第10話】-(不意打ち

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン


──────────


(紬/イトア視点)


 そして二週間が過ぎようとした頃、やっと私とカナタの訓練は終了した。


 私は貸してもらっていた部屋の窓を全開に開け、空気を入れ替えていた。そして荷物を詰めていく。行きには無かったエテルからの手紙も。一纏めにした手紙の束をみるとなんだか笑みが零れる。


 そんな事をしているとノック音が聞こえた。

 扉を開けるとカナタだった。


「カナタ、どうしたの?」


 するといきなり私はカナタの胸の中に引き寄せられる。


「きゃっ⁉」


 いきなりの奇襲に思わず声が。

 私が抵抗する前にカナタは耳元で話しかけてくる。


「紬……その……寂しくなって、顔が見たくなって……」

「……え⁉」


 寂しいって、いつでも会えるのに。でも次の瞬間気がついた。それは私がトゥエルの元に帰ってしまうことを意味していることを。そう思うと抵抗出来ない自分がいた。


 けれどカナタは思いもよらないことを口走ってきた。


「あの……紬の唇を知ってしまって……もう一度だけ、ダメ……ですか?」

「……へ?」


 何を言っているんだ⁉


 私は驚愕きょうがくの表情でカナタの顔をのぞき込もうとした。けれど彼は私の肩に顔をうずめていて見えない。抑々そもそも、彼は私がトゥエルに想いを寄せていることを誰よりも知っているはず。


 まだあの力にまどわされているのだろうか。


「だ、だだだだめに決まってるじゃん⁉」


 私は動揺し、しどろもどろになりながらも拒否する。当たり前だ。


「──ですよね」


 カナタは寂しそうな声を出しそしてふわっと私の体を解放してくれた。私はほっと胸を撫で下ろす。さっきのは悪い冗談だったのかな。すると彼は何故かそっと笑う。


 私は何か違和感を覚えた。


 するとあっさりとカナタは自室に帰ろうとする。私もカナタの背中を確認すると扉を閉めようとしたその時──。


 ぐいっと腕を引かれて。私の身体は前のめりになって。


「んっ……‼」


 ちゅっと一瞬だけ唇が重なる。気が付くと体制を崩し転びそうになっていた私の身体をカナタが受け止めてくれている状態だった。


「……え」


 私の頭が真っ白になった。視線は床を見るばかりで思考も止まり何が起こったのか理解できない。するとカナタの声が聞こえた。


「……事故です」


 え……事故?

 そして何が起こったのか理解する。


「──ななななななっ⁉」


 私がうなっていると、彼はふふと優しく目を細めて微笑する。


「ごめんなさい……しちゃいました」

「あ、謝るなら、しちゃダメでしょ──っ‼」


 私はさらに動揺し、してやられたという怒りと悔しさで思わず叫ぶ。


「でも……紬とトゥエルは付き合ってるんですか?」

「……へ⁉」


「やっぱり。トゥエルはその辺り詰めてないようですね」

「うぐぐ……」


「本来僕が言うのも嫌なんですけど、紬、ちゃんと確認しないと」

「う……うん」


「ということで、これは有りです」

「なっ──⁉」


 私の上体を起こすと彼は満面の笑みで背中を向け歩き出して行った。


 まんまと丸め込まれた……。


 私は図星をつかれた気がして間抜けにもその場に立ちすくんでいた。


 ダメだ。自分の身はちゃんと守らなくては……。でも、自分の唇に手を当て、視線を横に流し頬を染めた。


 それから私は一週間程カナタと二人きりにならないこと、彼の手が届かない距離感を保った。近づいてくると目を細めた。



★ ★ ★



(カナタ視点)


 僕の特訓がやっと終了した。


 今日はギルドに帰る日。部屋で荷造りを始める。色々あったけれどこの約二週間ずっと僕は紬と一緒に過ごすことが出来た。うわついた気持ちなのは分かっているけれど、嬉しい気持ちもあった。


 だって、好きな人とずっと一緒にいられたのだから。学校では基本的にクラスが別だし、毎日一緒に下校するわけでもなく。というか現実世界の揺由の監視が厳しくなって二人きりではなかなか紬に近づかせてもらえなくなっていた。


 それに、ギルドに戻るとまた紬はトゥエルの部屋に通うにようになるだろうし。そんな事を考えていると僕の荷造りをする手が止まる。僕は、隣部屋にいる紬の部屋に行くことにした。いつでも会えるけど、無性に顔が見たくなったから。


 扉をノックすると紬はすぐにドアを開けてくれた。僕はたまらなく寂しくなって断りもいれずに紬の身体を抱きしめていた。ああ、いつもの紬の香り、僕の体にすっぽり収まる身体、この感触だ。紬の驚きの声が耳に入る。


 彼女がいまだにこうした行為に対して免疫がない事は分かっているんだけれど、僕は逆にいつまでも恥じらう姿を見ていたいという気持ちを持っている。僕は素直な気持ちを言葉に出していた。


「紬……その……寂しくなって、顔が見たくなって……」


 明日から紬はまたトゥエルの元へ帰ってしまう。またこの手が届かなくなってしまう場所へ。その気持ちが伝わったのがそれ以上紬が抵抗することは無かった。それなのに……僕は調子に乗って口走ってしまった……。


「あの……紬の唇を知ってしまって……もう一度だけ、ダメ……ですか?」


 僕は、何を言っているんだ──⁉

 ダメに決まっているだろう。

 それでも僕の視線はもう紬の唇しか見ていない。


 もちろん瞬時に紬から断りの言葉をもらう。自分でもこんな事を言ってしまったことに恥じらい笑顔で取りつくろった。ただ、顔が見たかっただけだったので部屋を後にしようとする。


 紬が扉を閉じようとする。この時、僕はどうしてそうしたのか分からない。


 ドアノブに手を掛けている紬の手を奪い僕の方に引いた。すると彼女の身体が前方に倒れそうになる。それを受け止める事にじょうじて、僕は──。一瞬だけまた唇を重ねていた。


 やっぱり……好きだからキスもしたい。


 彼女に好きな人がいることだって痛いくらい分かっている。だけど取り戻すんだ。これくらいの強行手段きょうこうしゅだん卑怯ひきょうと言われても僕は彼女を取り戻す。真面目で優しい自分だけではいられない。こんなせこい自分がいることを僕は認める。


 それに、これは僕の予想だけど二人はまだ気持ちを確かめあっただけで、付き合うとか恋人関係にはないように感じた。矛盾してるけれど、僕の好きな人が宙に浮いた状態でその……色々進行していくのは納得いかない。


 余計なお節介だとは思うけれど。急にキスした僕の引け目もあるわけで、その辺りが疎い紬にこれは友人としてアドバイスした。


 そしてキスができて嬉しかったから素直に笑った。紬は顔を真っ赤にしてうなっていたけれど。もちろん、境界線くらいはわきまえているつもりだ。だけど、明日からまたトゥエルの元に帰ってしまうんだ。寂しくて、辛くてたまらなかった。


 一方でこの「事故」作戦も多様するのは効果が薄くなるなと僕の中の悪魔が囁く。


 案の定、紬は一週間程、朝練にも断りの言葉をもらい、現実世界でも異世界でも三メートルから近くに寄り着くことは無かった。僕が足を踏み入れようものならしぶーい顔をして僕を見てくる。ほとぼりが冷めるまでひたすら待ったのは、言うまでもない……。うぐ……。


 色々あったけれど、ありがとう、紬。

 君のおかげで僕は自分を取り戻す事が出来たのだから。


(続く)

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