第04話】-(あられもない姿

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

カルド・男性〉ギルドマスター

──────────


(カナタ視点)


「この臭いなんとかなりませんかね」


 服のすそを口に当てながら文句を垂らすカナタ。今、カルドとエテル、カナタは王都の城壁から少し離れた森の中にある下水道を歩いている。


 足元には汚水が流れ鼻をつくような臭いが漂っている。丸々と太ったネズミが時折横切っていく。丸く長い空間は出口などないのではないかと思うくらい果てしなく続いていた。


 松明たいまつの明かりで三人の影は長く大きく揺らめいた。三人は汚水を避けて両端りょうはしにある道なき道を進んでいた。


「我慢してくれ。下調べではこの下水から吸血鬼ヴァンパイアが住むやかたつながっているという情報なんだ」


 カルドは松明たいまつを持ち足元を確認しながら先頭を切っていく。


「というか、場所まで分かっているのなら他の冒険者達が既に行っているのではないですか?」


 カルドの後ろを歩いていたカナタがまとを得た素朴な疑問をカルドにぶつける。


「ああ、他のギルドの奴らも討伐に行ったんだが、誰も帰ってこなかったらしい」


「え……」

 カルドは涼しい顔でさらっと物騒ぶっそうな言葉を告げる。その言葉にカナタの視線が止まる。そこへ最後尾さいこうびで歩いていたエテルが補足をする。


「カナタ、君はまだカルドの事をよく知らないと思うけど、カルドはお金に目がないところがあるんだよ。皆が帰ってこないということは? それだけ報酬があがる。まあ、その埋め合わせがこっちに回ってくるというわけさ」


 エテルは両手をあげ「やれやれ」と顔を振った。


「あはは……」

 カナタはその様子を見て口を引きつらせ空笑いを浮かべた。


「おいおい、そんな言い方やめてくれ。これもギルドを統括とうかつする物の役目なんだ」


 カルドが背中越しに弁明べんめいする。

 そして話の話題は吸血鬼ヴァンパイアへと変わる。


「それにしても幼女と少女しか狙わないなんて悪趣味ですよね」

「ああ、吸血鬼ヴァンパイアは何百年も生きている。そのうち変なへきも出てくるんだろう」

「つまり、変態へんたいってことだよ」


 言葉足らずなカルドの説明にまたもやエテルが補足を加えた。少なくともカナタが生きてきた人生の中で「変態へんたい」という言葉と出くわすことはなかった。その言葉にカナタは敏感に反応しぎょっと身震みぶるいをした。


「……言えてますね。早くさらわれた人達を助けましょう」

「そうだね。さっさとひつぎに沈めてしまおう。僕はイトアと早くデートがしたいし」


 またしてもエテルの余計な一言にカナタが噛みつく。


「その下心、見過ごせませんね」

「お、あった、あった。この扉だ。ここから入るぞ」


 そんな二人の小競こぜり合いを余所よそにカルドが明るい声を上げる。松明たいまつで照らされた先には古びた木製の扉があった。開き戸の部分には南京錠なんきんじょうがかけられ、さらには鎖で巻き付けられてある。いかにも「入るな」と警告を告げていた。


「この扉からやかたの地下につながっているはずだ。エテル破ってくれ」

「はい。はい」


 少し面倒臭そうにエテルは言うと剣で木製の扉にひずみを入れる。そこから軽く蹴りを入れ扉を突き破った。



★ ★ ★



(紬/イトア視点)


「う……ん」


 頭が痛い。私はどうやら眠っていたらしい。

 気が付くと私は見知らぬ部屋にいた。


「……へ? ここどこ⁉」


 確かトゥエルと買い物というか荷物持ちをしていたはずなんだけど……。


 私は頭を左右に振り辺りを見渡す。

 そこはなんとも不気味ぶきみに思える部屋だった。


 赤い壁に赤い絨毯じゅうたん。暖炉からは小さな火がともっている。アンティーク調のソファーにテーブル。天井を見上げれば薄明りの大きなシャンデリアがこちらを見ていた。


 出窓からは怪しい暗雲あんうんが立ち込めている。そして私はその部屋の中でもひと際場所を占めている天蓋付てんがいつきの趣味の悪そうな紫色のシーツが張られた大きなベッドの上に横たわっていた。


 さらになにより驚いたことは──。



「え…… 何この格好⁉」



 私は驚愕きょうがくした。二度見、いや、三度見程する。

 私は足の付け根ほどしかない丈の短いワンピースを身に着けていた。


 その生地は薄くうっすらと下着が透けている。細い肩ひもは腕やうなじ、背中の肌をむきだしにし、胸元はかすかな谷間を作り、太ももから足先にかけては何も隠すものもなくあらわに。


 現実世界の言葉で例えるならば、ベビードールというなまめかしいというかあられもない恰好をしていたのだ。


 知らない場所にいるだけでも頭が混乱しているのに、さらにはこんな羞恥しゅうちな姿をしているわけで……。私は混乱を一周回って「あはは」と一人笑う。


 そして直視できなかった疑問を自分に問う。

 これ、誰が着せたのだろう⁉ 


「いやああああああ⁉ 考えたくない‼」


 嫌でも突き詰められる現実。私の停止していた頭がフル回転を始める。頭を抱え、のたうち回っていると私を呼び止める声が聞こえた。


「目を覚ましたかい?」

「え⁉ だ、だだだだれ⁉」


 私は羞恥しゅうちと驚きで咄嗟とっさに手で胸元を隠す。


 そこには──。

 一人の幼い男の子が部屋の扉の前に立っていた。


(続く)

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