第03話】-(幸せの価値観

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

その他ギルメン〉フルーヴ、カルド(ギルマス)

──────────


 一通り買い物を済ませたというか、もう手荷物が一杯で持てなくなった私と使い魔の執事を見てトゥエルが帰路に就くと告げる。午前中から出かけていた私達は、すっかり正午を過ぎもうすぐ夕暮れが訪れようとしていた。


 帰り道、森のような木々が立ち並ぶ大きな公園に差し掛かった。自然が大好きな私の好奇心がうずく。ご機嫌で先頭を歩いているトゥエルに向かって私は勇気を振り絞って声を掛けた。



「ちょっとここで休憩しませんか?」



 トゥエルが立ち留まって私の方を振り返る。私はできうる限りの笑顔をつくろった。そしてトゥエルは視線をチラリと公園に向けて。



「そうねぇ……普段はこういうところ立ち寄りませんけど……まあ、イトアが言うなら仕方ないわね。少しだけよ」

「ありがとうございます」



 少し、間があったのは気になったけれどトゥエルは快諾かいだくしてくれて、今度は私が目をキラキラさせて先頭をきり。その後ろをトゥエルがしぶしぶ着いて来てくれる。


 レンガ作りの家がのきつらねる中、その公園はあった。抑々そもそも城壁を越えればいくらでも森が茂っているわけだけれど、こうして街の中にポツンとあるとそれはそれで目立つ。


 青く茂った芝生では小さな子供が駆けている。木陰こかげには恋人達が時を過ごしている。そしてその公園の中には水面をさおに染めた湖があった。風の波紋が時折ときおり現れては消え空の雲を映し出していた。


 私達はその湖の近くにあったベンチに座ることに。大量の買い物袋や箱をそばに置き私は「ふーっ」とひと呼吸する。青い香りを乗せた風が私とトゥエルの髪を揺らした。



「いつも討伐と宿舎の往復でこんな場所があるとは知りませんでしたわ」

 トゥエルが物珍ものめずらしそうに辺りを見渡していた。



「私もです。まあ、私の場合は魔法の勉強で外に出ていなかったわけですけど……トゥエルは討伐で忙しくてこんな場所、普段来ませんよね⁉」



 私は自虐じぎゃくを加えながら話題を探す。



「そうね。少なくともエテル様やカナタよりは実力も魔力も上ですし」

 最近何かとこの二人を引き合いにだすトゥエルに私は空笑いでやり過ごす。


「まあ、魔法使いメイジは大器晩成型が多いから気にすることはないわ」



 トゥエルの口からそんな言葉がでるとは思わなかったので私は思わず「え?」と間抜けな顔をしていたかもしれない。隣に座っていたトゥエルの顔をのぞいた。



「フルーヴだって始めはあなたと同じように暇さえあれば魔法書を手放さなかったのよ」

「そうなんですか⁉」



 意外だった。確かに、フルーヴからもらった魔法書はどこかくたびれていて本の中にはメモ書きがびっしりと書かれていた。そのメモのお陰で覚えられた魔法も沢山あった。フルーヴは無口だけれどメモはとても饒舌じょうぜつに書かれてあった。



「そういえばイトアはどういう経緯いきさつで冒険者になったのかしら?」

 トゥエルの思いかげない質問に私はドキリとして体が固まる。



 だって自分が冒険者になったきっかけがとても簡単チープに思えたから。でもここで嘘をつくろっても仕方がないと思い私はうつむき気味に言葉をつなぐ。



「私は……実のところ、流れ的っていうか……」



 両の人差し指の先を合わせ私は恥ずかしくて紅潮こうちょうした。でもそんなこと気にする素振りもなくトゥエルは黙って聞いてくれている。


 私は今度は自分の足元を見ながら太ももに手を置き、肩を上げさらに頬を赤く染めながら話を続けた。



「私、以前は何もかも嫌になってその現実から逃げてしまったんです。そんな自分が本当に嫌でした。そんな頃魔法使いメイジの素質があるっていわれて本当に嬉しくて。始めて具現化することにはとても苦労しましたけど」



 先日カルドと話したことを私は思い出していた。

 そして私は話を続ける。



「でもここで色んなことを知りました。諦めない自分が心の中にいて。負けず嫌いな自分を知って、誰かを想う気持ちを知って、誰かと一緒にいる楽しさを知って、一緒に悲しんでくれる仲間がいることを知って。こんな毎日がずっと続けば良いなって」



 私の時間には限りがあることは分かっている。それでも今の毎日がいとおしい。



「だから私、今は冒険者になって良かったなって思ってます。こうしてみんなと出会えましたから」



 私は顔を上げトゥエルに向かって照れ笑いを浮かべた。トゥエルは一瞬、瞠目どうもくし頬をわずかに染めるとすぐに私から視線を外した。


 そして今度は私がオウム返しをする。



「トゥエルはどうして冒険者に? トゥエルならこんな危険な事をしなくても生きていけるのではないですか?」

「そうね。理由は簡単ですわ。飽きたからよ」


「へ? 飽きた?」


わたくしが何もしなくても周りの男性が何もかも用意してくれましたわ。わたくしはただ笑っていればよかったの。でもそんな毎日が退屈になりましたの。それに……」


「?」


「与えられる幸せがそれはわたくしが願う幸せではないと気が付いてしまったからですわ。自分の力で生きていく方が刺激的で楽しいでしょう? 幸い、わたくしには美貌びぼうだけじゃなく魔獣使いテイマーという稀有けうな才能がありましたもの」



 自分の髪を指でくるくると回しながらトゥエルは照れ隠しのようにそっぽを向いて答えた。


 トゥエルの言っていることは本当で魔獣使いテイマーは、先天性せんていせいの影響が大きくその素質を持つものは少ないと私は後から知った。その為ギルド内でも魔獣使いテイマーはトゥエルただ一人。


 私はトゥエルには失礼かもしれないけれど、とても真面目な考えに少なからず驚嘆きょうたんした。そして後半の言葉は私の心を貫いた。「与えられる幸せが自分の願う幸せではない」と。


 カルドもそうだけれど、冒険者になるということは、みんな何かしらの覚悟や想いをせていることを実感させられた瞬間だった。



「でも、イトアにそんな一面があっただなんて。今のあなたからでは想像がつきませんわ」



 この異世界では私はどのように映っているのだろう。でもこの反応からして少しは私も進歩しているのではないかとわずかな期待が膨らむ。



「それに選定試験で死にそうになった時、声が聞こえたんです」

「声?」

「どうせ生きるなら命を焦がして生きろって」

「命を焦がすって……それはどんな比喩ひゆが入っているのかしら」



 トゥエルは興味深い様子で横目で私の瞳に尋ねてくる。



「うーん、一瞬、一瞬を大事に生きるってことですかね……」



 私は人差し指を口元に添え空をあおぎながら答える。正直自分でもうまく説明ができなかった。


 横目で見るとトゥエルはまるで何かを思い出すかのように視線が湖から流れる雲へ移っていた。風でトゥエルの結い髪が舞いあがる。その瞳は空よりも遠くを眺めているかのようだった。


 しばしの沈黙の後。



「時の流れだけは平等……響きは良いですけどまあ、そんな容易いものでもないわ。でも……あなたらしいわね」

「あはは……そうですよね」



 雲から視線を降ろしたトゥエルはどこか切ない表情を浮かべたかと思うと厳しい言葉でばっさりと切り離す。「私らしい」──か。


 そんな何かの歌の歌詞に出てくるような夢みたいな言葉、容易たやすく出来るとは私自身思っていない。私はトゥエルに苦笑いを浮かべた。


 でも彼女は私に視線を向けて、目を細め、口角を少しだけ上げて表情を緩めた。可憐で儚いその笑顔に私の頬は赤く染まった。



「さて、そろそろ帰るわよ。イトア」

「はい」


「……? イトア?」


(続く)

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