どうしようか、と一瞬逡巡するも、流石に教師が動いた。
「ゼクシャ・ノイネント!」
ミャオジーク先生が低い声を響かせる。
「あなたには夕食まで反省室に入っていただきます」
そう宣言するとともに懐から取り出したベルをひと鳴らしする。
「な、何をする! 僕の父は伯爵なのだぞ! 子爵が偉そうに命令するな!」
どこからともなく現れた騎士たちに拘束されて、ゼクシャが声を張り上げる。家柄は関係ないと言ったり、自分は伯爵家だと言って親の威を借りようとしたり、忙しいものだ。
他の生徒たちが彼を見る目も、どことなく侮蔑が混じっているように見える。
「偉いのはお父様であって、あなたではありません。あなたは爵位を受けてもいない、ただの子どもなのだとしっかり理解してください」
ミャオジーク先生はそう言って、ちらりとハネシテゼに視線を向ける。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。あのような場合、どのように治めれば良いのか経験がございませんので……」
ハネシテゼはそう言って頭を下げるが、そんなの私だって知らない。横を見ると、フィエルもジョノミディスも困った顔をしている。
フィエルは騒ぎを大きくしてしまった張本人だし、ジョノミディスも場を取り成すことはできていない。
そんな思いに気付いているのか気付いていないのか、ハネシテゼは涼しい顔で「案内の続きをお願いしますね」と微笑んでいる。
そのあまりにも何事もなかったかのような態度に、逆に驚いてしまい「ちょっと!」と声を上げてしまった。
全員の視線が私に集まる。
しまった。今のは公爵家の者の態度ではない。
家柄は関係がない、なんてのは建前だ。私は公爵家の子として振る舞わねばならないのだ。
「えっと、ハネシテゼ・デォフナハ、お怪我はないのですか?」
なんとか取り繕って、心配の言葉をひねり出した。
「はい、問題ありません。ミャオジーク先生が止めてくださいましたので。ご心配いただきありがとうございます」
笑顔を見せるハネシテゼだが、表情にはわずかに翳りが見える。やはり、体格の大きな者に摑みかかられて平気ではいられないだろう。
少し休んだ方が良いのではないか。そう思ったが、それは口にするものではない。今、彼女は心配無用だとはっきりと言ったのだ。
それを私が無理に否定すれば、その意味を問われる。
午後からは入学の式典がある。
それに出席するな、と暗に言っているのだと思われては困る。
『エーギノミーアは成績で男爵家に負けて、それを妬んで首席の挨拶を辞退するよう要求した』
無理に休むように言えば、周囲の者からはそのようにしか見えないだろう。ハネシテゼの足を引っ張るために、ゼクシャ・ノイネントを
本人が問題ないと言い、先生も問題にしていないのだから、これ以上私が差し出口をたたくものではないだろう。
「そうですか。ならば良いのです」
私も笑顔で返して、それで終わりだ。これ以上時間を無駄にしては、今後の予定にも障るだろう。
「では、次は実技棟へ参ります」
ミャオジーク先生に従い、残りの生徒たちは整然と列を作り渡り廊下を歩いていった。
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