第04話】-(罪深い

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

フルーヴ〉ギルメン ルノン〉魔法の先生

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 そうこうしている内に。訓練は再開される。


「イトア……ごめん」


 フルーヴは私にそう告げると、私と手をつなぎカナタのそばから走り彼から離れていく。引かれるまま、私も疾走しっそうしていく。ふと後ろを振り返るとカナタの瞳が殺気立っていた。


「ひいぃいっ‼」


 私はまたもや悲鳴をあげ、死ぬ気で駆けていく。

 背後から狂気の声が聞こえた。


「だから、その手を離せと言ってるだろうがっ‼」


 後ろを振り向くとカナタが今度は槍を四本具現化していた。そしてその槍が勢いよく私達の方に一直線に飛んでくる。


「こ、殺される──っ‼」


 私はもう何を口走っているのか分からないくらい混乱していた。



 ──『魔法障壁マジック・バリア



 そこへルノンさんが魔法でシールドを具現化し、四本の槍を弾き飛ばしてくれた。でも弾き飛ばすと同時にシールドも木端微塵こっぱみじんに飛び散っていった。


「ふぅ──。イトアちゃんにかなりご執心しゅうしんのようね」


 ルノンさんは汗を拭うような仕草を見せる。

 私は恐怖に満ちながらも顔が紅潮していく。


 その後もフルーヴを目のかたきにするようにカナタの猛撃もうげきは止まらない。四方八方しほうはっぽうから槍は飛んでくるわ、私の近くに寄ろうものならその槍を思いきり振りかざして突っ込んでくる。


 周辺の大木はめちゃくちゃになぎ倒され、地面はカナタの槍の衝撃でどこもかしこも亀裂が入っていた。耐えられなくなった私は思わずカナタに呼びかける。


「カナタ‼ やめてっ‼」

「だめよっ‼ 暴走中は相手に伝わらない‼ それより逃げる事を優先して‼」


 ルノンさんが強い口調で静止する。


「ここはイトアちゃんも練習よっ‼ 地獄死楼ジェイル・ヘルでカナタくんを拘束して‼」


 地獄死楼ジェイル・ヘル、この魔法は対象物を拘束する事ができる魔法だ。私は恐怖もあったけれど、この暴走を止めたい気持ちが強かった。ルノンさんに向けてうなずくと詠唱を始める。あの高速の槍よりも私が先に具現化しなければ……‼


 そこへルノンさんがまたしても衝撃の一言を放つ。


「フルーヴ‼ イトアちゃんに抱き着いて‼」

「は?」

 口をポカンと開けるフルーヴ。


「いざという時は私が助けてあげるから」

 そう言うとルノンさんが嬉しそうに親指を立てている。


「もう……」


 そう言うとフルーヴは私の詠唱の邪魔にならない角度で側部から抱き着いてきた。カナタの身体中から殺気が湧き立ってきた。隣をみるとルノンさんも詠唱の準備をしていた。


 私はびっしょりと汗をかき詠唱を唱え、終わると手のひらを地面に着ける。既に豪速ごうそくで槍がこちらに牙を向けていた。



 ──『地獄死楼ジェイル・ヘル



 私は目をつぶり具現化を続ける。両開きの門が地面から出現していく。でも門が完全に出現する前にカナタの槍がそれを粉砕ふんさいした。そして目を開けるとその槍はフルーヴと私の眼前がんぜんに向かっていた。私は咄嗟とっさにフルーヴを突き飛ばした。そして胸元にあるペンダントの砂時計を逆転させ詠唱する。



 ──『境界寸裂リミテーションスルー



 私を中心に光の柱が出現する。私もリミット解除をしたのだ。それと同時にカナタの槍が飛んできた。でも槍は光の柱の中に入ると速度が鈍くなった。透かさず槍を振り払う動作をする。すると風のやいばが槍を弾き飛ばした。


「やる~‼ イトアちゃん、ちゃんと鍛錬たんれんしてたのね‼」


 ルノンさんがさらに興奮の頂点に立ったように歓喜かんきをあげる。


「はいっ‼」


 私は力強くうなずくと、カナタの次の攻撃に備える。これは私もリミット解除でいかなければ太刀打ちできない。カナタは私に標準を合わせると今度は間合いを詰めに滑走かっそうしてきた。背中を大きくのけり大きく槍を振りかぶってくる。


 私は土の初歩魔法で地面から壁を具現化して槍の攻撃を阻止する。威力を増した槍の打撃といえどもこちらもリミット解除している魔法。


 さすがに貫通することは出来なかった。──が、壁の上にカナタが飛び乗ってきた。そして私の目の前に着地する。


 まずい……この位置から、ましてや生身の人間に魔法を放つことなんて出来ない。私が躊躇ちゅうちょしているとカナタは私の身体を抱きかかえると逃走を図った。光の柱から出たことで私の術が解除された。


「ええええええええ⁉」


 私が驚きで胸声きょうせいをあげているそばでルノンさんが透かさずフルーヴに指示を出した。


「どこへ連れていく気⁉ フルーヴ死ぬ気で追いかけてっ‼」

「むーりーっつ‼ カナタ、風の加護で足、めちゃ早いもん」


 フルーヴが地の口調で話している。


「イトアちゃんの貞操ていそうが危ないわっ‼ 私が加護をつけてあげるから奪還だっかんしてきなさいっ‼」

「……分かったよ」


 遠くでそんな二人の会話が聞こえた。


 その間にもカナタは俊足でルノンさんとフルーヴから距離をどんどん開けていく。私はカナタの胸の中で尋ねた。


「カナタ、何処へいくの⁉」

「……誰にも邪魔されないところ」


 ゾクリ……。


 私の背中が凍る。顔が青ざめていく。そう言えばルノンさんが「貞操ていそうが危ない」とか言っていたような……。


 逃げ出そうとするもカナタは本気の力で私を拘束していた。カナタは私を抱き上げ次々と木々の枝を飛び越えていった。そして二人からかなり距離を離したところで大きな木の枝に止まると。


「……つむぎ」

「ちょっ──⁉」


 瞬時に私の口はカナタの口で封じ込まれる。


 カナタは私を抱き寄せたままの体制で。私は目を見開いたままで。唇を重ねたまま、カナタはうつろな瞳で私の瞳を見返してきた。彼は完全にのまれている⁉


「んんっ──っ‼」


 私は声にならない音で抵抗する。首を横に向けようともカナタの唇が追いかけてくる。カナタの舌まで唇に触れてくる。それでもその行為は優しかった。私は恥じらい頬を染める。


 でも次の瞬間には我に返り、唇を重ねていることに赤らめている場合じゃない‼ 逆に私は冷や汗を流し、カナタの顔に両手をかざし、唇を離すと全力でその顔を押し返した。


「──⁉」


 私の両手が塞がっているなか、今度はカナタの手が私の足先から太ももに徐々に上にあがってきた。その手は撫でるようにまたしても優しい手つきで私の肌を伝う。カナタに触られている……。私の肌が桃色に紅潮していくのが分かった。


 でもまたしても我に返り私は両手に合わせて片足でカナタの腹部を踏みつけるような体制で距離を取ろうと奮闘する。はたから見ると漫画に出てくるような本当に間抜けな姿だ。


「やーだーぁああっ‼ 早くきてええええ‼」


 カナタの優しい手つきと、されている事の矛盾を感じながらも、フルーヴが追いついてくれるのを待つしかない。その間にもカナタとの距離がさらに近くなり密着していく。


 不安定なこの状態でもカナタがしっかりと包んでくれていたので落ちる心配は無かったわけだけど……。


「カナタ‼ しっかりしてぇええええっつ‼」


 顔をそむけ私が叫んでいたその時──。


 私達が乗っていた枝がポキリと折れる。カナタは受け身をとり、私はというとそのままさかさまに。でも地面に激突する寸前で水のクッションが私の身体を包んでくれた。フルーヴの魔法だった。


「大丈夫……じゃ、なかったぽいね……」


 私のぐしゃぐしゃに荒れた髪、葉っぱまみれになった姿をみてそばにきたフルーヴがつぶやく。


「フルーヴぅ……」


 私は座り込み涙目でフルーヴの顔を見上げた。


 その頃カナタは何処か切ない瞳を一瞬見せると一変して、次の攻撃の体制に移ろうとした──が、カナタを包んでいた粒子が消失。カナタのリミット解除の時間が終わった。カナタのうつろな瞳が青藍せいらんの瞳に戻る。


「僕は……」


 カナタはその場に立ちすくみ口元に手をあて大赤面していた。私も体験しているから分かるけれど、身体を支配されている時も自分が何をしているのかうっすらと記憶は残る。


 カナタはさっき自分がした行為について回想していることがすぐに分かった。私の方を振り向こうとしない。


 私もしょうがない事とはいえ、なんと声をかければいいのか分からず。今頃になって自分がどういう状態だったのか思い出してしまい大赤面していた。うつむき目を泳がせる。


 フルーヴは、かなり急いで走ってくれたようで膝に両手をつき呼吸を整えている。そんな中、ルノンさんが私達の元へ駆け寄ってきてくれた。私達三人の様子をみてなんとなく状況を把握したようだ。


「これはまた特殊な破滅衝動はめつしょうどうね。カナタくんの中ではイトアちゃんに対しての気持ちに制御が出来なくなってしまうみたい」


 カナタは何も喋らなかったけれど、瞬きが止まり、認識していることが伝わってきた。ボロボロになりかけている私の姿をみてルノンさんは一言。


「──罪深い女ね」



「もお、危なかったんですよおおお⁉」



 私は誰よりも大きく叫んでいた。


(続く)

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