第06話】-(甘く切ない

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

フルーヴ〉ギルメン ルノン〉魔法の先生

──────────


(紬/イトア視点)


 その日の夕食はなんとも気まずい時間だった。


 ルノンさんとフルーヴが平然と箸を進める中、対面に座ってしまった私とカナタはうつむき気味にただ黙々と口だけを動かしていた。決して正面は向かない。今日の夕食はミネストローネ風のスープにフランスパンのような少し歯ごたえのあるパンが添えられていた。


 私はひたすらそのパンをスープに着けるとガシガシと食べていた。そうして気を紛らわせていた節もある。カナタの方をチラリと見ると逆に彼は食欲がないらしく、スープにスプーンを転がしているだけであまり口にしていない様子だった。


 でも──話しかけてきたのはカナタからの方で。


「あの、イトア……」


 そこへ、ルノンさんが口を挟む。


「あ、私たちの前では本名で大丈夫よ。もう知ってるから」


 うぐ……私の無理のあった嘘はあっさりと見破られていた。


「紬……あの時は、その……」

「……うん」

「ごめんなさい」

「……うん」


 非常に気まずい。私もカナタもうつむいたまま会話が続く。けれど私も理由が分かっているわけで。また思い出してしまって赤面しうなずくことしか出来なかった。


 事故? とはいえ、カナタと唇を合わせてしまった。今でもあの感触は覚えている。きっとカナタだって……。そして私の頭にはトゥエルの顔が浮かぶ。私が恋焦がれる人。私が複雑な心境の中、ルノンさんが助け舟を出してくれた。


「はいっ! これで仲直りっ‼」


 ルノンさんは手をパチンと叩くとニコリと笑う。


「イトアちゃん、大丈夫よ。他国ではキスが挨拶代わりの所もあるんだから」

「え……なんでその事を知ってるんですかっつつ⁉」

「え~~、二人の顔を見えればそんなの見え見えよぉ」


「「…………」」

 私とカナタはさらに深くうつむいた。


「まだまだ、二人とも初心うぶねぇ」


 ルノンさんは多分頬杖をつき私達の様子を楽しむかのように見ている気がする。さすが大人の女性だ。私のようにキスの一つや二つで戸惑とまどっていることなんてあっさりと風を吹かせてくる。


 でもそこへ追い打ちをかけるようにフルーヴの思いもよらない一言が投下された。


「カナタって……かなり……むっつり……なんだね」

「な、なななな──⁉」


 カナタは一瞬顔を上げるも瞬時にまた深くうつむき赤面を隠していた。あの状況を皆知っているわけで否定できるはずもなく。私は少し同情の気持ちを抱いていた。そこへまたルノンさんがフォローしてくれる。


「もぉ、フルーヴいじめないの! あの時は私達も油断してたんだから、君にだって責任はあるのよ。さぁて、彼には明日から特別プログラムよ」

「とくべつぷろぐらむ……⁉」


 私は顔を上げルノンさんに向けてポカンとする。ルノンさんがニヤリと笑った。


「そっ!初心うぶな二人に、とっておきの


 こうしてカナタへの特訓は特殊なものへと変更された……。


─────


 その特殊訓練とは、まず、地獄死楼ジェイル・ヘルでカナタの身体を拘束する。


 その後、カナタのリミット解除。


 カナタの前でフルーヴが私と手をつないだり、抱き着いてきたりする。それを彼がひたすら自我を持ち耐えるという訓練へと変わった。私は何故かフルーヴに対しては抱き着かれたりしても以前の様に赤面する事もなかった。


「……なんだコレ」


 フルーヴが私の心の声を代弁してくれ。そして私達は呆れていた。でも、これで私の貞操ていそうが守られるわけで──。そこへルノンさんが溜息ためいき混じりにつぶやく。


「本当は、もっと魔法で暴れまくってほしいんだけど、今のままじゃぁ、イトアちゃんの身体がいくらあっても足りないしぃ……」


 物騒なことをさらりと。私の背筋が凍る。


「彼にとってイトアちゃんを独占したい、守りたいっていう気持ちにあの悪魔が入りこんでいるのよ」


 でもこれは私の訓練にもなった。カナタの身体を拘束する魔法、「地獄死楼ジェイル・ヘル」は私が具現化していた。ルノンさんと違って魔力が足りない私は、この魔法を具現化している間はその場を動けない。


 そしてカナタも大人しくしてくれてはいない。彼がもがく程魔力が削られていく。術が解かれそうになると今度はフルーヴと交代する。すると私はただカナタの前に立ちすくむという奇妙な光景に変わる。


 カナタは鎖で拘束されていてももがき苦しみ、それでも私に向かって切ない表情を見せ手をかざしてくる。当初は若干引いていたものの、その一途な姿に途中からはどこか切ない気持ちまで生まれていた。


 彼の下心はあるものの、私を守る為に暴走しているなんて……。

 そんな気持ちに答える事が出来ない私。


 目を逸らしたくなる……そんな気持ち植えつけないでよ、カナタ。彼の苦しみがまるで伝わってくるようでその手を伸ばしてしまいそうになる自分を叱咤した。


 でも日を追うごとに彼の執心は制御が付くようになっていった。すると今度はこの特訓の核である主導権を自分が握る訓練に移行していった。


─────


 連日の特訓が続き、とある雨の日。その日、練習がお休みとなった。カナタは疲れていたのかその日昼食を済ませると仮眠をとると言って部屋に戻っていった。


 私はルノンさんの自宅の玄関の階段に腰をかけ、エテルから毎日届く悲痛の内容の手紙に目を通していた。


 始めは少しだけ呆れていたけれど、何故だろう。どこかで毎日届くのが当たり前になっていて極端にいってしまえばその手紙を待っている自分がいた。習慣とは怖いものだ。


 雨の日にエテルの手紙に目を通す……。


 ふと、降りしきる雨の先を見上げてしまう。フルミネさんの事を思い出す。彼女はもうこの世界にはいないのに、それなのに私は呑気にエテルの手紙を読んでいる訳で。ぎゅっと心臓を掴まれるこの感覚。誰の気持ちが分からないけれどやり切れない想いを抱く。


 それにしても……トゥエルからは何の連絡もなかった。

 うぐ……ちょっと、いや、かなり寂しい。


「エテル……凄いよね」


 そこへフルーヴが私の隣に腰掛けてきた。


「ですね。いつも討伐とお城の仕事で忙しいはずなのに……」


 私は手紙を見ながら口角を緩めた。この優しさに心が温まる。そして丁度、フルーヴと二人きりということもあって、私はあの夜フルーヴと話した時から疑問に思っていた事を尋ねた。


「フルーヴは……討伐でもリミット解除しないんですか?」


 するとフルーヴは地の口調で。


「たまに討伐でどうしてもって時は、皆に気が付かれない程度に。二、三分だけで止めるようにしてる。僕……十分あるんだ」

「そんなに……⁉」


 私が目を丸くしていると何故かフルーヴが悲しく笑う。そしておもむろに自分のことを話し始めてくれた。


「僕がこのギルドに来る前は、パートナーとしてつるんでた人がいたんだ……でも僕のせいで被弾してしまって瀕死に……。だから、僕はあの悪魔と契約して命を取り留めることが出来た。すると彼は僕を敵だと思って斬りかかってきた。


その時の傷がこれ。契約の代償が左目だったからどうせ見えなくなっていたんだけど、追い打ちを掛けられたって感じだよね。……そして僕の前からいなくなった。──何処かで元気にしているといいんだけど」


 フルーヴは正面を向き雨の先を見ていた。


「そんな事が……」


 思いもよらないタイミングで彼の心の傷を知ってしまった私は、ただ静かに聞くことしか──。フルーヴは話しを続ける。


「自暴自棄になってた時、先生に拾われたんだ。僕があの時より力を制御コントロール出来るようにしてくれた。多分、先生はイトアとカナタがパートナーだからこんなに長い間、滞在させてくれているんだと思うよ。僕のこともあるしね」


 そして。


「僕は、カナタはイトアにとって最高のパートナーだと思う。君を愛する事、守る事をかてにしているんだから」

「……」


 私の為……。


 彼の強すぎる一途な気持ちがああさせている。そう思うと胸が苦しい。やっぱり私が近くにいることで彼を……苦しめているのではないだろうか。私はただ、笑っている彼を見ていたいだけなのに。これは私の単なるエゴなのだろうか。


 そんな事を考えているとフルーヴが素朴な疑問をぶつけてきた。


「なんで、恋人じゃないの?」


 私の肩が飛び上がる。そして汗を流す。


「えーっと……それはぁ……」


 私は上を向き頬をいていると。


「フルーヴ、そんなやわな事聞くもんじゃないわよ」


 気が付くと背後にルノンさんが立っていた。そして彼女は両頬に手をあて昔を懐かしむように。


「私も昔は二人の男から取り合いになられて大変だったわ」


 それを聞いたフルーヴが口を引きつらせた。


「確か、僕とあった時、逆に男の尻追いかけてたよね」

「あら、そうだったかしら」


 首をかしげしらばっくれるルノンさん。ポロリとフルーヴが零した。


「……美化って怖いね」


 いつもの二人のこのやりとりに私は「あはは」と苦笑する。さっきまでの胸を締め付けるような痛みが和らいだ気がした。そこへルノンさんが話題を変える。


「そう言えば、イトアちゃん、あの悪魔にお願い事しちゃったらしいわね」

「あ……はい」


 私は顔をこわばらせる。


「まあ、皆一度はするんだけどね」


 ルノンさんは何故か私にウインクを投げかけてくれた。ということはルノンさんも⁉ 私の中で疑問が生まれる。ルノンさんは静かに話し始めた。


「ここには大きな力を持つ者が四人もいるわ。決して一人じゃない。だからその孤独も理解することができる。力に頼りすぎてはだめよ。その為にリミット解除の練習をしないと。じゃないとイトアちゃんは対価を払い続けていきそうで心配だわ」


 ルノンさんにも何も話していないのに、彼女は私の心の中の不安についていてきた。彼女もまたフルーヴ同様、この孤独と戦ってきたんだ。


「……はい」


 私はかすかに吹く雨風を浴びながら、降りしきる雨を眺めた。


─────


 こうしてあっという間に一週間が過ぎていた。フルーヴは時々時間を見つけてはギルドに帰っていた。さすがにこんなにもお休みをもらって心配になった私はフルーヴにギルドの方はどうなっているのか尋ねてみた。すると──。


「大丈夫。二人の分、エテルやトゥエルが馬車馬のように働いているから」

「え……」


 さらっとフルーヴは言うけれど、私の顔がさーっと青ざめていく。私は初めてエテルの手紙の返事を書いた。そしてトゥエルにも。


 すると早速翌日にはエテルから長文の返事が届く。余程嬉しかったのかな。そう思うとなんだか優しい気持ちになった。そしてその手紙と一緒にトゥエルからの手紙もあった。私はかなり胸をときめかせドキドキしながら封を切った。


 でも手紙を開いてみると一言。



『早く帰ってこい、身体がもたない』



 そこへ物凄いタイミングでカナタが手紙をのぞき込む。

 私とカナタは顔を見合わせ。そして二人で苦笑した。


(続く)

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