第11話】-(甘噛み

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉トゥエル、エテル、フルーヴ、他

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 幸いというか胸元に私が手を置いていたので胸元をじかに触られることはなかったわけだけれど。そんなことはどうでもよくて。


 私はまばたきが止まり思考も止まり頬を赤らめ、とてもじゃないけど振り返る事が出来ない。だって振り返るとカナタの唇がすぐそこにあるのだから。私が混乱と羞恥しゅうちする中で頬を密着したカナタが耳元でささやいてきた。


「本当の本当に何ともないんですね、身体?」


 カナタは上着に染み込んだ血痕けっこんをまだ気にしていた。私はうつむいたままたどたどしく返事をする。


「うん……もう血も止まっているし……大丈夫」


「よかった……紬?」

「うんん?」


 しばしの沈黙の後。カナタの吐息といきが耳にかかり。


「こんな姿……困ります」

「え⁉ 違っ‼ だって⁉」


 私の肩は飛び上がりあたふたしながら言葉にならない音を発する。カナタにこの姿を見られたことが恥ずかしくてたまらない。しかも抱きしめられたこの状況で。


 するとカナタは今度は冷たい声色に変わり。


「それに……紬は朦朧もうろうとしていたかと思いますけどトゥエルに唇を奪われました」

「へっ?……あ」


 私は間抜けな返事をしながら遠くの記憶の中から手繰たぐり寄せ、そして思い出した。あの時はカナタの言う通り意識が朦朧もうろうとしていたけれどやっぱりあの出来事は現実だったんだ、と。


 私はトゥエルと……。顔は大赤面するのにカナタからの一言で私は冷や汗を流し目が震えた。



 カプッ。



「──っ⁉」

 私がトゥエルとの事を思い出していると耳元に柔らかくて固いものが当たる感触に見舞われる。


 え⁉ 今の何⁉


 数秒後、私はさらに大赤面の中で理解する。

 カナタは、私の耳たぶを甘噛あまがみしたのだ。


「今……もしかして噛んだ?」

「はい。噛みました」

 私の間抜けな質問にカナタは即答した。


 私の心臓が脈打つごとに身体もわずかに揺れた。


 えええええ⁉ なんで⁉


 心は饒舌じょうぜつに話しかけてくるのに外には発せられない。私はうつむいたまま動けず。カナタがこんな事をするなんて。困惑こんわくしている私にカナタはさらに追い打ちをかける一言を放った。



「僕だって……我慢しているのに」



「──⁉」


 そう言うとカナタは、無抵抗むていこうな私の様子をみてまた耳たぶを口に含んできた。


 私の身体の感覚が耳に一点集中する。

 カナタの腕の力が強くなり私の身体も心もきつく締め付けていった。


 舌が私の耳の輪郭りんかくをなぞっていく。

 そして舌先がゆっくりと中に入ってくる。

 唇に耳たぶが挟まれ舌で回されていく。

 吐息と舌がいずり回る音が耳に響いていく。


「ひゃっ‼」

 私はぎゅっと目をつぶりその度にうわずり、思わず肩が飛び上がってしまう。


 いつものカナタじゃない……。


 自分でも不思議な気持ちに襲われた。羞恥しゅうちと恐怖あとこれは……。そこにカナタは私が失神しそうな一言を投下する。



「紬、ごめんなさい。僕の理性が飛びそうです」



 私こそ違う意味で理性が飛びそうだ⁉ 

 ……やめて、カナタ。

 この状況に私は何も出来ないまま、ただ翻弄ほんろうされていくばかりで。



 ──コツッ。



 私の危機的状況にこのヒール音が甘ったるい空気を切り裂いてくれた。


「あら、こんなところにもゲス吸血鬼がもう一匹おりましたわ」


 顔を上げるとトゥエルが扇子せんすで口元を隠し目を細めカナタに軽蔑けいべつするような視線を向けている。そしてなぜか指を鳴らそうとしている。これは……ユラに以前教えてもらっていたけれどまさか「無詠唱」を使おうとしているのだろうか。


「本当だ。いけない子だなあ」


 トゥエルの背後にはこれもまた冷たい視線をカナタに向けるエテルの姿があった。


 カナタに抱きしめられている姿、耳元にされていること、全て見られた。しかも片方は薄手のシャツ一枚で、もう一方はワンピースからうっすらと透けるあられもない格好で。


 私は羞恥しゅうちの極みに達しようとしていた。身体中が燃え上がり大量に流れる冷や汗。ともすれば、私が襲われそうになっている光景にも二人には見えているかもしれない。


 いや、半分は当たってるかもしれないけれど。


 それに私にはこれから二人がしようしていることがおおよそ検討がついていた。透かさずトゥエルが声を荒らげ手をかざす。


業火ごうかの炎に焼かれておしまい」


 私が思慮しりょする間にトゥエルがパチンと指を鳴らし魔法陣が浮かび上がっていく。満面の笑みを浮かべながらエテルも刀身とうしんを巨大化する。


「トゥエル、エテル、待ってぇえええ⁉」


 とりあえず誤解を解かなくては。この場を収めようと二人の攻撃を阻止するべく私は必死に両手をわたわたと振り声をあげる。この格好で弁解べんかいの余地もないけれど。


「トゥエルには、言われたくないですね」


 一方カナタは挑発的な言葉をトゥエルに向けていた。彼は私から手を離し、その場に立ちあがると。してやったりという顔でひょうひょうとしている。


 うぐ……カナタが本当にたくましくなってきている。


 敵対てきたいする二人と一人。


 私はこの状況におろおろする事しか出来ず三人の顔を交互に見る。あの状況を打破だはできた事には感謝しているけれど何故ここまで争いに発展しているのだろう。三人が臨戦態勢りんせんたいせいに入った時、そこへ助け舟がやってきた。


「おい、時間がないぞっ。お前ら何してるんだ⁉ 早くここから離れるぞ‼」


 焦りの色を浮かべたカルドが私達の元へやってきたのだ。私はカルドにこれ程感謝したことはないだろう。トゥエルとエテルは「ちっ」と舌打ちをするような仕草をし具現化を解いてくれた。


 よかった……。


 私は力が抜けその場に項垂うなだれる。後で二人には私から誤解を解いておこう。とりあえず収拾が着いた安堵あんどから私はくらっと眩暈めまいを起こしそうになった。この数分間で目まぐるしい程の色んな展開があったからなあ。


 「ははは」と汗を流し苦笑いを浮かべた。


 ──その時。


「がは……っ‼」


「……え」

 私は手で口元を覆った。そこには赤く染まった手のひら……。


「「「「イトア⁉」」」」


 私はそれからの記憶を奪われた。


─────


 目を開けると宿舎の自室のベッドの中だった。何が起きたのだろう。視線を感じたので顔を横に向けるとフルーヴが私の顔をのぞいていた。


「フルーヴ? 私はあれからどうなったんですか?」

「内臓出血だよ」


 ユラが代わりに答えてくれた。私は上半身をベッドから起こす。ユラは部屋の窓に背をもたれ腕組みをし私を見ていた。そうだった。私は吐血とけつしたんだった。ユラは困り果てた顔で。


「あんま無茶すんなよぉ、身体の中だいぶ出血してたんだからな」

「え……」


 ユラの一言に私は凍りつく。

 フルーヴは静かに口を開いた。


「だから……言ったのに……これで分かったでしょ……次は気を付けて」


 フード越しなので表情は見えないけれどフルーヴのその声色から怒りの色をにじませている。初めて聞く低い声だった。



★ ★ ★



 フルーヴはイトアの部屋を後にすると、エテルとトゥエル、カナタを呼び出した。


「どうしたんですか?」

 カナタが聞くとフルーヴは低い声でつぶやいた。


「イトア、あんまり……無茶させないで……本人はわかってないけど……イトア潜在的に強い魔力もってる……だから今回助かった……」


 怪訝けげんな表情を浮かべる三人。


「まだ身体できあがってない……こんなこと続くと…………」


 フルーヴは一呼吸おいて、そして言葉をつなぐ。


「僕の……可愛い弟子……殺さないで……お願い」

 フルーヴは三人に深々ふかぶかと頭を下げた。


(真紅の瞳[吸血鬼討伐編] 終わり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る