第09話】-(私達は涙を零しながら笑いあった

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 するとゆっくりとカナタの手に力がこもる。私はみちびかれるままに顔を上げると目の前にはカナタの青くて深い瞳が見えた。私の目が揺らいでいると。


「現実でもまた君と会えて僕はとても嬉しいです」


 カナタは私から目をらすことなくにごりの無いんだ瞳のままに無邪気に笑いかけてくれた。私はその瞳を見ながら頭が真っ白になった。


「髪の色と長さは違いますけど、瞳の色や顔は僕が知っているイトアとそっくりですよ。というか、さっき廊下で初めて会った時、すぐに分かっていたんですけどね」


 私の気持ちをやわらげようと冗談をまじえて。そして笑顔を消して。


「後、確認の為に言いますが僕は君のことを外見(そとみ)で観ているわけではないですよ」


─────


 その言葉にまた私の瞳孔どうこうが開く。

 全身に風が吹き抜けるこの感触。

 私の視界がゆがんだ。


 世界がゆがんだ訳ではない。

 私の瞳いっぱいに涙があふれたからゆがんで見えたのだ。

 カナタの手から伝わる体温を感じた。

 今の私を肯定こうていしてくれる言葉に心がうち震えた。


─────


 すると波間なみまを越えて色々な感情があふれだしてくる。口には出来なかった死をむかえた時の恐怖。みんなをこれ以上心配させまいと強がっていた気持ち。


 何故かカナタが今、目の前にいることにとてつもない安堵感あんどかんを覚えた。そして全てを包み込んでくれようとする彼の心の中に飛び込んでしまいたいという衝動しょうどう


 私は瞬きするのを忘れ、自然と一粒、二粒と涙がこぼれ。それは私の頬に、そしてカナタの手につたう。カナタは黙ったまま優しく微笑んでくれた。


 カナタの親指が次から次にこぼれる私の涙をそっとぬぐってくれた。私の周りにはどうしてこんなに優しい心を持ち合わせている人が多いのだろう。この気持ちをとても言葉にすることが出来ない。


「…………」

「……うん」

 カナタは静かに頷いた。


「僕の前では我慢しないで下さい」


 カナタの言葉に肩が震えた。

 私は瞳を閉じ大粒の涙を零していく。


 私が異世界に行くようになってからすぐに出会い一番長く時間を共にしたカナタ。彼の存在は私の中でどんどん大きくなっていく。そこへ追い打ちを掛けてくるように私の心の中をのぞいてくる。


 大丈夫だよ、と。

 手を握りしめられているように感じる。


 私がようやくしぼり出せた言葉は。

「帰って来れて……よかった。こんな私を……」


 そう言いかけた時、私の瞳に飛び込んできたその景色に私の心は震えた。


─────


 カナタは一筋ひとすじの涙を流し。



「あの時、守りきれなくてごめんな……でも僕の生きる世界に戻ってきてくれてありがとう」と、涙をともしながら笑う。


─────


 この時、私が死から目を覚ましエテルに抱きしめられた時、肩越しから見えたカナタの顔が浮かんだ。


 胸が締め付けられて苦しい。


 私は……カナタに抱きしめられたかったのだろうか。でも彼は私の為に涙を流してくれている事だけは事実。そして私に「ありがとう」と言う。


「何で、カナタまで泣いてるの?」

 私は涙をこらえ唇を震わせながら問う。


「……だって」

 子供のように言い訳を流すカナタ。

 私もカナタの頬に触れ涙をそっとぬぐってあげた。


 私は男性が涙を流す姿を初めてみた。それに、今まで敬語だったカナタのこのくだけた口調。私も釣られてまた涙があふれる。身体中から感情を表すその姿に心が大きく揺さぶられた。


 私の涙腺るいせんは完全に崩壊した。

 ただ一途いちずに切なくて嬉しい。


 私とカナタはひたいを合わせあい涙を零しながら笑いあった。


─────


「これからは、こちらの世界でも一緒ですね」


 カナタは顔を上げ涙でらした目を細めてでるように私の瞳に話しかけてくる。


「ところでこちらではなんという名前なんですか? イトアではないと思うのですが……」

「……つむぎ」


 私はつぶやくように答える。


「イトアの糸とつむぎですか。素敵な名前ですね。よろしくお願いします、つむぎ。僕はこちらの世界でもかなたです」

「……よろしくね、かなた」


 私は赤い瞳のまま精いっぱいの笑顔を見せた。



★ ★ ★



(カナタ視点)


 僕は抱きしめてこのまま隠してしまいたかった。

 本当に、本当に

 つむぎを僕に返してくれてありがとう。

 今だけは神様に感謝するよ。



★ ★ ★



(紬/イトア視点)


 篠江奏多しのえ かなたこれが現実世界でのカナタの名前。奏多は、私と同じ学校で同じ学年にいた。クラスが別だったのでわからなかった。いや、その前に私は欠席が多かったし、人に無関心だったから……。


 気が付かなかっただけですれ違ったこともあったかもしれない。奏多は、現実の世界でも優しくて、予想はしていたけれど成績もよかった。異世界の座学をあんなに早く理解することができたことも納得できる。


 それから私はすぐに、奏多に揺由を紹介した。思った通り、奏多はとても驚いていた。思わず「紋章はありますか?」なんて言おうとしていたくらい。揺由は現実世界でもあの性格だったので奏多もすぐに打ち解けることができた。


 私たち三人は一緒に下校をしたり、時には揺由のぱしりとなってカナタが売店のパンを買いに走らされたり。テスト前になると決まって私と揺由は奏多の元に押しかけては勉強を教えてもらったり。


 でも揺由がいないところで奏多は「テスト期間中は、異世界禁止です」とこっそりと私に釘をさしてきたり、と。


─────


 死を迎えてからこの当たり前の日常が一瞬一瞬のきらめきのように見えるようになった。二人のお陰で私は現実世界でも居場所いばしょが出来つつあるのかもしれない。あの部屋以外に。


 でも、ただ一つ困ったことが。


 異世界にいる時なのに奏多は二人きりになると私のことを「つむぎ」と呼ぶようになった。私が口に指をたて合図を送ると決まってイタズラが成功したかのように無邪気に笑ってくる。


 私は観念かんねんしそれを受け入れた。


(灰雪(はいゆき)[ドラゴン討伐編] 終わり)

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