第08話】-(空間を歪ませる妖術

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

その他ギルメン〉カナタ、エテル、カルド

──────────


(客観的視点 続き)


 三人が振り返るとあきれた顔のトゥエルが腕を組み吸血鬼ヴァンパイア同様に間抜けな三人のさまを眺めていた。そして背後にイトアの姿があることも確認する。


「イトア無事だったか‼」


 けわしい顔から一瞬表情を緩めるカルド。

 透かさずエテルが駆け寄っていく。


「大丈夫だったかい?」

「はい……なんとかぁ……」


 イトアはここに来るまで吸血鬼ヴァンパイアにされた羞恥な事を思い出し怒りやら恥ずかしさやらで複雑な表情を浮かべ心もとない返事を返す。


 それを見て心配したエテルが必要にイトアの腕や手を握っている光景を目にしたカナタは目を細め。そしてその間に割り込もうと近づきエテルからイトアの手をさらう。


「無事でなによりです。それにしてもなんでマント姿なんですか?」


 趣味の悪い紫色のマント姿は誰がどう見ても異様いようだった。目を丸くしたカナタはイトアの瞳から真偽しんぎを読み取ろうとした。


「いや……これにはわけが」


 カナタが首をかしげるなか、イトアの頬が紅潮こうちょうしていく。もじもじしながら中が見えないようにマントをさらにたぐり寄せた。この中身を見られるよりもまだこの趣味の悪いマント姿の方がマシだとイトアは天秤にかけたのだ。


「君はイトアという名だったんだね」


 吸血鬼ヴァンパイアがイトアの姿をみて口をはさむ。

 そして瞳をに光らせ。


「まさか、君たち彼女を取り戻しに? それはもう私のものだ。返してもらおうか」


 涼しい顔から一変して髪の毛を逆立さかだてるほどの怒りの空気をまとう。

 片方の口角を上げ、怪しく遊びを楽しむかのようにせせら笑う。その隙間からいく人もの人の生命いのちを奪い取ってきた牙をちらつかせ。ペロリと舌なめずりをする。


「まあ、君たちも悪くは無さそうだけど私の好みは生娘きむすめの血なんだ。本当に惜しいよ」


 吸血鬼ヴァンパイアは目をギラつかせエテルとカナタを一瞥いちべつした。その言葉に顔を引きつらせ敵意をむき出しにする二人。「この変態が」とエテルは悪態をついた。カナタは無言のままさげすんだ目をしている。


「君もとても素敵なのに……」


 今度はトゥエルに吸血鬼ヴァンパイアは視線を移す。「は?」とトゥエルははぐらかした。


 そんなやり取りが行われる一方でカルドは手短てみじかに今の状況をトゥエルとイトアに伝える。


「いいところにきた! あの吸血鬼ヴァンパイア変な妖術を使うんだ。空間をひずませるみたいで攻撃が当たらない⁉」 


「そうみたいですわね。私もこの目で見ましたわ」

「それで、あの時……」


 トゥエルがあごに手を添え思慮しりょしている。イトアは、脱出を図ろうとした時、突如背後に吸血鬼ヴァンパイアの姿が現れた事に合点がいったようだ。


「空間をひずませるなんて。何とか一瞬でも動きを止めることが出来れば……」


 エテルが構えをとりながら背中越しに問う。


 この間にも吸血鬼ヴァンパイアはカナタに向かって衝撃波を手から繰り出し交戦している。カナタは槍の穂先でそれを弾き飛ばし、壁に、天井に駆け旋回せんかいし次々とかわしていく。


「まずは黒髪の君から。逃げてばかりじゃこの私を倒せないよ?」


 吸血鬼ヴァンパイアはまずカナタを標的にしていた。

 高く飛躍し右往左往うおうさおううすら笑いを浮かべ俊足でカナタの後を追っていく。衝撃波が当たった場所には丸く亀裂が入り破砕はさいされていた。じりじりと間合いを詰めていく。


 カナタの危機を眼前がんぜんにしたイトアの目が揺らぐ。イトアが何か言いたそうにしている。両手をぎゅっと握り目をつぶりその思いを吐き出した。


「あの……動きを止める魔法がありますっ」

「「「──⁉」」」


 カルド、いやカナタ以外の二人も驚愕きょうがくした顔付きでイトアの方に振り向く。


「イトア……そんな魔法が使えるようになったのか⁉」


 イトアは戸惑とまどいながらもゆっくりとうなずく。しかし、どこか冴えない表情をしていた。彼女はフルーヴから忠告されていた言葉を思い出していた。



 ──「イトア……強力な魔法使うとき……使いどころ絶対に間違っちゃダメ。今のイトアなら……多分出来ると思う……身体壊す程放出しないで……暴走するから」



 この言葉がイトアに躊躇ちゅうちょを与えていた。しかし、ここで使わなければこの吸血鬼ヴァンパイアの動きを止めることはできない、とイトアは判断したようだ。イトアは両手を握りしめうつむきながら零す。


「詠唱は覚えていますが今の私の魔力では足りません……」


 イトアは歯がゆさで唇を噛んだ。

 そこへトゥエルの提案が問題を瞬時に解決させる。


「それならわたくしの魔獣でなんとかするわ。一時的に魔力を増幅させる者がいますの」


 でも、とトゥエルが続ける。


「いくら魔力を増幅させたとしてもイトアの魔力を考えるとあの魔法で引き留められるのは恐らく三秒ですわよ。その間に仕留められるのかしら?」


 トゥエルは、その魔法がどんなものか知っているような口ぶりで的確な指摘をする。


「カナタ、君はまとを当てることは得意なんだからいけるよね?」


 戦闘中のカナタに向かって挑発的な言葉であおるエテル。


まとを当てるだけってとげとげしいですね。まあやりますよ」


 話しの端々はしばしを聞いていたカナタが一瞬エテルに向かって目の奥が笑っていない笑顔を向けた。


「では、その作戦でいこう。俺とエテルで引きつけておくから後は頼む」


「そろそろ、作戦会議は終わったかい? 今度は少しは私を楽しませてくれそうだね。お手並み拝見といこうか。でもそのには無理だよ。だって……」


 蚊帳かやの外にされた吸血鬼ヴァンパイアわずかな苛立いらだちの色をにじませカナタを追う足をピタリと止めると宙返りから床に着地した。最後の言葉は何故か伏せた。


 これだけ戦闘を重ねおうとも身なりひとつ崩れていない。サラサラの髪を流し涼しい顔で赤い瞳を光らせながら笑う。


 イトアはうつむき一呼吸おくと顔を上げ覚悟を決めた眼差しを三人に向ける。


「でわ、いきますわよ! イトア」

「はいっ‼」



 ──『エインセル』



トゥエルが手をかかげその魔獣の名を呼ぶ。


魔獣使いテイマーか。これは貴重だ」


 吸血鬼ヴァンパイアは攻撃の手を休め腕を組み目を細めその光景を眺めていた。


 魔法陣から現れたのはそれはそれは小さな妖精だった。少女の容姿をしたそれは、とがった耳に背中には虹色の羽根をばたつかせていた。手のひらに乗ってしまう程の大きさだった。


「イトアに魔力を」


 トゥエルが魔獣に命令を下す。するとエインセルは隣にいたイトアの腕まで飛んでくるとカプリと小さな牙を立てた。


「──っ‼」


 イトアの足元から風が吹き抜け長髪が散らばる。彼女は自分の手のひらに視線を移した。すると肌から光が零れている。次に自分の身体がばらばらになりそうなくらいの猛烈もうれつ圧迫感あっぱくかんが襲う。


 イトアは急いで詠唱を始めた。

 その間カルドとエテルが吸血鬼ヴァンパイアの足止めにかかる。


「もう少し静かに眺めていたかったのに。邪魔だね」


 吸血鬼ヴァンパイアが二人に襲いかかる。二人はいくら攻撃がかすめようともその手を休めることはない。吸血鬼ヴァンパイアからの攻撃を一方的に受けるばかりだった。


 壁に床に、天井に粉砕ふんさいされるほど叩きつけられ、血反吐ちへどき散らし耐え抜く。詠唱をしている無防備なイトアに近づかせないように死守ししゅする。


 イトアは、顔中汗を流し胸に手を置き一心不乱いっしんふらんに詠唱をく。そして準備が整うとカナタの方に視線を送る。お互い無言でうなずくとイトアは吸血鬼ヴァンパイアに向かって手をかざした。


 その時──。


 イトアの顔面に至近距離で吸血鬼ヴァンパイアの顔が現れた。吸血鬼ヴァンパイアはカルドとエテルの肉の壁をすんなりと交わし後転をした状態でイトアの頬に両手を添え瞳を見つめ微笑む。


 「この瞳……」イトアの手が小刻みに震えた。


(続く)

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