第11話】-(相思

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、主人公と相思相愛

ギルメン〉カナタ、フルーヴ/魔法の先生〉ルノン

──────────


(紬/イトア視点)


「二人ともよく頑張ったわね。これでギルドを離れた分、これから頑張るのよ」


 私達は帰りの馬車の前に立っている。帰り際、前回のように私達に優しい笑顔を向けてくれるルノンさん。カナタは丁寧にお礼を述べる。


「はい。ありがとうございました」


 すると、ルノンさんは片目をつぶ悪戯いたずらっぼく言う。


「カナタくんには砂時計はないわよ。男はそれぐらい自分の身体で刻みなさい」


「はい」カナタが苦笑いを浮かべる。


「フルーヴも……この二人のこと、よろしくね」


 いつもならここでフルーヴに意地悪な言葉を掛けるはずなのにこの時は違った。それはフルーヴも同じで。


「……分かってる……心配しないで」


 二人は瞳を重ねその後二人だけにしか分からない無言の時間を交わすと笑った。


「イトアちゃん、辛くなった時は私が言った言葉を思い出すのよ。そしてあの悪魔に頼らないようにこれからも鍛錬たんれんを続ける事‼」


「はい」私は笑顔で返す。


「それとぉ、危ない時はカナタくんから離れるのよ」


「あはは……はぃ」今度は口をひきつらせる。


 カナタが心無しか珍しくしょんぼりしていた。こうして私達はギルドに帰還きかんした。ギルドの館が見えると入り口の扉の前でエテルとラメールの姿が見えた。私が馬車から降りると私にはエテルが、カナタにはラメールが駆け寄ってきた。


「イトア、おかえり。寂しかったよ」


 エテルは、私の両手をぎゅっと握りしめてくる。


「私がいない間、穴を埋めてくれていたって聞きました。ありがとうございます」


 私はエテルの両手を握り返すと何故かエテルが瞠目どうもくする。

 そして涙目になる。


「え……エテル⁉」

「ところで、カナタとは間違いは起こらなかったよね⁉」

「ななななな──⁉」


 私が大赤面をしていると、それを見てエテルが安堵あんどした表情を浮かべた。


「良かった……無事で」


 私の顔には何て書いてあったのだろう。正確には二回ほどキスしてしまったんだけど。そこまではエテルの千里眼せんりがんでは見えなかったようで。一方カナタの方は、案の定ラメールが飛びつくようにカナタの胸に飛び込んでいた。


「ラメールも寂しかったのーっ‼ ラメールだってカナタの分まで頑張ったんだよ? 褒めて褒めて」


 カナタは顔を引きつらせながら、一回だけラメールの頭にポンと手を置く。ラメールの瞳が潤む。さらにカナタにしがみついていく。カナタはそれを片手で嫌そうな顔をしながらがしていた。


 それにしても……これも予想はしていたけれど、トゥエルの姿はなかった。相変わらずだなと私は苦笑した。

 ・

 ・

 ・

 仕方なく、情けなく、私は自分からトゥエルの部屋におもむく。まるでトゥエルの思い通りの行動を取っているようで悔しい。扉をノックすると涼しい顔でトゥエルが迎えてくれた。


 私の顔を見て一言。


「帰ってきたか」


 そして部屋に招き入れてくれた。この間の事は夢の出来事だったのだろうか、なんて錯覚まで起こしてしまいそうだ。私が呆気あっけに取られているとトゥエルはコツンと本で軽く私の頭を小突こづいてきた。


「遅すぎる」


 頭上から横目で私をにらんでくる。私は頭をさすりながら。


「ごめん。トゥエルも私やカナタの分まで討伐に行ってくれてたってフルーヴから聞いたよ。ありがとう。あと……手紙の返事も」


 するとトゥエルはいつもの様に「ふん」と鼻を鳴らしツンとすると読書を始めようと出窓の方に足を向けていた。やっぱりトゥエルはトゥエルだ。彼らしい。私は淡い期待をしたのだけれど、あっさりとぐっさりと崩れ去り肩を落とす。


 そして、気を取り直しこの前まで読ませてもらっていた本の続きを読もうと書棚に向かう。こんな仕打ちをされても久しぶりに会うし、そばに居たかったから。


 久しぶりのトゥエルの部屋は、以前と変わらぬままで。本の香り、紅茶の残り香の香り、窓辺には綺麗な花が飾られている。そしてあの使い魔の執事も今日もしっかりと部屋の隅でスタンバイしている。ほんと、部屋だけ見ると女子の部屋なんだよなあ。


 そんな事を考えながら私が本を探しているとすっと背後から人の気配が。次の瞬間には、私の顔をはさんで両手が私の行き先をはばんだ。トゥエルは私の背後から私の顔を挟む形で書棚に両手を着いていた。


 これは俗にいう壁ドン──⁉


 いや、トゥエルの事だから怒っているのかもしれない。私は目の前にある本を見ながら、目を揺らしながら、ただ冷や汗を流す。


 トゥエルは一言だけ。


褒美ほうびが欲しい」

「……え⁉」


 私はこの発言に面食らってしまう。褒美って「ご褒美」って事だろうか。私が間抜けにポカンとしていると背後から大きな溜息ためいきが吹いた。


「物分かりが悪い奴だな。俺からはこの部屋では何も出来ないんだ。ということは?」


 私は一気に身体の熱が上昇し、首筋からひたいにかけてじわじわと赤面していく。いくら鈍感な私でもこの言葉の意味を理解した。


 私からその……トゥエルに触れるということだ。

 でも……何をすれば⁉


 さらにポカンとしているとまた後頭部から風が吹いてくる。


「とりあえず、こっち向いてくれる?」


 私は何も触れられてもいないのに肩が飛び上がってしまった。大赤面のまま言われるがままに恐る恐るトゥエルの方に振り返った。あまりに恥ずかしすぎて顔を上げる事が出来ず。そこへまたトゥエルが涼しい声で風を吹かす。


「で?」


 私の頭は完全に停止する。私が出来た事は……。


 顔は下を向いたままで、トゥエルの背中に手を回しそっと触れる。頬をトゥエルの胸に当て。トゥエルに抱きついた。あの時、飛び付くようにこんな事が出来た自分を褒めてあげたい。


 トゥエルの香りがした。

 肌の体温が伝わる──。

 優しい温度──。


 でもトゥエルからの返答は冷たいものだった。


「足りないな。俺、かなり頑張ったんだけど」


 もはや意地悪にしか聞こえない言葉を頭から浴びせられる。

 私はだいたい予想はついてきたんだけど一応尋ねてみる。


「どうしたらいい……?」


 するとトゥエルは私の耳元に顔を寄せるとささやいてきた。


「お前の心はここにあるんだよな?」


 久しぶりの囁きに私はドクドクと鼓動を鳴らしコクンとうなずく。そして予想は確信に変わる。抱きつく事でも満足してくれないということは、後はしか思い浮かばない。


 でも……私からってことだよね⁉

 想像しただけでも顔が真っ赤になってしまう。

 軽く眩暈めまいを起こしそう。


「俺、待ってるんだけど」


 私が躊躇ちゅうちょしている間にもオレ様が催促してくる。

 ──悪魔だ。


 私は、勇気をもってトゥエルに向けて顔を上げた。トゥエルの白くて長いまつ毛、透き通る薄紫色アメジストの瞳が私を見下ろしている。思わずその瞳の中に吸い込まれてしまう。私は恥ずかしさからぎゅっと目をつぶり、背伸びをしてトゥエルの頬に唇を添えた。


 すると今度はまるで天使のような優しい声色でトゥエルが囁いてくる。



「つむぎ、そっちじゃないだろう?」

「──っ⁉」



 頭がグラグラしてきた。頬で許してくれるかなって淡い期待を寄せていたけれど、やっぱり私が想像した場所だった。


 ゆっくりとじわじわと責められていく。ゾクリとさえしてしまう。完璧なまでの言葉の誘導。私はこの言葉の魔法からのがれられない。


 もう自分の身体を支えきれないくらいに。これを腰が砕けるというのだろうか。トゥエルは何もしていないというのにその色気にたじたじにされてしまった私。でも、こんなにも頭が冴える一面にさえ私は既にとりこになっている。


 それでも私は悪あがきをした。


「もうあの時みたいなことはしないから安心して来たらいいって言ってたじゃん……」


 すぐに反論が返ってくる。


「これはあくまでお前の分まで働いたその報酬を要求しているだけなんだけど」

「うぐ……」


 私はうなる。

 そしてゆっくりと自分に言い聞かせるように頷いた。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る