第09話】-(今度こそファーストキ…/チャンスは三秒

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

その他ギルメン〉カナタ、エテル、カルド

──────────


(客観的視点 続き)


「イトア‼ どうしたんですか⁉」


 イトアの変化に瞬時に気がついたカナタが動揺した様子で彼女の方へ振り向く。そして目を見開いた。イトアの瞳が真紅しんく瞳色ひとみいろに変化している。


「これは、もう私の下婢かひ。さあ、こっちにおいで。イトア」


 イトアの正面に立った吸血鬼ヴァンパイアがイトアに手を差し出す。すると彼女の振りかざした手が震えながら降ろされていく。イトアの瞳に一筋の涙が流れる。


「イトア‼ しっかりしなさい‼ こんな変態へんたいあやつられるほどあなた、弱くてっ⁉」


 この様子を見ていたトゥエルがイトアに向かって叱咤しったする。イトアは一歩、二歩と吸血鬼ヴァンパイアの方に足を進める。


 見かねたトゥエルが対面上に位置した二人の距離を離そうとスカートを大きくはためかせ吸血鬼ヴァンパイアに横蹴りを食らわせようとする。吸血鬼ヴァンパイアはポケットに手を入れたままするりと身体をのけってわし間合いを取った。


「怖い、怖い」

 勝機しょうきを得た瞳で笑う。


 トゥエルは、イトアの腕をつかむと頬を思い切り引っぱたいた。

「しっかりしなさい‼」


 両腕を激しく揺らす。それでもイトアの真紅しんく瞳色ひとみいろは変わらない。意識を奪われたのかのようにその瞳は吸血鬼ヴァンパイアを追っている。


─────


 トゥエルは目を細め困惑こんわくの表情を浮かべた。

 親指をみトゥエルがポロリとつぶやく。


「仕方ないですわね……こうなったら」


 彼女は何か覚悟を決めた顔つきに変わり──。

 虚ろなイトアの顔に近づきその唇に自分の唇を重ねた。

 優しく触れ合う二人の唇。

 トゥエルは唇を重ねたまま薄目うすめでイトアの様子を伺う。


「──‼」

 目を見開くイトア。


 つかの間の時間が過ぎた。


「……なっ何しているんですか⁉」


 その様子を終始見ていたカナタが口をわなわなと震わせ。

 顔を紅潮こうちょうしトゥエルに向かって叫ぶ。

 唇を離したトゥエルが冷静に答えた。


「こういう時は、ショック療法……という手もあるかと思いまして」

「しょ、しょっくりょうほうって……⁉」

「あら、女同士ですのよ。カナタとするよりましでしょう?」


 カナタがトゥエルに薄目うすめを向けややかな口調に変わる。


「何を今更……。分かってるんですよ……」

「ふんっ! 早い者勝ちですわっ‼」

「──っ‼」


 勝ち誇ったような表情を浮かべるトゥエルを余所よそにイトアの瞳の色が徐々に薄花色うすはないろの瞳に戻っていく。


─────


 そして。


「ぷはっ‼」

 瞬刻しゅんこくイトアは呪縛じゅばくが取れたのかのように息を吐いた。


「私は……何を⁉」

 イトアは胸に手を置き目を見開いたまま荒い呼吸を重ねる。


「そんなことより、詠唱を‼」

 トゥエルがカナタとの小競り合いを中断し意識を取り戻したイトアの両腕をつかみ指示を出す。


「解除するとは……余計なことを」


 気に入らないと片眉を吊り上げ吸血鬼が吐露とろを吐く。


 呼吸を整えたイトアの両眼りょうがんが吸血鬼に鋭く向けられる。悔しさと身体を侮辱ぶじょくされた怒りの瞳。もう一度カナタと視線を合わす。冷静さを取り戻したカナタに向かって「次こそは」とイトアの瞳が刺している。そして吸血鬼ヴァンパイアに向けて手をかざした。


 再詠唱。


「やれやれ。少しお仕置だよ、イトア」


 吸血鬼ヴァンパイアも諦めなかった。再度、瞳術どうじゅつを使おうと一直線に一心不乱いっしんふらんに顔を紅潮こうちょうさせ猛獣もうじゅう形相ぎょうそうに変わり両牙りょうがをむき出しイトアに食らいかかろうとしていた。そこにカルドとエテルが再び立ち塞がる。


「させるかあああああああああああ‼」


 吸血鬼ヴァンパイアから距離を置いた場所にいたエテルは、剣の刀身とうしんを人一人分程の大きさに形状変化させた。そしてを両手でつかむと身体をひねり回し遠心力を使って思い切り吸血鬼ヴァンパイアに向かって大剣を投げつけた。


 大きくそして風を巻き込ませ高速回転する大剣が。

 吸血鬼ヴァンパイアの前方に立ちふさがる。


「どけえええええええええええええ‼」


 初めて見せる吸血鬼ヴァンパイア怒声どせい吸血鬼ヴァンパイアは直撃する寸前のところで空間をひずませ大剣をすり抜けていった。


 そこへ「この瞬間を待っていた」とばかりにカルドが吸血鬼ヴァンパイアが姿を表した場所に向けて大きく腕を振り上げ鉤手甲かぎてこうの爪を立てる。


 しかし吸血鬼ヴァンパイアは不安定な体制からの飛躍。カルドに向かって破断はだんさせる勢いで首に蹴りを入れ道を無理やり切り開く。カルドは則部から壁に向かって吹っ飛んだ。


 そして吸血鬼ヴァンパイアは自身の爪を長く伸ばし引っき爪に形状を変化させるとイトアに向かって飛躍し振りかぶる体勢をとる。


みんな下がってくださいっ‼」


 イトアの合図で皆が退しりぞく。イトアは今にも覆い被さってくる吸血鬼ヴァンパイアに向けて手をかざした。──彼女はフッと笑った。イトアの身体全体から光がほとばしる。蓄積されていた魔力が一気に放出されていく。



 ──『星霜凍結グラス・ツァイト



 イトアが手をかざすと同時にカナタは三十センチ程の長さの鉄のくいを具現化していた。その頃、吸血鬼ヴァンパイアの足元からメリメリと氷が生えていく。


「君がこの魔法を使いこなせるわけがないっ使えるは……」


 すぐさま氷は吸血鬼ヴァンパイアの身体全体を覆い拘束した。吸血鬼ヴァンパイアの動きが止まる。


─────


 チャンスは一度きり。


 三)カナタが吸血鬼ヴァンパイアの心臓に狙いを定め大きく振りかぶる。

 二)身体を大きくのけり腕に力を込める。

 一)槍を渾身こんしんの一撃で投げ飛ばす。

 零)氷が飛び散り吸血鬼ヴァンパイアの拘束が解ける。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


─────


 吸血鬼ヴァンパイアの叫声が館中やかたじゅう木霊こだました。カナタの槍は吸血鬼ヴァンパイアの心臓をつらぬき血しぶきを盛大せいだいにあげていた。つらぬかれた吸血鬼ヴァンパイアは身体をり最後の悪足掻わるあがきを見せ床でのたうち回っていた。


 上空にいたカナタは着地すると「ふうっ」と汗をぬぐう。血まみれ、傷だらけのカルドとエテルはよろけながらお互いの拳を当てた。──しかし、トゥエルが蒼白そうはくした顔つきで叫ぶ。


「イトアがいませんわっ⁉」


 先刻せんこく、魔法を放っていたイトアの姿がいないことに一同が気が付く。残されているのはイトアが羽織っていたマントのみ。そこへ吸血鬼ヴァンパイアが口から泡を吐き血をにじませながら不敵な笑みを浮かべた。


「ははは……イトアはこの舘のねじ曲げた空間の部屋に閉じ込めたよ……時の止まった部屋で……私が次に目覚めるまで大事に取っておく……早くしないと永遠にもう会えないだろうね……あははは」



 ──ガツッ。


 トゥエルがその高いヒールで吸血鬼ヴァンパイア見下みくだした視線でその頭を踏みつけた。


「おだまりなさい」


「がはっ」

 吸血鬼ヴァンパイアは沈黙した。


「ここは俺たちで後始末をしておくからカナタは先に探しに行ってくれ‼」


 カルドがそう告げるとカナタはうなずき廊下を掛けていく。


─────


 そして残された三人はくいが刺さって気絶している吸血鬼ヴァンパイアの頭を引きずり用意しておいたひつぎに放り込む。あれだけ手痛くされたのだ。扱いは非常にぞんざいであった。念の為、鉄の鎖をひつぎに何重にも巻き付ける。


「これで数百年くらいはおとなしく眠ってくれるだろう」

「そうですわね。なんならこのまま永遠でもよろしいのに」

変態へんたいはもうごめんだよ」


 軽蔑けいべつした目でひつぎに視線を向けるトゥエルとエテル。カルドも冷ややかな視線を向けていた。


「あとはイトアを探しましょう」


 カルドはらわれていた少女たちの救出を。トゥエルとエテルはイトアを探すこととなった。


(続く)

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