第03話】-(細氷
〈主な登場人物〉
紬/イトア・女性〉この物語の主人公
奏多・男性〉主人公に想いを寄せる少年
揺由・女性〉主人公の親友
──────────
無事寝過ごすことなく電車から降りると、そこには既に雪景色が広がっていた。ぱらり、ぱらりと既に雪が舞っている。
思わず三人で雪空を仰いでいた。駅の待合所から一歩外に出ると雪特有の寒いというか肌をさす冷たさ。話す口元からは白い息がこぼれていく。
「雪だぁ……」
「日の出には止むかなぁ」
「予報では止むはずです。それに山の天気は変わりやすいですから」
そう、ダイヤモンドダストは晴れた早朝にみられるとされていた。
「とりあえず向かいましょう」
「そだね、行ってから考えればいっか」
「うんうんっ」
やはりこちらの世界の揺由も楽観的な性格なのは変わらない。一方で紬が手のひらに雪を乗せて珍しそうに眺めていた。揺由は手袋ごとコートのポケットに手を突っ込みふーっと白い息を出していた。揺由の足元を見ているだけで寒くなる。
これで山に行こうとしているのだから。女子高生は怖いよ。
僕達が向かうのは駅からタクシーに乗り、そこから少し徒歩で歩いた先の山に近い小高い丘だった。なにやら揺由がネットで検索して調べたらしくてそこへ三人で向かう。
スマホの地図アプリを使ってそれを頼りに揺由が先頭を切って歩いていく。冬の朝は遅い。まだ辺りは薄暗い。もう少しで朝日が顔を出そうとしていた。
─────
「到着~‼」
揺由が両手を広げ明るい声が響く。
僕達は三十分程
そこには僕達三人しかいない。僕達の他に誰の足跡すらない。その頃になると雪は止み、薄水色の空が見え始めていた。僕達はその雄大な景色に呆然としていた。
一応都会に住んでいる僕達にとって、この光景はとても珍しかったからだ。僕は腕時計を見た。この日の日の出の時間を下調べしていた。
「あと、数分ってところですね。ギリギリ間に合いましたね」
「当たり前でしょ。私のナビを舐めないでよ」
揺由が自慢げに言う。途中で迷っていた癖に。
すると段々と周りの景色が遠くを見通せるくらい明るくなっていく。降り積もった雪の丘が反射して白さを増していく。そして山間から少しずつ朝日が顔を出す。
僕達は目を見張った。
朝日に光って煌めく雪の結晶。僕達は手袋を外し素手でその結晶をすくう。手のひらに乗せると肌の温度ですっと消えていく。朝日が射しこんでくる。するとその朝日に反射して水蒸気が氷となってキラキラと光り始めた。
「お─⁉ 見えた、見えた」
「ほんとに肉眼で見えるんですね」
「うん……」
僕はこの景色を知っているような気がした。
そうだ、紬が異世界で具現化してくれた
その氷の一つ一つが命を纏っているように綺麗に儚く散っていく。雪の妖精がまるで舞い踊るようにゆらゆらと下降していく。光の当たり方によっては小さな渦巻きを作ってくるくると回っているようにも見えた。
僕には青空に舞う雪のように見えた。僕達は息を潜めてその情景の虜になっていた。揺由がそのダイヤモンドダストが見える灯りの元に行くと手を広げ、まるですくい上げるように天を仰いだ。彼女の周りを光の粒子が包みこむ。すると揺由は紬の手を引く。
そして二人でダイヤモンドダストが見える場所で空を仰ぎ、笑顔を零す。
白い吐息──。
瞳と結晶の輝き──。
まるで宝石の様に氷は色を増し輝いていく。
二人は手のひらにその結晶を乗せると儚く消える姿に見惚れていた。僕はその二人の姿に見惚れていた。この時ばかりは揺由もまるで天使の様に見えてしまっていた。勿論だけど、紬は天使にしか見えない。
異世界の時から思っていたけれど彼女には光の纏いがとてもよく似合っている。ほんとに羽が生えてどこか遠くにいってしまいそうで僕はその手を握っていたくなるくらいだ。
僕を置いていかないでね、紬。
僕には翼がないからさ──。
このダイヤモンドダストには時間が限られている。僕達は束の間の時間、この美しい景色の余韻に浸った。そして朝日が昇りきり気温が上昇した為か舞っていた結晶は静かに消えていった。
すると紬がぐるぐる巻きに首元に巻いていたマフラーを外しほいっと足元に放り投げた。僕と揺由が呆気に取られているのを余所に、彼女は手を広げくるりと一周した。
その終点で僕と瞳が重なり合う。彼女は微笑んでいた。僕は微笑み返せていただろうか。咄嗟の事でその姿に赤面してしまっていたから。とても綺麗に見えてしまって。
そして次の瞬間には彼女は無邪気な子供の様に笑う。僕の瞬きが止まる。そのままパタンと背中から紬は手を広げたまま、まるで堕ちていくように僕の視界から消えた。仰向きになって雪に埋もれていた。
「ちょっ‼ 紬、あんた、何してるの⁉」
「だって思わず飛び込みたくなったの」
「もう、子供ねえ」
揺由がまるで親が子供を叱るように
─────
この時、僕には異世界のイトアの姿が見えた。銀髪を流しながら舞っていく彼女の姿が重なる。自然と笑みが零れた。
紬、君は少しずつ現実世界でも自分を取り戻しているんだよ。
あの初めて会った時の淀んだ瞳の陰り。今だって君を苦しめているものはあるけれど、それから目を逸らさない君は僕にとってとても儚くも美しく見えるんだ。
─────
「二人も一緒にやろうよ。折角来たことだし」
僕は普段ならこんな事を絶対しないのに。誘われるがまま紬の隣に行くと背中から落ちた。徐々に視界の景色が変わっていく。
それはゆっくりと。気が付くと柔らかい背中の感触と共に視線の先に真っ青な空が見えた。空気が澄んでいるせいかその色はとても鮮やかで。
「……仕方ないなぁ」
この子供のような僕達の姿をみて揺由も乗じて紬を挟むように雪のベッドにダイブする。三人で空を見上げる。
「私達、高校生だよね? なんか子供みたい」
揺由が照れながら言った。すると紬がクスクスと笑いだす。僕も揺由もつられて三人で大きく笑っていた。
顔も手先も冷たいはずなのにこの時は寒さを感じなかった。今度は蒼と白の世界。なんだかとても穏やかな気持ちになれた。
ついこの間まで僕の心はくすんでいたのにそれすらまっさらにしてくれるようなこの静けさと澄んだ酸素。一呼吸する度に身体中を巡っていく。ふと気が付くと僕の手の先には紬の右手がある。
僕は……。
感覚を無くしてしまった紬のその小指を包むように手を握った。紬の身体が一瞬揺れる。気が付いたようだ。でも何も言わず僕の方を見る事もせず朝の青空を見ていた。紬の事だから振り払う事も出来ないはずだし困らせてしまったかな。
それでもその手は握ったまま僕も知らないフリをして空を見つめる。現実世界でも紬とこんな綺麗な空を一緒に見る事が出来た。
初めての時は初恋の色に見えた。
今は胸を締め付けられる色に僕には見えるよ。
紬──。
どうしたって、どうしようもない程に、僕は君の事が好きだ。
(続く)
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