第12話】唇

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

──────────


 吸血鬼ヴァンパイア討伐後、私はトゥエルの部屋で茶会をする約束をしていた。後日、体調も回復した私は早速トゥエルの部屋に向かう。部屋に着くと私はいつもの様にノックをする。



「イトアか? 開いてる」



 聞きなれない声が招き入れる。誰かお客さんがいるのかな。そんな疑問を抱きながら私が扉を開けると──。


 そこで私は目を見張った。そこには、出窓の床板ゆかいたに足を組み座り片手には本を。さっきまで読書をしていた少年のトゥエルの姿があった。


 窓の戸は少し開き隙間すきまから風が流れ、トゥエルの髪を遊ばせている。日の光に照らされ透明感を増したトゥエルは、私に気が付くと前髪を揺らし優しく微笑んだ。



「トゥエル、その恰好⁉」

「部屋にいる時はたまにこの格好でいるんだ。楽だし」

「え⁉ それに声が⁉」



 私は驚きのあまり口を手で覆う。

 あの扉越しの声の主はやはりトゥエルだったんだ⁉



「やっと声変わりできた。もちろん女声もできるけど」



 そう言うと自分の首元に手を置くトゥエル。それをまじまじと私が見つめていると照れた様子でトゥエルがさえぎる。



「そんな、じろじろみるなよ」

「わわっごめんなさいっ⁉」



 トゥエルは流し目で私に注意してきた。私はあわてて視線をらす。声もすっかり男性になったトゥエルは『男の』を通り過ぎて少年になっていた。その姿に見惚みほれてしまったのだ。


 ということは、吸血鬼ヴァンパイアの部屋で聞いたあの声はやはりトゥエルからということに。そんな私の心中を余所よそにトゥエルは「座って」と紅茶の用意された円卓へとうながす。



「この間買い物に付き合って貰った時のダージリンだ。お前が来るのを待ってた」



 トゥエルは本棚に本を戻しながら私に声を掛けた。私達が席に着くと使い魔の執事がティーカップに紅茶を注ぐ。



「見立て通りだな」

 トゥエルはいつもの様に満足そうに紅茶の入ったティーカップを揺らした。


「はい、私やっぱりこの香りが好きです」

 私の為に選んでくれた紅茶。私はご機嫌で紅茶に口をつける。嬉しくてフフとにやけてしまった。


「当然だ。俺が選んだんだから」



 トゥエルは、ティーカップ越しから横目で私に視線を向けツンとするように見おろしてきた。俺……違和感ありありだ。


 それに男言葉になっても変わらないこの横柄おうへいな口調。トゥエルらしいといえばそうかもしれない。でもこの響きに「ドキッ」と迂闊うかつにも私の鼓動が反応を示したのも確かなわけで。私は自分の動揺をはぐらかせる為話題を作った。



「今の姿、みんなには言わないんですか? 誰もなにも言わないと思うんですけど……」

「今さらこの姿をみせても面倒臭いし。それに女の姿も気に入ってるし、何かと都合がいいからな。ふふふ」



 トゥエルはティーカップから口を離し、ほくそ笑む。この腹黒さも健在のようだ。そして彼はティーカップをテーブルに置くとおもむろに話し始める。



「この間は無理をさせて悪かったな。フルーヴから後で散々さんざん怒られた」

「え⁉ フルーヴが⁉」

「俺的にはイトアと連携れんけいが取れて少し楽しかったんだけど」



 トゥエルは両手を頭の後ろに回し天井を見ながら後ろに椅子ごと少しだけ身体をかたむける。あの時のフルーヴは確かに変だったけれど、その行動に私は驚きが隠せなかった。感情を表に出さないあのフルーヴが誰かを怒るだなんて。



「それにお前が使った魔法、本来フルーヴくらいの奴しか具現化できないものだし。お前センスあるのかもな」



 今度はテーブルから身を乗り出し目を細め私の真偽しんぎを問うかのようにトゥエルは興味津々に顔をよせてくる。あまりの至近距離からの視線に私はその勢いに負けて椅子の背にもたれ逃げながら。両手を顔の前にかかさえぎりながら。



咄嗟とっさに思いついただけだったんで、そんな魔法だったとは……知りませんでした」



 あの時は本当に必死だったからそんな大それたものだったとは……。そりゃぁ、吐血とけつもするわけだ。なんて私が考えているとトゥエルの雰囲気が変わる。



「なあ、そろそろその敬語、辞めにしないか?」



 トゥエルは乗り出した身を戻すとテーブルに頬杖を突き不機嫌そうにティースプーンを指で回す。私は意外なトゥエルからの申し出に目が点になる。



「もう俺たち秘密を分かちあっているわけ、だ・し・さ」

「──なっ⁉」



 一転して私の反応を確かめるかのように意地悪な瞳がささやいてくる。そしてトゥエルは自分の唇に人差し指を当て不敵ふてきに微笑んだ。秘密を分かちあっている、この言葉がまたしても私に重く伸し掛る。


─────


 それにその唇の合図。

 あれは不可抗力ふかこうりょくであって。

 すると彼は自分の椅子を私の隣に移動する。


 頬杖をついて私の顔をのぞく。

 空いてるもう片方の人差し指を私の唇に当ててきた。

 私の肩が大きく揺れる。

 あまりの驚きに私はされるがまま……。



「お前の唇、凄く柔らかかった」



 私の唇を上唇からそっとなぞってくる。

 トゥエルが顔をかしげうっとりとした瞳で私の唇を凝視ぎょうししている。


─────


 私の頬は一気に赤らめた。なんというか少年のトゥエルは一言で言えば魅惑的。あの初めて少年の姿を見せてくれた恥じらったトゥエルが遥か遠くにいってしまった。私は、もしかすると危険なものを呼び覚ましてしまったのかもしれない。


 私は首を左右にブンブンと振って回想から現実に戻る。



「え……えっと、敬語……うん⁉ 分かった」


「よろしい」と、トゥエルは満足気まんぞくげな表情を見せた。



 そして帰り際私がドアを出ようとした時、私の背後からトゥエルの両手がドアをつかんだ。後ろからトゥエルが覆いかぶさるような体制に。トゥエルは私の耳元に向かってこう告げる。



「あの変態共が襲ってきたら俺のところに逃げてこいよ。分かったか? イトア」


「は……はひっ(い)」

 私は声が裏返ってしまった。

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