第05話】-(限りない想い


紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

フルーヴ〉ギルメン ルノン〉魔法の先生

──────────


(カナタ視点)


 ルノンさんの家に宿泊して翌日、早速僕の訓練が開始された。彼女からの注意事項を聞いて僕は僅かな不安を抱きながらも心を決める。そしてルノンさんが僕のこめかみに人差し指を当てリミット解除の詠唱を唱えた。



 ――『境界寸裂リミテーションスルー



 すると僕の身体中から何か大きな力がみなぎってくる。これは魔力だ。その凄まじい程の勢い、量に僕は圧倒される。と同時に僕が僕でなくなっていく感覚におちいっていく。僕は今の状態を口にした。


「想像以上につらいですね……」


 すると三人が瞠目どうもくしている。ルノンさんがどうして普通に喋れるのかと尋ねてくる。どうしてといわれても……。それにしても僕は、何故か紬の隣にいるフルーヴの事がとてつもなく気になってしょうがなくなった。あんな至近距離にいる事に僕の憎悪ぞうおが膨らんでいく。


 気が付くと僕は槍を具現化して二人の間に投げ飛ばしていた。その衝撃で尻もちをつく二人。紬に関しては悲鳴をあげている。なんでこんな事をしたんだろう。


 でもその後の光景を目にして僕のたかが外れる。今までそんな事したことなかったのに、あろうことか、フルーヴが紬の手を引いて僕から疾走しっそうしていく。


 手をつなぐ……。許せない。


 僕は二人の距離を開ける為に槍を投げ、振りかぶり、フルーヴに対して猛撃もうげきを繰り返していた。時々、そんな事を許容した紬に対しても僅かな怒りを感じている。


 すると紬が上級魔法を使おうとしてきた。僕に対して⁉ 僕はそれを阻止しようと彼女の詠唱よりも先に槍を思いきり投げ飛ばした。すると思った通り、彼女の具現化が完成する前に術を解くことができた。


 よく見ると、彼女の周囲には光の柱がほとばしっている。まさか……僕に対してリミット解除を⁉ けれど、フルーヴと紬との間に距離があいた。僕はこの時を待っていた。急いでフルーヴから彼女を奪還だっかんしないと。


 間合いを詰め近づくと紬はそれを阻止しようと土の魔法で壁を具現化してくる。でもそんなもの僕には通用しないわけで。だって僕は攻撃よりも彼女を僕のそばに置いておくことが最優先。


 武器を捨て、土の壁を飛び越え彼女の目の前に着地する。紬が攻撃をするか躊躇ちゅうちょしている。その隙を狙って僕は、彼女の身体を抱き上げると逃走を図った。


 この彼女のつやのいい髪の毛、紬の女性の香り、柔らかい身体の感触。僕の中で欲望が渦巻いていく。いつもならそう考えるだけなのに、今日の僕は何でも出来る気がした。


 フルーヴとルノンさんから距離を離し二人だけになれる場所を必死に探す。すると大きな木の枝を見つけた。そこに一目散に飛び乗ると。


「……つむぎ」そう呼びかける。


 そして気が付いた時には彼女の唇に自分の唇を重ねていた。ファーストキスは僕の願望通り、紬と結ぶ事が出来た。でもこの間、ラメールという子供にセカンドキスを奪われてしまった。


 こんな言い方良くないけれど、僕はそれを上書きするかのように紬の唇を奪う。僕は目を薄め紬の様子を見ていた。彼女は視線を落とし、頬をほのかに赤く染め、恥じらい始めた。紬は顔を背けるも僕は追いかけていた。


 でもこんな時なのに何故か僕は優しく彼女に触れる。

 ──傷つけたくない。


 矛盾してもっと……深くなりたいと舌がうずくけど何故かそれを堪える自分がいる。確信する。やっぱりこの唇じゃないと僕の身体は受け付けない。あの時一度この感触を覚えてしまった僕は……。


 でも次の瞬間、紬が両手で僕の顔を包み唇を離してきた。それも今まで出したこともないくらいの力で。


 僕はこの隙をついて、今まで出来なかった紬の太ももに触れていた。足首から徐々に彼女の足をなぞっていく。紬の肌が桜色に徐々に染まっているように見えた。


 彼女の顔を見ると僕の顔を両手で遮っている中で、僕の手の行き先を目で追っている。時々びくんと身体を揺らし、またしても恥じらいの様子が見えた。


 初めて触る紬の足首……ふくらはぎ……やわい太もも……。指先から全身に衝撃が走る。でも太ももでピタリと手が止まる。


 ──これ以上はダメだと誰かが止めている。


 すると今度は、紬が脚を僕のみぞうちに当て、けり飛ばすように距離を開けようとしてきた。非力な力で足掻あがいてくる。また僕の中で誰かが止めに入ってくる。それに反して身体がどんどん密着していく。


 その時だった──登っていた太い枝がポキリと折れた。僕は咄嗟とっさに回転し着地した。周囲を見渡すとフルーヴの姿があった。僕は複雑な気持ちを抱いていた。ほっと安堵する気持ちとどこかで邪魔をされたという気持ち。何なんだ⁉ これは。


 時間切れタイムリミット──。


 僕は僕に戻った。あれほどさっきまで憎悪ぞうおに満ちていたフルーヴに対してもなんら感情もない。それよりも……僕には記憶がきちんと綺麗にくっきりと残っていた。


 僕が紬にした行為のことを。紬は頬を染め、肌が紅潮していたけれど、やってはいけない事だ。……何て事をしてしまったんだろう。というか、どうしてそんな事出来ると思ってしまったんだろうか。申し訳ない気持ちが溢れ出てくる。


 ともすれば、これは……紬に嫌われる決定的な出来事になってもおかしくない。僕は怖くて紬の顔を見る事が出来なかった。するとルノンさんが駆け寄ってくれて僕に声を掛けてくれる。


「これはまた特殊な破滅衝動はめつしょうどうね。カナタくんの中ではイトアちゃんに対しての気持ちに制御が出来なくなってしまうみたい」


 僕の瞬きが止まった。そういう事だったのか。これが僕の破滅衝動。


 自分のものにしてしまいたいという紬に対しての異常なまでの執着心、そして彼女に近づく者から守ろうとするその執念。それは彼女に近づく者はもちろんのこと、自分に振り向いてくれない紬にさえも攻撃のやいばを向けてしまう。


 ルノンさんがポツリと紬に向かってつぶやいた。

「──罪深い女ね」



「もお、危なかったんですよおおお⁉」



 紬の叫び声が森中を木霊こだましていった。


 ……紬、本当にごめん。


 それにしても僕の破滅衝動。

 人には決して言えない羞恥極しゅうちきわまりない根元だ。


(続く)

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