第02話】-(数センチの恋
〈主な登場人物〉
紬/イトア・女性〉この物語の主人公
奏多・男性〉主人公に想いを寄せる少年
揺由・女性〉主人公の親友
──────────
「思ったより綺麗じゃん」
揺由が部屋をチェックし始めた。
「そうですね。寝具もちゃんとありますし」
「わぁ……旅って感じするぅ……」
紬が目を輝かせている。ベッドは木製。眠りやすいように橙色の明かりが優しく灯っている。幸いというかその部屋には四人目の同室の人はいないようだった。
僕は荷物を下ろすと視線を感じた。その視線の先を見ると、揺由が渋い顔で僕の顔を見ている。これから言わんとしている事を僕は理解している。
「奏多、分かってるよね?」
「分かってますよ……何もしませんって」
「紬に何かしようとしたら、窓から放り出すから」
揺由ならやりかねない。僕は愛想笑いを浮かべ少しだけ恐怖を覚える。揺由がそんな事を言い出すものだから、紬が疑いの視線を僕に送ってくる……。
「か、奏多は、そんな事しないよよよっ⁉」
「勿論ですよ。紬安心してく下さい。これまでだってそんな事したことないでしょう?」
紬がしぶーい顔で目を細めてきた。
うぐ…認めますよ。キスはしました……。
「うん。奏多、信じてるから」
その確認の言葉、かなり傷つくよ僕……。話しは戻り。
「はい、はい。揺由、大人しく寝ますから」
僕は揺由に向かって返事を返す。僕も揺由にはこうした口調で話せるようになっていた。まあ、同じ部屋というだけで満足なんだけど。到着は早朝になるので僕達は早々に仮眠することに。
揺由は二段ベッドの下段に。紬は上段、僕は対面にある二段ベッドの上段に強制的に指定された。ベッドには簡易の薄い枕と薄手の毛布が用意されていた。部屋自体、暖房が効いているのでそれで充分だった。
僕達は寝床の準備が整うと、揺由が合図を送る。
「じゃあ、電気消すからね」
「うん。おやすみ~」
「奏多、朝、ちゃんと起こしてよね」
「はい、はい」
何故か僕が寝過ごしてしまわないように朝起こす当番にされていた。別にいいけどさ。
部屋の明かりを消すと窓のカーテンは開けたままだったのでそこから薄暗闇の灯りがうっすらと差し込んできた。僕はベッドに仰向けになると腕を頭の後ろで組む。ゴトゴトと列車の振動が伝わる。静寂という事は無かった。列車の機械音と換気扇の音が響く。
ふと紬がいる方に頭を傾けると彼女は毛布をかぶり背中を向けて眠りに入ろうとしているようだった。同じ空間でこうして女性と眠る事が初めてだったので僕は緊張していたのかもしれない。すぐに眠気が襲ってくる事はなく。ましてや、あと数メートル先には紬がいるのだから。
揺由がいてくれて内心はほっとしていた。僕は、時々暴走してしまう時があるから。いいブレーキになってくれる。いや、本当に何かする訳じゃないけれど。頭の中で色々と……。それは男なのだから仕方がない。
程なくして揺由の寝息がまず聞こえてきた。時刻は零時を過ぎていた。
僕もそろそろ眠りに着こうとした時、何気に紬の方に振り返った。すると、背中を向けていた紬がこちらに寝返りを打っている。初めてみる紬の寝顔──。うとうとしていた僕の睡魔が吹っ飛んでしまう。
ふと思う。トゥエルはもうこの寝顔を知っているんだろうな、と。急に胸が締め付けられる気持ちになる。
ベッドの柵の隙間から手を伸ばしてみた。当たり前だけど紬に触れるまでにはあと少しの所で足りない。僕が近づけられる距離はどんなに手を伸ばしてもここまでだ、そう言われている気分だった。
紬、君と出会ってから僕は切ないという気持ちを知ったよ。
仰向けになっていた僕は紬がいる方に寝返ると目を開けると彼女の顔が見えるその位置で。スマホにダウンロードしていた音楽を聴きながら瞼を閉じて眠ることにした。
─────
ブルルルルッツ。
僕はスマホに設定していたアラームのバイブレーションで目を覚ました。時刻は朝の五時過ぎ。まだ二人は眠っているようだ。二段ベッドからゆっくりと降りると揺由に声を掛ける。
「そろそろ、降りる時間ですよ」
……返事がない。仕方なく揺由の肩を軽く揺らす。
「う……ん、もうそんな時間? あい、あい、起きますよぉ」
目をこすり、半分寝ぼけている揺由のぼやき声が聞こえた。
「かなたぁ─、紬も寝てるなら……起こしてあげて」
僕はその言葉を待っていた。ドキドキしながら屈んだ状態から立ち上がる。丁度僕が立ち上がる位置が二段ベッドの枕と同じ高さだった。
僅かな緊張を抱き二段ベッドを覗くと紬は僕の方を向いたそのままの状態で寝ていたようで、僕の眼前に紬の寝顔が見えた。
「…………」
僕の中で
「紬、起きて下さい」
少し揺らすと紬の瞼が少し震えゆっくりと開いていく。
「……ん─かなたぁ? もう時間? う─ん……」
紬も寝ぼけている。か……可愛すぎる。揺由とは比にならないくらい僕の心はかき乱されていく。というか朝っぱらから僕は何を興奮しているんだ。恥ずかしくなってしまった。
紬は半分起き上がると寝癖がついていた。前髪の端がぴょんとはねている。う……可愛すぎる。思わず、僕が直してあげようとした時、僕の足元から殺気を感じた。揺由が笑顔で僕を見ていた。
「あはは……」
僕は空笑いを浮かべ伸ばした手をそっと元に戻す。そそくさと自分のベッドに戻り荷物をまとめる。
(続く)
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