第04話】-(愛する者?

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

フルミネ〉人食らいになってしまった少女

ギルメン〉トゥエル、エテル、ユラ、フルーヴ

──────────


(客観的視点 続き)


 ワルキューレが正面からフルミネの心臓を狙い突き刺そうとする。それに合わせてエテルもフルミネの後方に周り急所を狙い切っ先を向ける。ギリッという噪音そうおんが鳴り響く。


 フルミネは円月輪を前後に構え二点からの切っ先をその刃で受け止めていた。その衝撃に彼女の周囲の地面に亀裂が入る。フルミネの腕の筋肉に筋がう。


「甘いわね。軽いっ‼」


 フルミネがせせら笑う。そして逆にその剛力ごうりきで二人を吹き飛ばした。ワルキューレは大木二本をへし折りながら着地する。


「……くそっ‼」


 エテルは空中で回転しその衝撃を和らげ着地しにごり声を漏らした。地面に水しぶきをあげ足元が削られていく。


─────


 フルミネは静かに二人が吹っ飛ぶ有様ありさまを眺めていた。皆から向けられる敵意にまるで心を打ち震わせ歓喜かんきするかのようにニヤリと口角を上げる。そして肌に張り付いた黒髪を背中に振り飛ばし睥睨へいげいする。


「この手応え、たまらない。抵抗する人間を屈服くっぷくさせるほど興奮することはないわ」


 そしておもむろにエテルに問う。


「エテルももう大人だし。愛する者の一人ぐらいはできたのかしら?」

「何を急に……」


 この不意の問いに一瞬エテルがイトアに視線を向けてしまう。それをフルミネは見逃さなかった。


「うふふ。私、人が絶望する瞬間を見るのも大好きなの。死を目前もくぜんにした恐怖の顔、愛するものを失う瞬間の顔、いつ見てもぞくぞくしちゃう」


 よだれを拭き取るように手のこうを動かす。


「フルミネ、まさか……やめるんだ‼」

「私、エテルのその顔が見てみたいっつつつつ‼」


 フルミネの瞳がキラリと怪しく光ったかと思うと笑いながらイトアに向かって滑走かっそうを始めた。エテルとワルキューレが瞬時に立ちふさがる。


 フルミネは、エテルの振りかざした大剣を飛躍して回避したかと思うとその刃に手を添え前転しながら前へ進む。エテルが振り返る頃にはフルミネは両の円月輪を投擲とうてきした。ただ彼女一直線に。


 詠唱をしていたイトアが気づくのに一瞬の間があった。イトアの瞳孔は開き恐怖からその場に立ち尽くした。


 ──ガンッ‼


 イトアに向かって猛獣のように襲ってきた二つの円月輪をワルキューレの剣が弾いた。ワルキューレは先回りしてイトアの元に疾走しっそうし彼女を死守ししゅする。


「こちらはわたくしが封じますわっ‼ エテル様は目の前に集中をっ‼」

「トゥエル、すまないっ……助かった」


 その光景にフルミネの肩眉が吊り上がった。そして目を細めさげすむ。


「あら、ナイトさんが沢山いるのね……」

 一変して目を見開き髪を逆立て熱せられた身体から水蒸気を立てながら。


「あんな小娘こむすめに……許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 血がしたたるほど親指の爪をガシガシと噛みくだく。


「気に入らない……許さないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」


 フルミネの狂った音が爆発する。


 彼女の身体からさらに蒸気が立ち込め長髪が宙を舞う。そして今度はエテルに向かい大きく飛躍し襲い掛かる。自我を忘れたフルミネの動きが格段に速くなった。防御を捨てた攻撃。


─────


 フルミネは飛躍すると円月輪をエテルに向けて頭上から振り被り、もう片方の腕はエテルの腹部をき切れるように構えている。


 エテルは瞬時に刀身をその二点からの攻撃を受け止められるほどの大きさに形状変化しなんとかその場をしのいだ。その剛力ごうりきに足が後方に削られていく。


 瞬刻しゅんこく、フルミネはその円月輪を捨て身体一つでエテルの背後に回り、勢いで前のめりになるエテルに向かって身体の回転を使い回し蹴りをお見舞いする。


「ぐふっつ‼」


 エテルは近くにあった大木に側部から激突した。と同時刻、隙をつきワルキューレがフルミネの背中を斬りつける。


 深く食い込んだ傷口から血しぶきを上げながらもフルミネは気にする様子もなく、振り返りざまにワルキューレに向かって両手に瞬時に円月輪を具現化し大きく投擲とうてきした。そしてワルキューレの両肩をざっくりと切り裂く。


「──っ⁉くっ‼こんな傷ごときで……」

 今度はトゥエルのにごり声が漏れた。


 ワルキューレと同調シンクロしたトゥエルには痛覚も感じることができるようだった。両肩を斬られたトゥエルは顔をしかめるもその舞を止めることはなかった。



 ──『霹靂逸散トネール・ファレン



 暗雲あんうんから魔法陣が出現し龍のごとく一筋の稲妻がほとばしった。前衛の二人が足止めをしている間に体制を整えたフルーヴとイトアが次に具現化したのは、落雷らくらいの魔法。それは不意をつかれたフルミネの脳天のうてんに直撃した。雨に感電したフルミネの身体が硬直し震える。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ‼」

「今だっ‼ エテル仕留めろおおっ‼」

 ユラが合図を送った。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 体制を整えたエテルは鋭い眼光がんこうをフルミネに向け一直線にフルミネの真正面から剣の切っ先を向け疾走しっそうする。フルミネの左胸の中心にまさに切っ先が触れおうとした瞬間──。


 エテルの身体がピタリと止まる。

 一同の視線がエテルに刺さる。


「エテル……」


 先刻せんこくまでの化け物の形相ぎょうそうから一変し、儚げな瞳でエテルを見つめるフルミネ。


 二人の視線が重なる。


「フルミネ……」


 エテルの瞳はあわれみに包まれ、苦渋くじゅうに満ちた顔色に変わる。その儚げな瞳にエテルが過去を回想しているような間が起きた。


「何してるんだっ‼ 術が切れるっ‼」


 ユラのその声に我に返ったエテルはフルミネの左胸目がけて切っ先を向けグサリと突き刺した。次の瞬間、フルミネのけがれた瞳が不敵な笑みを浮かべた。そしてエテルの腹部に蹴りをいれ間合いをとる。


「ぐふっ‼──なにっ⁉」


 エテルは、後方に身体ごと削られなんとか踏みとどまる。腹部をおさえながら二歩、三歩と後ずさりし顔をゆがませる。


「急所を外したっ⁉」

 フルミネの様子をみてユラが察する。


 しかしそこへ追い打ちをかけるように透かさずワルキューレが「今度こそは」とその心臓の中心に狙いを定めてきた。


 ──その時。



「待ってくれええええええええええっ‼」



 フルミネに駆け寄りかばうように両手を広げエテルが両者の間に立ちふさがった。豪速のワルキューレはその勢いで前のめりになりながらも急停止した。その切っ先はエテルの心臓にあと数ミリのところで止まっていた。


 フルミネは顔をぐしゃりとしかめ、その隙をついて逃走を図った。数秒の間のことだった。このエテルの行動に驚愕きょうがくしその場に立ち尽くす一同。


「なんで邪魔しやがるっつ‼」


 ずかずかと地面を鳴らしユラが即刻エテルの元に訪れ、これでもかというくらい目を吊り上げ胸ぐらを思いきりつかんだ。


 しばしの沈黙の後。


「……ごめん」


 無抵抗のまま腕を垂らしエテルは前髪で瞳を隠しユラから顔をそむけ、唇を噛みしめ謝罪した。ユラはエテルを跳ね飛ばし、エテルは腰をついたまま動かなかった。


(続く)

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