第05話】-(雨宿り。そしてエテルの正体

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

フルミネ〉人食らいになってしまった少女

ギルメン〉トゥエル、エテル、ユラ、フルーヴ

──────────


(紬/イトア視点)


 日もすっかりかげり体力を消耗した私達は明朝みょうちょうフルミネさんを探すことにした。夜での戦闘はが悪いと判断したからだ。


 持ってきていた荷物から簡易のテントを張り、雨をしのぎながら焚き火を起こす。いつ奇襲がくるかわからない為、順番で火の番をすることに。


 私たちは火を囲み気まずい雰囲気だけが漂う。雨音と火が焦げる音だけが喋り続ける。私はさっきのエテルの行動に動揺し、またわずかな同情をしていた。そこへトゥエルが話題を変えるかのように口を開いた。


「エテル様、ロイ家の人間だったのですわね」


 火に照らされ顔をだいだいに染めたトゥエルがエテルの正体をあばいた。その言葉に観念したエテルが静かにうなずく。


「うん……」

「あの、ロイ家って……⁉」

「この国の王族しか持てない姓のことよ」


 話の内容を理解できなかった私は、トゥエルからの一言に瞠目どうもくした。エテルが王族の人⁉ 続けざまに言葉をつらねる。


「え⁉ じゃあ、エテルって王子様なんですか⁉」

「いやいや、そんな高貴こうきな立場には立てないよ。だけど、冒険者は二十歳までと決められていてね。それからは城に戻る約束なんだ」


「え……」

「そんな事情がおありだったのですわね」


 私はこの突然の告白に絶句してしまった。


 そして以前中庭でエテルと会話した内容を思い出していた。「座っているよりも動いていたほうがいい」と言っていたことを。これはそういう意味だったんだ。あの時は分からなかったけれどこれで合点がってんがいった。


 ユラはさっき仕留められなかったことにまだ苛立っていた。私達とは少し離れ、火の光が届く近くの木に背中を預け腕を組む。会話には入ってこなかった。フルーヴは、いつものことだけれど、ただ黙って聞いていた。


─────


 そしてエテルはフルミネとの出会いについてポツリポツリと話始めた。


「フルミネと出会ったのは僕が十歳の時だよ。その時、城の者と狩りに来ていた僕は森に迷い込んでしまってね。そこで出会ったんだよ」


 エテルは焚き火にまきを足す。その瞳に焚き火の炎が映し出されていた。


「僕たちは友達になって、しばらく近くの村で滞在していた僕はその森に通うようになった。フルミネは僕に色んな魔法を見せてくれたよ。とても魅せられたよ。でもそれが家の者にばれてしまってそれからここには足を運んでいない」


 そして、とつむぐ。


「元から人と魔女は関わりを持つことを禁止されている。森の番人として生をまっとうしているものだと思っていた。なのに……」


 エテルの顔色が変わる。

 苦渋くじゅうに満ちたその表情は最後の言葉をつなげられないまま。


「魔女ですって⁉ ということは……」

「そう、闇堕やみおちしてしまったんだと思う」

闇堕やみおち⁉」


 私はまた置いてきぼりになってしまった。それまで無言をつらぬいていたフルーヴが補足する。


「負の力に負けて……取り込まれ……中には魔獣化する者……もいる」

「ほとんどの場合、何か引きトリガーになる出来事があったはずですわ」


「あの姿……一体何があったというんだっ⁉」

 顔半分を手で隠し顔をぐしゃぐしゃにするエテル。


「エテルに仕留められるのか?」

 それまで黙っていたユラが冷たく突き放す。


「…………」


 エテルはうつむき押し黙ったまま無言をつらぬく。


「そんな甘いことではこちらが死んでしまいますわよ」

 トゥエルがさらに追い打ちをかけた。


 ユラとトゥエルの言葉は正しい。私たちは彼女をほうむりにきたのだ。この辛い現実に私などが入り込む余地などなく私は黙って聞いていることしか出来なかった。


 しばしの沈黙の後。


「分かっている。次こそは……これは僕がケリをつけてあげたい。そして終わりの時も」


 エテルは項垂うなだれ、自分に言い聞かすように言葉を絞り出した。


―――――


 その後、私たちは二人が火の番を。残りの三人がテントで休むことになり時間制で交代することにした。まずはエテルとフルーヴが火の番。私とトゥエル、ユラが仮眠させてもらえるようになった。


 簡易のテントは一応開け閉めできる入り口はあったものの、足をやっと延ばせられる程の幅で。三人となるとぎゅうぎゅうになるくらいの小さなテントだった。テントに入るやいなや一番にユラが真ん中を占領する。


「じゃあ、私はここな」


 トゥエルが何か言いたそうにしているのをさえぎって。


「当たり前だ。お前男だろうが」


 トゥエルに指をさしユラが不審な視線を向ける。それを聞いたトゥエルが反論する。


「失礼な。こんなところで襲うような野蛮やばんなことしませんわ」


 このやり取りに私は空笑いを浮かべる。私たちは川の字になって身体を休める。程なくしてユラの寝息が聞こえてきた。この状況下でもすぐに眠ることが出来るユラに私は驚嘆きょうたんした。まあ、ユラらしいといえばそうだけれど。


 私はというと、ユラから背を向ける体制でフルミネさんとの戦闘について思い出していた。目をつぶると苦渋くじゅうに満ちたエテルの顔が思い浮かぶ。自分のしたっていた人を手にかけないといけないなんて。


 なんて残酷な事なんだろう、と。それでもエテルは自分の手でほうむるというのだ。私ならできるだろうか。


「エテル様の事を考えてますの?」


 背中越しからトゥエルが私を思考から呼び覚ます。


「……うん」

「まだ迷いはあるみたいですけど、彼ならきっと覚悟を決めますわ」

「トゥエルはエテルのことよく分かってるんだね」

「ええ、付き合いも長いですし、背中を預けてきた仲ですからね」


 そして「彼はあなたが思うよりずっと強い」と、トゥエルは答え仮眠に入っていく。明日で決着をつけなければ……。複雑な気持ちを抱きつつも私も仮眠をとることにした。程なくして私は眠りにつく。


 そして──。


 目を覚ました私はすこしずつまぶたを開けていくと。目の前にうっすらと誰かの顔が見えてきた。あれ? 確か私はすみっこに位置していたはず。そこに誰かいるはずはないのだけれど……。


「──っ⁉」


 私の視力が戻りその顔の主が見えてきた。私はもう少しで飛び上がるところだった。エテルがひじをついて横向きに寝ながら私を見ている。


(続く)

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