第05話】-(その吸血鬼、ぺろりと舌を這わす

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

その他ギルメン〉カナタ、エテル、カルド

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 雪のような白髪に、子供にはそぐわない大人びたあざやかな光をとも真紅しんくの瞳。その童男おぐなは、私に向かって静かに微笑んだ。


「君をさらったのは私だよ」

「──⁉」


 こんな子供が⁉ 同時に生まれる言葉遣いの違和感。私の考えを見透かしたかのように童男おぐなが言葉を続ける。


「ああ、この姿のこと? 普段はこの姿の方が怪しまれないからね」


 そう告げるとその童男おぐなの足元に魔法陣が現れた。あまりのまぶしさに私は一瞬目をつぶる。そして目を開けた時にはさっきまで存在していた子供の姿はなく一人の青年が涼しい顔で私を見据みすえている。そして妖艶ようえんな笑みを浮かべた。


「──っ⁉」


 私は目の前で起きたことに驚愕きょうがくすると共にゾクリと恐怖が背中を走った。


 その青年は、趣味の悪そうな柄のネクタイを締めたジレ姿をしていた。肌は白髪と同等に異常なまでに白く、生気せいきを感じられない。美形といえばその部類に入るのだろう。


 そんなにも不気味な雰囲気をまとっているのに、その真紅しんくの瞳で見つめられると何故か目くるめくような気持ちにさせられてしまう。私の瞳を誘い奪うような。


 私は魅入られる瞳から首をふり無理やりらす。そして息を呑んだ。「人間ではない」と、それだけは分かった。


「公園でたまたま君を見つけてね。私のコレクションにしようと思って連れてきたんだ」

「こ、コレクション⁉」


「そうだよ。まさかこんな私好みの少女がいるなんて思わなかった。その服もとても似合っているね」

「あ、あなたがこの……服を⁉」


 私の顔が青ざめていく。こんな変態へんたいな服を着せられたかと思うと怒りしかない。


 私が怒りで手元をプルプルさせていると青年はおもむろに私がいるベッドの上に座る。私を引き寄せするりと腰に手を回した。そしてもう片方の手で私のあごに人差し指をあてくいっと自分の顔に引き寄せる。


 私はその鮮やかなまでの行為に今度は恐怖を覚えピクリとも動けなかった。そして青年は私の首筋に視線を移しじっくりと舐めまわすように見ているようだ。


「綺麗だ。首筋もこの身体も。早く私のものにしたい」


 私の視線は一点を見つめたまま。こめかみから冷たいものを感じた。青年は一頻ひとしきり見終わると顎先あごさきに向けた手を離し私の長髪をすくい上げながらつぶやいた。


「君は特に気に入ったから、この部屋をあてがうことにした。何か不便ふべんなことがあれば何でも言うがいい。君の望むままに……そして毎夜君の美しい血を私にしたたらせ、その身体も……」


 私の首筋につーっと舌をわしていく。


 ──ゾクッ。


 私は答えが分かっているはずなのに声を強張こわばらせながら問う。


「あなた……もしかして……吸血鬼ヴァンパイア⁉」

「フフフ」


 青年は不敵な笑みを浮かべるだけで無言を貫く。そして。


「心配はいらない。最後は永久とわの命をさずけるから」


 私……吸血鬼ヴァンパイアさらわれてしまった──────────⁉



★ ★ ★



(トゥエル視点)


 コツッ。コツッ。


 回廊かいろうに響くヒールの音。


「ケロちゃん、本当にこっちですの? こんな薄気味うすきみ悪いところにイトアがいるのかしら」


 頬をつきながら怪訝けげんそうにつぶやくトゥエル。


 公園で忽然こつぜんと消えたイトアを探しにきたトゥエルは、「ケロちゃん」と呼ぶ小さな犬に案内されるがまま城壁を越え怪しげな洋館に辿り着いた。そして人気ひとけのない館の真正面の扉から堂々と入り暗い廊下を歩いている。


 廊下にはゴシック様式の大きな窓が隙間なく並び、その窓からは暗雲の隙間からのぞあかりが照らされていた。そのあかりだけを頼りにトゥエルは進む。


 洋館の中は無数の部屋の扉があり、廊下には絵画や彫像、アンティークな壺などの調度品ちょうどひんが飾られていた。そうして奥に進んでいると、暗闇の先からかすかに足音が聴こえた。


 トゥエルはそれを見逃さなかった。


 透かさず近くの柱の陰に身を寄せ、いつでも交戦ができるように戦闘の構えをとる。目を凝らしその足音の正体を見定みさだめようとしていた。


 トゥエルに緊張が走る。


 徐々にその足音は近づいてきた。しかも一人ではない。数人と追われる足音にさらにトゥエルの緊張は高まる。


 声が聞こえてきた。

 するとトゥエルの顔が引きつった。


「このやかた広すぎだよ~」

「お約束では地下に牢屋があってそこに人質とかいるもんだがなあ」

「お約束って、ゲームじゃないんですから……」

「カナタ、ゲームってなんだ?」

「いっいえ、なんでもありませんっ」


 この間の抜けた会話の主達をトゥエルはいやでも知っていた。その足音達が自分の正面までくると隠れていた柱から仁王立におうだちをして姿をさらす。


「「「おわっ‼」」」


 突然の奇襲きしゅうにたじろくカルド、エテル、カナタの三人。一瞬の間。口を開いたのはカルドだった。


「トゥエル⁉ なんでこんなところにいるんだ⁉」

「街に買い物に行っているはずですよね⁉」


 矢継やつばやにカナタも口を挟む。


「その言葉そっくりお返ししますわ。わたくしはイトアと買い物をしていたら公園でイトアが忽然こつぜんと消えましたの。それを探していたらここにたどり着きましたのよ」


 仁王立におうだちのまま腕を組みトゥエルが事の事情を説明した。話を聞き終わると三人は顔を見合わせ凍りつく。まだ状況が把握できていないトゥエルにエテルが決定的な一言を告げた。


「トゥエル、ここは吸血鬼ヴァンパイアやかただよ?」


 一瞬目を丸くしたトゥエルはすぐに顔を紅潮こうちょうし勢いよく声を荒げた。


「なんですって‼ どうしてわたくしさらわれなかったのかしら‼」


 両手を頬にあて驚愕きょうがくの表情を浮かべるトゥエル。それを見てあきれる三人。トゥエルの正体に勘付いているカナタとエテルに至ってはなんとも的外まとはずれなトゥエルの一言に表情をゆがめた。


「それにしてもその小さな犬は何ですか? 普通の犬には見えませんけど……」


 カナタが怪訝けげんな顔つきで犬を指さした。三人がトゥエルを見た時から感じていた違和感をカナタが代弁だいべんしたのだ。なぜなら、顔こそ可愛らしい子犬だが首から三つの頭が生えていた。


「あ、これはケルベロスのケロちゃんよ」

 何くわぬ顔でトゥエルは答えた。


「ケルベロスって……あの黒竜を倒した時に召喚した時のですか?」


「そうですわ。わたくし、魔獣の大きさも自在に操れますの。それにこの子、嗅覚きゅうかくも優秀ですからモノや人探しには重宝しますのよ」


 確かに頭が三つもあるのだからそこら辺の犬よりも嗅覚きゅうかくが優れているだろう、とカナタは思っていた。トゥエルはケロちゃんという名のケルベロスの頭をなで、犬は尻尾を左右に振り喜びの合図をしていた。


「……ということはここにイトアが?」

「そうなりますわね」


 話の本筋ほんすじを戻したエテルの質問に素っ気ない様子でトゥエルが答える。自分も標的にされなかったことをまだ根に持っているのだろう。


「それなら丁度よかった。俺たちは吸血鬼ヴァンパイアを探すからトゥエルはこのままイトアとさらわれた少女達を探してくれないか。恐らくイトアも他にさらわれた少女たちと一緒にいる可能性が高い」


 カルドはここぞとばかりにトゥエルに提案を持ち掛ける。

 トゥエルは肩をすくめ。


「仕方ありませんわね」


 四人は二手に分かれて捜索そうさくすることとなった。


(続く)

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