第11話】-(好き。(カナタの気持ち)

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

奏多/カナタ〉主人公に想いを寄せる少年

トゥエル・男性〉ギルメン、主人公と相思相愛

──────────


(奏多/カナタ視点)


 あの日、僕は気が付いていた。

 とうとうこの日が訪れてしまった。紬の口から彼の名が出る事を。


 本当は、紬が自分の気持ちに気が付く前から僕は知ってたんだ。

 だって紬は呆れるくらいこういう事に疎いから。

 出来ればこのまま気が付かぬまま時が流れてしまってほしかった。


 僕はゆっくりと歩みを進める。この一歩一歩が苦しくて堪らない。

 僕が問いただすと君は言葉を詰まらせる。

 困らせるのは可哀想だな。だから答えを作ってあげる。

 君が不器用な事くらい知っているよ。


 僕だって怖かった。

 だから君の言葉を遮って最後に聞くと後伸ばしにした。

 練習中もこのことで頭がいっぱいで。

 破裂しそうな心の叫びを必死に抑えて平然を装う。


─────


 ふと思ってしまうんだ。


 僕だってあんな大胆な行動一つ一つが初めての事だった。


 心臓が張り裂けそうなくらいいつもバクバクとしていたんだよ?

 それでも振り向いてほしいという切なる思いだけを託して。

 でもあっさりと虚しいくらい砂の城のように風に散ってしまった訳だけれど。


 何故、僕じゃないんだろう、と。

 今も隣に君がいるのにその心がとても遠い。


 手が届かない──。

 切ない──。

 情けないな……と苦笑まで出てくる。


 君が大きな力を手に入れてから君の世界は大きく変わってしまったね。

 そんな時僕が出来ることはその手を握ってあげる事だけだった。

 そうするうちにも刻々と審判の時はきてしまう訳で。


 僕はその前に紬に贈り物を渡すことにした。


 これは僕の自己満足なのかもしれない。けれどこの小指のリングの意味を知った時、自然とこれだと思った。幸せを呼ぶというこの意味合いがどれだけ僕の心を慰めてくれたことか。


 そして僕の分の幸せを渡したっていい。

 これ以上何かを対価にしないように願いを込めて。


 紬はそういう人だろう? 

 大切なものが壊れそうになればきっとまた使ってしまうんだろう? 

 だからその時、このリングを見てほしいと思ったんだ。


 これが薬指だったらいいのに……なんて下心がうずく。

 小指にそっとリングを通す。

 感覚が無くなった小指にそっと口づけをしたんだ。

 これは僕だけの秘め事。


 目を開けた時の瞠目した君の顔、そして次の瞬間には憂いの瞳を見せる。

 僕の胸を締め付けていく。

 そんな顔をしなくていいんだ。


 右利きの君が左手を優先するその姿を見ることに、

 心の準備が進まなかったのは事実。

 彼女がリングを受け取っていいのか躊躇している。

 僕の気持ちを弄ぶんじゃないかと、自分の事よりも僕の心配をしてくれている。


 ああ、そんな所も凄く惹かれる。


 僕が大丈夫だと微笑むと君は安心して素直な気持ちを伝えてくれたね。

 今はそれで充分。


─────


 例え、君が悪女でいくら振り回されたって僕は構わない。

 いっそダンスでも踊ろうか。


─────


 トゥエルの名前を声に出した時の君の顔、密着した身体から伝わる動揺の鼓動。

 心の中が張り裂けそうだった。

 今にもその胸に飛び込んで泣き出してしまいたい。


 押し倒し、唇を寄せていった時、君の瞳はとても綺麗だった。

 君の瞳が僕との絆の先を見通してきた。

 そしてこんな浅はかな僕に向けて笑って見せた。


 僕を信じきったその瞳、断言する言の葉。

 額同士を当て自分の顔を隠す。


 本当に涙が出そうだったよ。

 悲しいのに嬉しい──。

 こんな僕を信じてくれてありがとう。


 これは僕だけが有する特別なものなんだと。

 僕と君だけの『絆』なんだと示してくれる。


 だから君の悲しむ顔は見たくない。僕は思いきり強がりを見せる。

 そして君が心配していたことを取っ払ってあげた。

 こんな事で僕が変わることはないよ、と。

 いや、僕がこんな事で離れることなんて出来ないんだよ。


 君の言いたいことは分かるよ。

 僕を苦しめているって言いたいんだよね。


 ──苦しいよ、つらいよ、切ないよ、悲しいよ。


 けれど自然と君のことを愛くるしいと思えるだけで、

 そんな事忘れてしまえるんだ。


 それに僕と紬の間には誰にも踏み入れない絆がある事を僕も知っている。

 この領域には決してトゥエルでさえ入りこむことは出来ない。

 だから紬は僕に命を預けるパートナーに選んだ。選んでくれた。


 誓うよ。君に欠けているところは僕が埋めていく。

 だからあわよくば君にも僕の欠けているところを埋めてほしい。


─────


 ねえ、紬は知っている?


 君には言えないけれど、確かに紬は僕に恋していた時間もあったんだよ。

 だから君の初恋の相手は僕だなんて勝手に思ってしまっているんだ。

 思うくらいなら許してくれるよね?


─────


 弱音を吐くと紬の心が僕の元に戻ってきてほしい。また僕の胸の中に。

 でも君の気持ちはあっという間に。

 突風が吹いただけなのに瞬きの如く奪われてしまった。


 君が一度目の死を迎えた時、

 あの瞬間からトゥエルに奪われてしまったのだろう。

 今でも歯がゆくて堪らない。あの時の僕には何もかも足りなかった。


 なのに、何故僕の為に対価を払ったのか、当初の僕には理解出来なかった。

 受け入れがたかった。

 だって君の想いは僕が想う好きじゃないのに。


 だから僕はたくさん君を傷つける言葉を並べた。

 だって僕が望む紬じゃないから。


 それから紬が僕の前から消えた。現実世界でも僕の前からいなくなった。

 僕だけが紬を独占できると勝手に思っていたことに気が付く。

 自ら遠ざけたのにひどく後悔した。出来るなら時を巻き戻してしまいたいと。


 エテルの所にいると知って気が狂いそうだったよ。

 惨めにも毎日足を運んでは城を見上げる。

 あの雨の日、僕から傘を手に取ってくれた時どんなに安心したことか。


─────


 ごめん、また紬に甘えてしまった。

 弱い自分が溢れ出してしまって、

 君の体温を欲しがりその身体を引き寄せてしまう。


 ──恋慕、哀愁、空虚。


 僕の行く先が黒い霧がかかったように真っ暗で見えないんだ。

 やっぱり、君の対価が僕には大きすぎて押しつぶされていく。

 僕の中で混乱するんだ。紬のその行動は僕への愛情なのではないのかと。

 違うのかと。


 そんな時、君が僕の心臓に手を当て自分の命はここにあるといった瞬間、僕の視界を覆う暗闇が木端微塵に飛び散った。


 まだ浅はかにも残っていた僕のプライドごと一緒に。そんなプライド捨ててしまえと笑って君は言うのだから。


 卑怯だな。


 花びらの様に甘い香気を乗せた愛情を僕の手のひらに乗せると、ぎゅっと握りしめさせてそれを離すなよと。僕のつまらなくて小さな悩みなんて吹っ飛ばしていく。この愛情が僕と形が違っていても構わない。


 離さないよ。離すもんか。


 あの小さくて儚く見えた紬が僕の頭を撫でて頬をすり寄せてくれた。

 そんな事今まで一度もしたことない癖に。


 息付きできなかった僕にまるで口づけをして空気を含んでくれたように感じた。

 真っ暗な海の底から紬は僕の身体をしっかり掴んで浅瀬に運んでくれた。

 自分で息継ぎが出来た時、確かに君は僕の隣で微笑んでくれていた。


 本当に好きだよ。



 もっと強く繋ぎとめていればよかったのかな。

 もっと強く抱きしめていればよかったのかな。

 


 それに、君はあの神に二択を迫らせた時、僕がいる世界を選んだ。

 君の気持ちは分からない。怖くて聞けない。でもとても嬉しかったのは確かで。


 だから僕は君に恩返しをすることにした。


 少しでも君が愛する人と一緒にいられる道を考えてあげた。こんな言い方おこがましいのは分かっている。けれど僕は悔しいけれど君が苦しむ顔を見るのが何より嫌なんだ。


 君の気持ちを奪い返すつもりなのは本心だ。

 僕しか幸せにしてあげられないと今でも思っている。

 でもどこかで君が恋をして輝いている姿を、

 綺麗に思ってしまっている自分もいるんだ。


 でも僕は諦めないから──。

 君はきっと最後には僕の胸の中に返ってくるから。


 ねえ、

 

 紬は初めて僕の魔法で二人、空に浮かんだことを覚えているかな?

 君は空を仰いで涙を我慢しながら儚く微笑んでいたね。

 僕はあの時の顔が忘れられない。


 君の心と同調した気がして思わず一瞬だけ目を逸らしてしまった。

 僕も同じことを考えていたんだ。

 あれが引き金トリガー



 君の心の中が曇り空になったのなら。

 雷鳴が鳴り響くのなら。

 雨が降りしきるのなら。

 僕でよければいつでもまたあの空を一緒に見に行こう。



─────


(紬)


 私は天を仰ぐ。

 目を細めて蒼の先を覗く。

 すると。

 恋した先で世界は私に無邪気に笑ってみせた。



(第1部 完結)


──────────


ここまで読んで下さりありがとうございます。

これで第1部完結となります。

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