第08話】-(二人だけの絆

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉トゥエル、ユラ

──────────


「紬になぐさめてもらう日がくるなんて……女性は強いですね」


 彼は悲しい声で笑う。


「そうだよ。こう見えても一度死んでいる人間は強いんだよ?」

「それ、なんの根拠こんきょにもなっていませんよ」


 良かった。息継ぎが出来たんだね。

 カナタのいじけた声が聞こえた。

 カナタには見えないだろうけど私は微笑んだ。


─────


 そしてもう片方の手のひらでカナタの頭を優しく撫でた。

 カナタの頬に自分の頬を添える。



「そんな暗い所にいないで。カナタがおぼれそうになっていたら、何度だって私がまた引き戻しにいくから」



 これは、本当の気持ち。


 カナタが苦しんでいるなら私が絶対に助けにいくから。今は私がカナタをおぼれさせているというのに。この葛藤かっとうと私は戦っていく。あの力で救い出せるのなら何度使っても構わない。みんなには嫌という程怒られてしまうだろうな。


 でもあなたはそういう存在なんだよ。


─────


「紬……」


 カナタの悲痛な心の響きがかすかに聞こえた。

 私もカナタの肩に頭を預けた。


「私だって怖いよ……こんな力を手に入れてしまって。最後には化け物になってしまうのかな」

「そんなこと、僕が絶対にさせないっ」


 カナタは私の言葉をさえぎり力強く否定してくれる。


「……ありがとう」


 私はその言葉に心を打たれ涙ぐむ。


 私とカナタの間には恋愛という枠では決してくくれない大きな絆がある。


 それは同じ境遇ということも含まれているけれど。これまでカナタが幾度となく私を明るい場所へみちびいてくれたように。多くの時間を共にしたとうとい時間。この絆は決して途絶えない。



 ─友達? いや違う。

 ─家族? それも違う。

 ─恋人? ……それも違う。


 悪く言えば戦友。

 良く言えばソウルメイト。


 ともすれば時として彼は恋人以上の位置にいるのかもしれない。



 でもトゥエルとの事がなければ私はこれをきっと恋と呼んでいただろう。

 誰にとがめられても構わない。八方美人と軽蔑けいべつされても構わない。

 優柔不断? そうだね。私は嫌われない都合のいい位置にいることだろう。


 それでも構わない。


 彼にはただ、いつも自信満々に笑っていてもらいたい。


「トゥエルに教えて貰ったの。せいは失い続けおぎない続けるものだって。だから……」

「……」


「……あ」


 私は調子に乗ってカナタの地雷を思いきり踏んづけてしまった。でも沈んでいたカナタが息を吹き返した。彼がフッと笑った気がした。


「なかなかの挑戦状ですね。トゥエルは紬の前ではそんなまともな事を言うんですね。僕の事はゲス扱いですけど」

「あはは……ごめん、カナタ」


 そっとカナタの顔を伺うと彼の表情はむくれていた。内心はとても安堵あんどした。けれどそれを彼に向けることは出来ない。私は意地悪をよそおい彼をふるい立たす。


「可愛い」

「なななっ⁉」


 するとカナタは私を自分の身体からバッと離すとわたわたとしながら後ずさりしていく。明らかに動揺している。口元に手を置き赤らみを隠す。


 私だってもうそれぐらい分かるよ。

 どうすればカナタが手を離してくれるのか。

 私は起き上がりカナタに手を差し伸べる。


「カナタ、帰ろう?」


 カナタはうつむきその手を握り返した。


「紬……本当に強くなりましたね」


 トゥエルへの気持ちに気が付いてしまった今でも私のパートナーはカナタであるという気持ちは変わらない。


 カナタの好きと私のカナタへの好きという気持ちは違う。

 けれどカナタに拒否されるまでは私は彼に命を預け続けるだろう。

 ここまで私を強くしてくれたのは誰でもないカナタなのだから。


 人生は矛盾だらけなのかもしれない。

 一言で片付けられるものの方が少ないのかもしれない。


 この、アンバランスな関係が崩れるその最後を見届けるまで私はカナタのそばにいようと思う。いつかカナタの事を大切に想ってくれる人が現れればその時は祝福しようと思う。私が障害になっていたらその時はいさぎよく離れる覚悟もできている。


 だって、カナタは……。



 ──それから数日経ち。


「……予想通りですよ。で、どうなればこんな豪勢ごうせいに仕上がるんですか?」

 カナタが口を引きつらせながら問う。


「あはは、これはその……」


 あれからトゥエルの部屋におもむくと、彼はすぐさま小指の変化に気が付き一言。

「なんだこの貧弱なリングは」


 私の右手をつかみ薄目で凝視ぎょうししてきた。

 その足でずるずると街の宝石屋さんに引きずられ。


 私の小指のリングが二連となす。


 そして輝きを増した小指はすぐにエテルの目にも止まる訳で。

 彼は顔を真っ青にしたかと思うと満面の笑みで。


「カナタとトゥエル、いい度胸しているね」


 その足でずるずると城にひきずられ。


 何かよく分からない人とあーでもない、こーでもないと二人で会話していたかと思うと、ブレスレットを仕立ててくれた。オーダーメイドされたそのブレスレットは特殊な作りになっていた。


 ブレスレットからリングにつながる様にシルバーの鎖がつながれ、感覚がなくなった私の小指からリングが落ちないように留めるようなデザインに宝飾されていた。


 最終的にこの三点で一つの装飾品に形を変貌へんぼうしていたのだ。


「で、でもっ、可愛いよ?」


 苦し紛れに私が笑う。


「まあ、想定の範囲ですけど。紬が満足してくれているのならそれが一番ですよ」


 と、あきれるというか、もはや感心した様子のカナタは笑って納得してくれた。



★ ★ ★



 そして私は約束通りユラにこの一連の出来事を打ち明けた。


「……」


 とりあえずユラはまず絶句した。


「イトア、マジであの男か女か分からないトゥエルの事が……?」


 私は頬を赤らめながら小さくうなずく。


 部屋のテーブルの対面に座っていたユラの顔が蒼白そうはくしている。ユラはいつもの様に頭の後ろに手を組み天井を見つめていた。そして私の方に視線を向けるとしょうがないなという心の声が聞こえてきそうな顔で微笑む。


「あいつは私とイトアで部屋に押しかけたあの日から変わったよ。それまではただの性悪女しょうわるおんなだと思ってた。昔のトゥエルからでは考えられないな。今は仲間を大切にするし、人をいつくしむようになった。そういう風に変えたのは間違えなくイトアだよ」


 私は恥ずかしくなってさらに頬を赤くした。

 それをみてユラが大きく笑う。


「ユラ、そんな笑わないでよ」


 私がむくれると、ユラは笑いをこらえながら。


「あはは。ごめん、ごめん。今は私もあいつのことは嫌いじゃないよ。だから、これもありかなって」


 私たちは顔を見合わせて笑いあった。


 そうだよね。私とトゥエルの初対面は最悪だった。

 下手すると私はギルドから追い出されそうになった。

 選定試験の時もまんまとめられた。

 いつも高飛車たかびしゃ傲慢ごうまんで私を見下みくだした態度で。


 でも何故か私が一度目の死を迎えた時から彼は確実に変わっていった。


「私はてっきり、カナタとひっつくと思ってたんだけどな」


 ふとユラがつぶやいた。

 私は笑いながらも心が痛んだ。


 今なら分かる。

 私も心の中ではどこかでそう思っていたのだから。

 そんなことを余所よそにユラが釘を刺してくる。


「まあ、エテルにしてもカナタにしてもあいつらしつこそうだから、そう簡単には引き下がらないだろうな。ましてはトゥエル相手なんだから」


 私は静かに苦笑いを浮かべた。


(続く)

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