第06話】-(ファーストキスの危機。その頃…

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

その他ギルメン〉カナタ、エテル、カルド

──────────


(紬/イトア視点)


 ここから出なくちゃ。


 吸血鬼ヴァンパイアが部屋を後にしてしばらくした後、私は行動に移った。まず逃げ出せそうな場所がないか周りを見渡してみる。


 一番に思いついたのは窓。でも窓に近寄り外を見てみると地面などなく断崖絶壁だんがいぜっぺきになっていた。さすがにここから落ちると死んじゃうなあ。私は間抜けに落ちていく自分のさまを想像し苦笑いを浮かべた。


 まさかとは思うけど……。


 今度はドアノブを回してみた。当たり前というか鍵がかかっている。でも──この扉は木製だった。安直あんちょくな考えだけれど、燃やしてしまえるのではないか。


 半信半疑はんしんはんぎで私は火の魔法を具現化して扉に向ける。炎で木はジリジリと焼け焦げパックリとドアに穴が開いた。


「へ……⁉」


 私は目を見張り拍子抜ひょうしぬけした。


 ここの警備は大丈夫なんだろうか……と余計な心配が頭をかすめる程にいとも簡単に密室から出ることができた。でもそんなことはどうでもよくて。これで脱出することができる、と拳に力が入る。


 それに恐らくカルド達も到着しているはず。そう思うと心強い。そしてここには他にもさらわれている少女たちがいる。この警備の薄さからして一緒に逃げ出せるかもしれない。


 この服装は非常に気になるのだけどそんなこと言っていられない。私は意気揚々いきようように扉の先を進もうとしたその時だった。



 ──ゾクッ。



 この感覚は……。


「ふーん、君、魔法が使えるんだ……ますます気に入ったよ」


 背後に冷たく射すような声が聞こえた。私は恐る恐る顔だけ部屋の方に視線を移すと壁に背をもたれ腕を組んだ吸血鬼ヴァンパイアの姿が。冷たい視線が私に向けられている。


 え⁉ どこから現れたのだろう。


 気配も感じなかったし、扉には私がいたわけでその経路が全く分からない。私は冷や汗を流し背中から射す不気味な空気に息を止めた。


「──⁉」


 次の瞬間、私の身体が硬直する。何が起こったのか理解するのにわずかな時間がかかった。そして状況を把握した私は目をぎゅっとつぶり精一杯の力であらがおうとする。でも指先一本動かすことができない。


 なんで⁉


「無駄だよ」


 私をあざ笑うかのように吸血鬼ヴァンパイアは私の元にゆっくりと近づいてくると、私の身体を簡単に抱き上げベッドの上に荒く放り投げた。そして馬乗りになり私の身体を舐め回すかのように腹部から胸元へ、そして首、最後に顔とうように近づいてくる。


─────


「夜まで待ちきれないのかな? もう少しだから待っていておくれ……」


 吸血鬼ヴァンパイアっていたネクタイを少し緩める。

 そして人差し指が私の唇に触れる。


 かと思うと唇から首筋に移動し……私の胸の谷間に沿ってゆく。

 見つめあったまま、私の感覚だけがそれを伝えてくる。

 そしてその手はまた私の顔に戻り頬に触れた。


「綺麗な瞳だね。そんな物欲ものほしそうな瞳をして」


 真紅しんくの瞳が私を誘ってくる。

 まるで想い人に見つめられている感覚が私を襲う。

 その瞳に私の頬が赤らめていく。


 潤んだ瞳が私の顔に近づいてきて。

 白い髪が私の肌に触れてきて。

 私の唇に近づいてくる。


(いやああああああああああ‼)


 心が全力で拒否している。

 それなのに身体は逆にそれを喜ぶように受け入れようとしていた。


 何⁉ この葛藤。

 動かない体の中で私は攪拌かくはんされていった。



 ──ピタッ。


─────


 ひと指分の距離で唇は止まった。吸血鬼ヴァンパイアの瞳がきらりと光る。私はその瞳から目を離すことも瞬き一つすることもできずに。


 吸血鬼ヴァンパイアはクスリと笑うと上半身を起こし私を見下ろしてきた。薄暗い部屋で無表情のまま吸血鬼ヴァンパイアの瞳だけが怪しくおぼろげにともっていた。そしてふわっと呪縛が解け私の身体の拘束が解けた。


「ぶはっ」と私は息を吐き出し、恐怖と羞恥しゅうちから胸に手を当て吸血鬼ヴァンパイアにキッと鋭い視線をぶつけた。


 危なかった。もう少しで私のファーストキスを奪われるところだった。というかあの瞳に見つめられると何故だか自分が自分で無くなってしまう。


 そんなことなど余所よそ吸血鬼ヴァンパイアは、私をまたいでベッドから離れると壊れた扉の前に移動していた。扉に向けてスッと手をかざす。すると壊した扉の破片だんぺんが逆再生しているような動きでみるみると元の姿に戻っていった。


 私はその光景に驚愕きょうがくし絶句する。

 あれは……⁉


 そして吸血鬼ヴァンパイアは背中越しから顔だけ私に向け不敵でどこか優しげに告げる。


「一応教えておいてあげるけどこの空間はさっき魔法が使えないようにしておいたから。おてんばなは嫌いじゃないよ。でも、悪あがきはもう辞めておいたほうがいい。じゃないと次はお仕置きするからね」


 またしてもその瞳がきらりと光る。

 言葉とは裏腹に今度は殺気に満ちた冷たい光で。


今宵こよいが楽しみだ。その全てを存分に堪能したい」


 目の前の獲物をもったいぶって食らおうとする獣の姿がそこにはあった。


 怖い。


 私の目は見開き、震える手をもう片方の手で握りしめ押し黙る。


「その前に私の城にねずみが入ったようだ。始末してくる」



★ ★ ★



(客観的視点)


 広い洋館の中でカルドとエテル、カナタは本葬ほんそうしていた。手当たり次第に部屋の扉を開けては中を確認する。不気味な程にこのやかたには誰ひとりいなかった。ただ時間だけが無常に過ぎていく。三人の顔に焦りの色が浮かんでいく。


 その時──。

 エテルにはどこからか、誰かのすすり泣く声がかすかだが聴こえた。


「ちょっと待って! 声が聴こえる⁉」

「本当か⁉」

「どこですか⁉」


 エテルを先頭にその声が聴こえる方向に三人は駆けていく。


「カルド! この部屋からだ」

 ドアノブを回すも施錠せじょうされている。


「ちょっとどいてろっ」


 カルドは二人に距離を置くようにと告げると鉤手甲かぎてこうを具現化し扉に向かって勢いよく爪を立てた。バリッという音と共に扉に爪痕つめあとが残る。廊下からの光が細く長く爪痕つめあとの隙間から薄暗い部屋に光をともした。


 そして照らされた暗闇の中からうっすらと人らしき足が見えた。カナタが扉にとどめの蹴りをいれてぶち破るとその暗闇に声をかける。


「誰かいますか?……大丈夫ですか⁉」

 返事がない。それでも声を掛け続ける。


「助けに来ました。……誰か話せる方いますか?」


「……あなた、だれ?」


 暗闇から恐怖に怯えたか細い声が返ってきた。


 三人は顔を見合わせる。そしてその暗闇の中を慎重に奥へ進んでいくと一人の少女の姿があった。


 いや、その奥にも暗闇で見えなかっただけで何人もの少女や中には幼女の姿が。彼女たちがいた部屋は、カーテンで閉め切られ、その隙間から射すわずかな明かりだけが部屋をともしていた。


 こんな薄暗い部屋の中でずっと捕らわれていたのだろうか。絶望からこうべを垂れている者、涙を流しすすり泣く者……異様な光景が広がっていた。


「これは……」


 エテルが声を詰まらせる。


 皆に共通していることは、手と足にはかせがされ、身体の自由を、心を拘束している。目はうつろで頬はこけ、生気せいきも薄く、明らかに急激にやせ細った体形をしていた。


 又、どの少女達も肌が極端に露出した身なりをしている。三人は目の居所いどころを探すほどだった。それに……彼女たちの白い肌には赤く染まった二カ所の斑点はんてんがいくつも点在てんざいしていた。


「その傷……」

「そう、あいつは私たちの身体を……血を少しずつ飲んでいって最後には……ああなるのよ」


 そう告げた少女は部屋の隅に視線を移す。


「「「⁉」」」

 三人は目を見開き絶句する。


 そこにはミイラ化した少女と思われるむくろが無造作にいくつも転がっていた。カナタは思わず口に手を当てる。エテルは目を細めあわれみの表情を向ける。


 弱弱しく少女がポツリと告げる。


「お気に入りの子がいれば最後には同族(吸血鬼)にするみたいだけど……どちらにしてもここにいる以上もう普通の生活には戻れない」、と。


 彼女の瞳はよどみ絶望の色にまみれていた。


「許せねぇっ‼」


 カルドは顔をゆがませ怒りに任せて壁に思いきり拳を殴りつける。エテルとカナタはそのいたたまれない光景に目をそむけた。


 三人はこんな残酷なことを平気でやってのける吸血鬼ヴァンパイアに激しい憎悪ぞうおを抱いていた。人を物(食料)としか見ていないこの光景。「早く食い止めなければ」、と。


 そして、ある違和感に気が付いたのはカナタだった。何かがおかしい……⁉


「イトアが……いません⁉」


 三人は一人ひとりの顔をもう一度確認したがそこにイトアの姿はなかった。


「どういうことだ⁉」

「てっきりここにいるのかと……」

「確かにトゥエルはこのやかたにいると言ってましたよね?」


 三人が困惑こんわくし疑問をぶつけ合っている時──。



「私の城に何の用かな?」



 背後から響く冷たく肌を刺すような声。

 誰一人その気配に気が付けなかった。

 瞬刻しゅんこく、構えをとるが相手に一瞬の間を与えてしまったのは確かだ。


「お前が……吸血鬼ヴァンパイアだな」


 こめかみに一筋の汗を流しカルドが爪先つめさきを青年に向けながら告げた。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る