第09話】-(交渉

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

ギルメン〉エテル、奏多/カナタ、ユラ、トゥエル

フェテュール〉異世界の創造主

──────────


(エテル視点)


「行ってしまうんだね」

「どうしてっ──⁉」


 彼女は驚いた様子で僕の瞳を見て真意しんいさぐる。

 毎朝、ここで待っていたなんて言えない。

 そんな情けないこと言えるはずもなく。


「…………」

 彼女は沈黙を貫いた。


 僕はイトアの頬に手を添える。

 これまで頬を赤く染めあげていたあの彼女がいない。

 僕はフッと笑みを零した。


 少女の狭間はざまを揺らめいた君もつぼみほころぶことが出来たんだね、と。

 そして彼女は目を細め僕を背にして歩いていく。

 もしここで振り向いてくれれば僕は……君を奪いに行くことが出来る。


 どうか振り向いてほしい。

 振り向いて。

 ……振り向いて。

 …………振り向いて。


 彼女の背中が小さくなっていく。

 どうか、振り向いて。


「うぅ……」


 僕はうつむき目をつぶる。肩を震わせた。

 溢れる涙に嗚咽おえつを漏らす。

 そこへポンと背中を叩く者がいた。隣にユラがいた。


「ひでぇよな。お前に挨拶もなくいっちまうだなんて」

「仕方ないですわ」


 反対側にはいつの間にかトゥエルがいた。


「男が泣くなんて笑ってくれ」


 イトアが去っていった先を見つめながらユラはつぶやいた。


「……そんな事言わねぇけどさ」

「全く、花束のような子ですわねイトアは。つぼみから綺麗に咲誇さきほこって、枯れる前に風に花びらをまき散らして、残り香だけ残していく」


「うぅ……」

 僕はまたうつむき涙をこぼす。


─────


「ていうか、エテル、お前は大袈裟おおげさなんだよ。イトアはまた隣町のフルーヴの師匠のところに行っただけで」



「何を言ってるんだっユラ‼ 今度はカナタが一緒に行っているんだよ? 一つ屋根の下、何か間違いがあったらどうするんだいっ⁉ 僕はもう心配で心配で……」



「エテル様、前からうっすらと思ってましたけど、あなたバカじゃありませんこと?」

「そうだよ。二人きりじゃないだろ。フルーヴにその師匠もいるんだ。それにカナタのリミット解除の為に行ったんだ。そんな暇なんかあるか」


 イトア、どうか無事で……。



★ ★ ★



(紬/イトア視点)


 私より先にフルーヴとカナタが城壁の門の前で私を待っていてくれた。


「今回は黙ってきてよかったんですか?」

 カナタが私に尋ねてくる。


「うん。ユラとトゥエルには事前に言ってきたから。エテルに言うと何かと面倒なことが……」

 私は頬をき苦笑いを浮かべた。


「どこで情報が漏れたのか結局エテルにはみつかっちゃったんだけど」


 エテルに頬を触れられた時、私はあまりに大袈裟おおげさな態度にどう反応すればいいのか分からなかった。まさかとは思うけれど、毎日、拠点ホームの玄関で待っていた訳じゃないよね?


「こういう事に関してエテルは勘が鋭いところがありますからね」


 私がそんな事を考えているとカナタもあきれた顔をして話しかけてきた。


「……そろそろ……行こう」

 フルーヴが既に馬車の窓から呼んでいる。


 私とカナタは、顔を見合わせうなずくと馬車に乗り込む。

 朝日を浴びながら私達を乗せた馬車は歩みを進める。



★ ★ ★



──これは出発から数日前の出来事。


 私達は力の有効期間の一年が立とうとしていた。


 フェテュールを呼び出す。というか紋章を触った時に彼女に会いたいと願うと簡単に創造主は姿を現してくれた。そして隣には奏多がいる。


「さて、選択は決まったかしら?」


 彼女には珍しく軽いノリの幼女ではなく、女神の瞳で口調で話しかけてきた。


 そこは王座の間と呼ばれるに等しい場所だった。豪勢に装飾された部屋。王の謁見えっけんの間に私達は立っていた。中央に座した大きな白いソファーにフェテュールは悠々と座っていた。


 私達はそのソファーから敷かれた赤い絨毯じゅうたんの上に立っている。フェテュールの他に人はいなかった。彼女は普段はここで世界を見下ろしているのだろうか。その姿が、漂わせるオーラが、彼女が創造主であることを知らしめていた。


「その前に僕達から提案があります」

 奏多が口火をきる。


「提案? 何かしら?」


 フェテュールが唇に人差し指を当てあごを上げ睥睨へいげいしてくる。彼女がそんな表情を浮かべるのは初めての事で私に緊張が走る。私達は顔を見合わせ、そして奏多が真剣な眼差しで女神に異議を唱えた。


「もう一年の力の有効期限の延長を希望します」

「──⁉」


 フェテュールの顔色がわずかに変わる。王座のそばに置かれたテーブルにある飲み物に一口、唇を添えた。そして足を組み目を細め静かに問う。


「その見返りは? もちろん用意しているのでしょう?」


 首をかしげ退屈をもてあそぶかのように奏多の言葉に興味を示す。


 私は背筋に冷たいものを感じた。


 今まで感じた事はなかったけれど、間違いなくフェテュールは私達とは次元の違うところに位置する存在であることを身体に刻み込まれる。それに臆することなく奏多は堂々と凛々しく言葉を述べる。


「僕達の命を一つ分捧げます。その変わり僕達の願いをそれぞれ叶えて欲しいんです」

「へ─……その願いは何?」


 女神はニヤリと口角を上げた。


 私は言葉に詰まった。すると奏多は私の右手を握ってくる。言葉にするようにと迫ってくる。私は奏多の方に振り返った。彼はうなずくと優しい眼差しで微笑んでくる。


 私はたどたどしく小さな声でつぶやいた。

「私は……二人の一年の期間の延長を……希望します」


 それに続けて奏多が静かに言葉を続ける。


「僕は残りの命一つ分を紬に移行してもらいたいんです」


(続く)

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