第12話】-(続・相思

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、主人公と相思相愛

カナタ・男性〉ギルメン、主人公に想いを寄せる

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 私は背伸びをする。


 トゥエルの頬に両手を添える。

 彼の頬はこんな事をしているのに赤らみさえない。

 ゆっくりと瞳を閉じながらその位置を確認する。

 そして瞳を閉じ、唇を寄せていく。


 私は恥ずかしくて最後まで見ていられないけれど。

 きっと彼は最後まで見届けていることだろう。


 そして柔らかい唇の感触に見舞みまわれる。

 初めての時は分からなかった。

 これがトゥエルの唇の感触なんだと実感する。


 するとトゥエルの方からくいっと私の唇をとらええてきた。

 唇を少し離すとその度に軽く吸われながら私の唇を何度も求めてきた。


 その仕草にドクンと大きく肩が上がる。

 トゥエルは顔の方向を逆に傾け、その柔らかい唇を押し当ててきた。


 しばしの時間の後、私は今度はゆっくりとまぶたを開け唇を徐々に離していく。

 少しの間トゥエルの唇が私を追いかけてきた。


 かかとを地面に着ける。鼓動の速さに呼吸も早くなっていた。

 頬に触れていた両手を離し自分の胸に置くと手の先までじんじんと。

 耳元でささやき声が聞こえてきた。



「おかえり。ずっとお前が恋しかったよ」



 私は全身の力が抜けトゥエルの胸にトンと顔をうずめた。

 負けた……彼は卑怯ひきょうだ。

 彼の満足している顔が浮かぶ。

 彼は私に指一本触れる事なく私の唇を奪っていった。


─────


 ……でも私の中ではとてつもない引け目を感じていた。だって、自分からではないとはいえ、この訓練中二回もカナタと……唇を重ねてしまったのだから。


「カナタと……キス、しただろ?」

「……っ⁉」


 私の顔が青ざめていく。私はトゥエルの胸に顔をうずめたまま身体がピタリと固まってしまった。何も言い返す言葉がない。ここで取りつくろったとしても必ずバレてしまうことは容易よういに分かっていることであって。


 嫌われてしまったのかな。私は涙ぐんでしまっていた。するとトゥエルからの言葉は意外なものだった。


「ま、予想してたけど」

「……え」

「分かってるよ。お前からした訳じゃないって事くらい。全くお前すきが多いから」

「……ごめんなさい」


 私は正直に謝った。トゥエルは私が涙ぐんでいるのが分かったのか、頭にポンと手のひらを乗せてくれた。


「……で? その分の謝罪分はまだ貰ってないけど」

「え……⁉」


 するとトゥエルはテーブルに置かれている水差しを指さす。そこにはガラスのコップが一つだけ用意されていた。トゥエルは私から離れるとテーブルに座り、自分の隣に座る様に手招きをする。私は招かれるまま、隣に座った。


 そしてトゥエルが私の顔を見ながら頬杖をつく。

 微笑む。そして──。


「飲ませてくれないか。お前のここで」


 トゥエルは自分の指を口元に当てる。


「──っ⁉」


 トゥエルは目を細め、それはまるで妖艶ようえんな眼差しで潤いをました瞳で私を見つめてきた。私はゴクリとつばみ。そして顔を真っ赤にし、思い切ってその言葉を表に出す。


「そ、それって……口移しって……こと⁉」

「……」


 トゥエルは何も答えない。けれど優しく目を細め微笑んできた。そしてわざとむくれた表情をして視線を横に流す。


「だって、カナタと『キス』したんだろう?」

「そ、それは……」


「それなら、俺にはもっと特別なことをしてくれてもいいと思わないか、なあ、つむぎ」


 また天使のような優しい声と笑顔で責めてくる。


 私はあまりの申し出にうつむいてしまった。さっき自分からその……キスしたことさえ心臓が止まりそうなのに、今度は、その……。トゥエルの事は好きだけれど、なんだか怖くなってまた涙ぐんでしまっていた。


 すると、トゥエルが優しい風を吹かす。


いじめすぎたな……ごめん」


 まただ。トゥエルが「ごめん」だなんて、絶対に言わないくせに。

 私はこの言葉に弱い。


「冗談だよ」


 恐る恐る顔を上げると依然いぜん、頬杖をついたトゥエルは微笑んでいた。


「妬ける。気に入らない。けど…………許す」

「……え、どうして⁉ ……そんなに……優しい、の?」

「何度も言わせないで欲しいんだけど。俺はお前が自分を一番大事に思ってくれる相手を選んでくれればそれでいい」


 なんだかトゥエルから突き放された気がしてさらに涙を浮かべてしまった。すると何故かトゥエルは笑う。



極論きょくろんで言うなら俺はお前の身体より心が欲しい。それが今ここにあるのならそれでいい。こんな事で……失いたくない」



 私の目が見開く。

 身体中にまるで電流がほとばしる感覚におちいる。


「……勘違いするなよ。極論だからな。そりゃ……俺だって……」


 トゥエルが少し動揺している。

 普段見せない姿に私は涙を浮かべながら笑みが零れる。

 ああ、やっぱり、私はトゥエルの事が好き──。


「ねぇ……トゥエル、恥ずかしいから、目……つぶってて……欲しい」


 私は自然と言葉が零れていた。


「お、おいっ⁉ 本気にするなよ⁉」


 トゥエルの目も見開いていた。そして──。

 目を丸くしているトゥエルの前で私は水差しからコップに水を注ぐと。

 ひと口、水を含む。

 そしてトゥエルの首に手を回し片手でトゥエルの両目をさえぎった。


 私は特別なことを一回だけした。

 トゥエルの喉がゴクリと音を鳴らす。


 顔を真っ赤にした私は遮っていた手もトゥエルの首元に回す。

 トゥエルは目を閉じていてくれていた。

 彼のひたいに自分の額を合わせた。


 視線を落とし頬の赤みを消していく。

 少し荒くなった呼吸を整えていた。

 すると私の視界にトゥエルの瞳が開いていくのが見えた。

 彼も視線を落としたまま。


「ほんとにするか。馬鹿者」

「……うん」


「……ほんとは、抱きしめたいよ」

「……してよ」


「分かった」


「ねぇ、トゥエル、私はまだ愛するという事がよく分からない。でも今の気持ちが愛すると言う事なのかもしれない」


(マインド・ダイブ 終わり)

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