第07話】-(吸血鬼との対峙

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

その他ギルメン〉カナタ、エテル、カルド

──────────


(紬/イトア視点)


「ワンッ! ワンッ!」


 私はその音にハッと我に返り肩が飛び上がった。吸血鬼ヴァンパイアのあの冷たい殺意から恐怖で床に座り込んでいた私。扉越しに聞こえたのは、もしかして犬の声?私はついに幻聴げんちょうまで聞こえるようになってしまったのだろうか。


 すると聞きなれた声が扉越しから聞こえてきた。


「イトア! ここにいますの?」

 ドン、ドンと荒く扉を叩くトゥエルの声が聴こえた。


「──っ⁉」

 私は急いで扉に駆け寄り同じように扉を叩き返し叫ぶ。


「トゥエル⁉ 私はここにいますっ‼」

「イトアなのね‼ あなた、探したのよ⁉」

「ごめんなさい……なんか気が付いたらここにいて」


 この扉一枚の先にトゥエルがいる。その声を聞いて取り止めのない安堵感あんどかんが溢れてくる。私の目が潤んだ。でもここでひたっているわけにはいかない。私は簡単に今の状況を説明する。


「一度ここから出ようとしたんですけど、失敗しちゃって。そしたらどうも魔法を封じられちゃったみたいで。私からでは出られないんですっ‼」


 するとトゥエルが透かさず声をあげる。

「ちょっとそこを離れていなさいっ‼」


「え⁉」

 次の瞬間──。


 バァンッという衝撃音と共に扉が私の足元にまで吹っ飛んできた。私は「ひぇっ⁉」と声を漏らしながら後ずさりする。一歩遅ければ私もこの扉のように……冷や汗が流れた。いや、今は考えないことにしよう。


 扉にはトゥエルと彼女が召喚したゴーレムの姿があった。


「とぅえるぅぅ……」

 私はその場にへたり込み涙声で情けない声を漏らす。


 トゥエルは私の元に駆け寄ってくるやいなや私の姿をみて目を見開いた。それもそのはず。今の私のこのあられもない恰好……。私は恥ずかしくてちぢこまる。そしてさらに涙目になりながら言い訳を垂らした。


「い……いえっ違うんです⁉ 部屋で目覚めたらこんな格好で……」


 もう半泣きの私にトゥエルは黙ったまま、辺りを見渡しベッドに敷かれていたあの紫色のシーツを見つけるとおもむろに切り裂いていく。私の身体が隠れる程の大きさになるまで切り裂くと私にそっとかけてくれた。


 そしてはたけないように私のうなじに生地を合わせると自分がつけていたブローチで留めマントのようにしてくれた。私は涙声でお礼を口にしようとしたその時。



 ──「ちっ…… こんな色香いろかな服着せやがって。ゲス変態吸血鬼が」



「……え⁉」

 私は耳を疑った。


 一応周囲を見渡してみるも……この部屋には私とトゥエルしかいない。


 恐らくトゥエルから発せられた言葉だと思うのだけれど。声が男性の声だったし。私が不思議に呆気あっけに取られていると。


「これで少しはましになるでしょう」

 いつものトゥエルの声に口調……。


「さあ、他にも捕らわれている少女たちを助け出してここから出ますわよ」


 トゥエルは私の様子など気にする素振りなくこの先の計画を話す。私はとりあえずさっきの出来事は保留とすることにした。


「でも困ったわねぇ。私のケロちゃんでは一度臭いを知らないと案内できないのよ」

「け……ケロちゃん⁉」


 頬に手をあて溜息ためいき交じりに答えるトゥエル。私は「ケロちゃん」という新しい言葉ワードに内心混乱した。何だろう⁉ 名前から可愛い雰囲気はするけれど。


「とりあえずカルド達の元へ向かいますわよ。何か新しい情報が分かったかもしれませんし」

「カルド達、到着しているんですね⁉」

「ええ、先ほど会いましたわ。呑気な様子で吸血鬼ヴァンパイアを探していましたわ」


 トゥエルが思い出したかのようにあきれた顔つきになる。なにか一悶着ひともんちゃくあったような匂いを漂わせていた。そしてトゥエルは魔法陣から小さな子犬を召喚した。


「可愛い」と言おうと思った瞬間──。私の顔は凍りついた。顔が三つある……。こ、これがそのケロちゃん⁉


「ああ、カナタにもそんな目をされましたわ。これはケルベロスの子犬よ」

「ははは……」


 慣れた様子でトゥエルは答えた。カナタと同じって私はどんな顔をしていたのだろうか。私は空笑いではぐらかした。


「さあ、ケロちゃん、カルドの元へ連れてってちょうだい」

「ワンッ!」


 色んな疑問を乗せた私の気持ちを置き去りにしてトゥエルがケルベロスに指示を出す。その怪しいケロちゃんが駆けていく方向に私とトゥエルは走っていった。



★ ★ ★



(客観的視点)


「がはっ‼」


 カルドの身体は旋回せんかいしながら背中から廊下の壁に激しく激突した。勢い余って身体をくの時に曲げる。吸血鬼ヴァンパイアの強烈な蹴りを避けきることが出来ず直撃したのだ。


 カルド達一行は吸血鬼ヴァンパイアと対峙していた。さらわれた少女達がいる部屋から少し離れた廊下で今まさに仕留めにかかる。──がそう容易たやす吸血鬼ヴァンパイアの動きを封じ込めることが出来ず苦戦していた。


「ふーん。今度のねずみはもう少しマシかと思ったけど見当違いだったかな」


 カルドを吹き飛ばした吸血鬼ヴァンパイアが白髪の前髪をいじりながら悪態をつく。


 直後、吸血鬼ヴァンパイアの背後から間髪入れずエテルは大剣で腹部を狙いぎ払おうと、頭上からはカナタが槍で仕留めようと大きく振りかぶっている。


「うおおおおおおおおおお‼」

「沈めめええええええええ‼」

 二人の胸声きょうせいが響く。


 二点同時からの奇襲。吸血鬼ヴァンパイアに逃げる隙など与えない──。はずであった。しかし、エテルの大剣は宙を斬り、勢い余って身体を回転させながら踏みとどまる。カナタの放った槍は床に貫通するだけ。吸血鬼ヴァンパイア忽然こつぜんと消える。


「「いない⁉」」

 二人は左右に首を振る。


 瞬刻しゅんこく、エテルは腹部に吸血鬼ヴァンパイア渾身こんしんの蹴りを食らい、近くにあった壺を粉砕ふんさいしながら廊下の壁に叩きつけられ波を打つ。


 上空にいたカナタには、吸血鬼ヴァンパイアはいつの間にか背後に回りこみ、手を組んだ拳を大きく振りかぶりカナタの背中に床目掛けて打ち付ける。カナタは身体を後ろにそり返し床埃ゆかぼこりをまき散らし撃沈した。


「「んぐっっ」」

 衝撃からにごり声を漏らす。


 二人の奇襲を鮮やかに交わし、逆に打ちのめした吸血鬼ヴァンパイアはいつの間にか二人から距離を離し薄暗い廊下の中央に位置していた。


「くそっ‼ いつの間に⁉ 動きが見えなかった」

 エテルが亀裂の入った壁から立ち上がり腹部を抑え痛みで顔をゆがませながら問う。


「なかなかやってくれるじゃないか」

 先程の衝撃から立ちあがりぺっと血反吐ちへどを吐くとカルドが両眼りょうがん吸血鬼ヴァンパイアに向け近づいていく。


 カナタは険しい眼光がんこう吸血鬼ヴァンパイアに向け尚も攻撃の手を休めなかった。床をいながら吸血鬼ヴァンパイアが廊下の中央に移動した瞬間に、片手を挙げ四本の直槍やすりを具現化。直槍やすり吸血鬼ヴァンパイアを囲むように四方向に位置している。


 そして手のひらをぎゅっと握りつぶす。と同時に魔力で操っている槍は吸血鬼ヴァンパイアに向けて一斉に襲いかかる。本来であれば串刺し、いな、かすり傷くらいは与えられるはずだ。


 このとき三人にははっきりと見えた。吸血鬼ヴァンパイアが一瞬消え移動しているさまを。槍の雨から吸血鬼ヴァンパイアは瞬時に槍の上空に移動していた。ゆっくりと降下し静かに足をつける。


「あれ、なんですか⁉ 消えましたけど」

 床から立ち上がるとカナタは驚愕きょうがくの表情を見せる。


「おそらく……時空を操れるんだ。吸血鬼ヴァンパイアは特殊な妖術を使うからな」

「反則すぎるだろう⁉」

「どうやって当てれば⁉」


 三人は体制を整え間合いをとりながら思慮しりょする。

 無駄に動いてもスタミナを消費するばかりだ。


 カルドの汗があごにまでしたたる。心臓にくいを当てる前に拘束の一瞬の隙も与えてくれない。何故、これまで冒険者たちが帰ってこなかったのかいやおうでも実感した。自分の判断は間違っていたのか……自問自答を繰り返していたその時。


「三人がかりで何を手こづってますの?」


 背後から三人を罵倒ばとうする声が近づいてきた。


「「「トゥエル⁉」」」


(続く)

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