第10話】-(囚われの身からの脱出

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

──────────


(紬/イトア視点)


「あれっ⁉」


 私は知らない部屋の中に座り込んでいた。カナタの投げた槍が吸血鬼ヴァンパイアの心臓をつらぬき、次にまばたきをするとこの場所にいた。私はあの吸血鬼ヴァンパイアの妖術とやらでどこか違う場所に飛ばされてしまったのだろうか。


みんな、どこ⁉」


 声も上げるも返事がない。

 やはり私一人のようだ。


 辺りを見渡すとそこは牢獄のような場所。石で積まれた壁に小さな鉄格子の窓が一つだけの狭い空間。すっかり外は夜になっていて、その窓からうっすらと月明かりがそそぐ。


 光が当たらない場所は暗闇になっていた。ひんやりとした空気が私の肌を刺した。そして私の身体には背中越しに手枷てかせ、足首には足枷あしかせがされていて身動きがとれない状態。


 この状況はかなりヤバい。

 こめかみから汗が流れる。


 それに頭をよぎるのは他のみんなのこと。みんなは大丈夫だろうか。私のように身体を拘束されどこか違う場所に閉じ込められてはいないだろうか。


 私はガチャガチャとかせを強引に引っ張ったりわずかな隙間から腕を通り抜けさそうと模索もさくしてみる。でも、頑丈に作られたかせはびくともしなかった。


 魔法を使おうともさっきの具現化で魔力を使い果たしてしまっていた。私はぐっと唇を噛みしめた。やっと吸血鬼ヴァンパイアを仕留められたというのに。



 ──脱出不可能。



 自力ではここから出られない。「はぁ」と天をあお溜息ためいきをつく。


 そして私には気がかりな事がもう一つあった。それは手と足に切り傷もないのに血がしたたり落ちているということ。幸いにもそんなに出血していないようだし、血もとまっているみたいだけれど。


 これがフルーヴの言っていた「身体が壊れる」ということなんだと実感する。私の顔が青ざめていくのが分かった。これが威力の高い魔法を使う反動なんだ。


 やっぱり私があの魔法を具現化するには無理があったのかもしれない。でも後悔はない。それにしても……自由も効かないこの状況でどうやって脱出すれば……。私の頭にいやおうでもまた「死」という言葉が脳裏をよぎる。


「ははは。ここで二回目の死を迎えちゃうのかな」


 冗談交じりの独り言が虚しく部屋に響いていった。そう思うと涙が込み上げてくる。嫌だ。また死にたくない。


「誰かあああああっ‼」


 さっきよりもさらに大きく声を出すも反響するばかりで何も反応がない。まただ。絶望という名の恐怖がすぐそこまで来ている。


 私はくじけそうな気持ちに負けてこうべを垂れた。足元の石床が私の気持ちまで凍らせていく。私はまた無力なまま散ってしまうのだろうか……。


─────


 そんなことを考えていると遠くから私を呼ぶ声が聴こえた。


「紬‼ どこっ⁉」


 かすかに聞こえていたその声は段々と大きくなり最後には、はっきりと聞き取ることができた。私は激しい安堵感あんどかんから一瞬息が止まる。そして透かさず扉の方にって近づき絞り出すように声を上げた。


 何度も繰り返した。「カナタ、私はここよ」と。


 私の声に反応して足音がどんどん近づいてくる。そして扉の前にくるとピタリと足音が止まり。次の瞬間、グサリと扉に槍が突き刺さり、こじ開けられカナタの姿が見えた。


「紬‼ 怪我はないですか⁉ もしかして噛まれました⁉」

「かなたぁ……ううん。幸いまだ」


 カナタはひたいに汗を光らせ息を切らしていた。

 私は顔を上げ情けない声を漏らした。


「見つかってよかったです。ならその血は……⁉」


 カナタが無数に流れている私の血を指摘する。私は「あわわ」と身体を揺らしながら慌てて弁明べんめいする。


「ああ、これは違うのっ魔法の反動でちょっと」

「えっ……そんな反動があるだなんて、聞いてませんよ」


 カナタは硬い表情になり私のそばに駆け寄り。腰を下ろすと私の腕をつかみ血の流れている場所を凝視ぎょうしする。


「……うん」

 私もまさかこうなるとは思っていなかったのでか細く返事を返す。


「でも、少しだけみたいだし、どこも痛くないから大丈夫だよ」


 心配をかけまいと軽く笑みを浮かべ私はカナタから不安を取り除こうとした。するとカナタは着ていた上着のボタンを外し脱ぐと私に被せてくれた。上着に私の血が染み込んでいく。私の肩に服を掛けながらカナタは再度念を押す。


「本当に何ともないんですね⁉」

「うん」


 私の返事を聞いてカナタは真剣な顔から一転ほっとすると微笑んだ。


 それにしても……私はカナタを直視出来なかった。だってカナタの上着の下は薄手のシャツ一枚だったのだから。身体の線は細いけれど、ランサー鍛錬たんれんで鍛え上げられたしなやかでたくましい身体の線が浮かび上がる。


 彼が男であると言うことを知らしめられる。むしろカナタに何かを着せて欲しい。私には刺激が……強すぎる。 私はうつむき赤面した。


 でも。


 少しだけカナタの方に視線を移すと何故だかカナタも赤面している。


「あの……その恰好」


 カナタは私の前方にかがんだまま、私から視線をらし恥じらいの色を見せ私の姿を指摘する。私はハッと目を見開きさらに赤面する。あのマントを羽織っていない。


 さっきまで一人だったので当たり前のようにしていたけれど、このほぼ下着状態のあられもない姿をカナタに見られてしまった。恥ずかしさのあまり私の身体中がほのかに赤く染まっていく。


「わわっ⁉ まじまじとみないでぇ……‼」


 私は首を振り髪を乱しながら懇願こんがんする。カナタは頬を赤く染め固まっていた。でも、見ないでと言っているのに明らかにカナタの視線は私の身体を見ている……気がする。


 カナタってもしかして……。いや言葉にするのも恥ずかしい。


「というかどうやってその姿に?」


 赤面から我に返ったカナタは私の肌を指さし聞いてはいけないあの質問を尋ねてきた。私の答えはただ一つ。初めてこの姿を見た時から自分の中で結論づけた言葉を返した。


「いや、それは私も考えたくない」


「……」

「……」

沈黙する二人。


「そうですね」

 どうやらカナタも察してくれたらしい。


 その後カナタは私の胸元や下半身を隠すように長髪を流してくれた。私の身体は完全とはいかないけれどかなり露出部分を隠すことが出来た。そして手枷てかせ足枷あしかせを槍の穂先で砕いてもらい私の拘束が解かれる。


 私は手首をさすり「ふう」と安堵あんどする。カナタに向かって「ありがとう」とお礼を口にしようとした時。背中から体温を感じ、ふわっと覆いかぶさる感覚を覚えた。


「え?え? カナタ⁉」


 私はカナタの名前を呼ぶも一瞬のことで訳が分からずのままでいた。気がつくとカナタの腕が私の首元で組まれている。徐々にこの状況を把握し始めた私は目が揺らいだ。


 私は背中越しにカナタに抱きしめられている。


(続く)

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