第08話】-(現実世界

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 私が異世界で死んでから六日目。体も動かせるようになった私はその夜、現実世界へと帰ることに。こんなに長い間、異世界にいたのだ。現実世界での私はどうなっているのだろう。そっとうなじの紋章に手を当てる。



──現実世界


 目を覚ますといつもの天井ではなかった。首を横に動かすとパイプベッドの手すり。腕には点滴てんてきの処置。


 ここは……。


「目が覚めたのね‼」


 涙声なみだこえの母の声が聞こえた。私はすぐに理解した。どうやら現実では病院に連れていかれたようだ。一日以上、声を掛けても揺さぶっても目を覚まさない私を心配し病院にかつぎ込まれていた。


 現実の世界でもみんなに心配をかけてしまった。

 申し訳ない気持ちで一杯になった。


 病院の先生は突然私が目を覚ましたことにとても驚いていた。念のためと様々な検査を受けることに。私の中では原因が分かる訳だけれど「異世界に行ってちょっと死んでいました」なんて言えるはずもなく。


 されるがままに素直に検査に応じる。そして異常がないことが分かるとその日のうちに退院することができた。さすがにその日の夜は異世界には行かず現実世界で家族と夜を過ごす。


─────


 次の日、私は自然と朝に起きた。いや、これが普通のことであって……。揺由がほぼ毎日家にくるものだからすっかり朝目覚める習慣が出来たようだ。


 こんな自堕落じだらくな自分に苦笑いを浮かべた。母には止められたけれど、ただ寝ていただけなので私は早速今日から登校することに。



 朝日に照らされたアスファルトに足を着ける。

 スーツ姿で通勤する人、私と同じ学校のブレザー姿の学生。

 みんなせわしく目的地に向かう。

 私はその光景がとてもまぶしく見えた。



「紬‼ もう登校しても大丈夫なの⁉」


 振り返ると、揺由が青ざめた顔で私の元に走ってきた。


「うん! たくさん寝て元気になった!」

「は? なにそれ‼ 凄く心配したんだからねっ!」


 目を潤ませ揺由は人目もはばからず勢いよく私を強く抱きしめてきた。


「本当に……良かった」

「揺由……心配かけてごめん」

「もう起きてこないんじゃないかと思って……私……」


 揺由は言葉を詰まらせた。

 私は潤んだ瞳を細め涙をこらえた。

 現実世界でも私を心配してくれる人がいる。


 私は決して一人じゃないんだ……。


 以前の私ならそんなことすら気が付かなかっただろう。私と揺由はお互い涙目なみだめで瞳を重ね笑った。そして今日も当たり前だけど今日しかない特別な一日を始める。


─────


 昼休みになり廊下を一人で歩く。


 見慣れた校舎。

 見慣れた廊下。

 窓から吹くこの風の感触。


 見慣れたこの光景が私はとても懐かしく思えてたまらなかった。

 立ち止まり窓から外の様子をみる。

 運動場では誰かがサッカーをして遊んでいる。

 緑葉りょくようが風にかすかに揺れている。自然と笑みが零れた。



 本当に、帰ってこれたんだ……。



 そんな余韻よいんひたっていると、誰かの視線を感じ私は窓から視線を移す。私の瞳孔どうこうは大きく開き時が止まった。私の瞳に映っている人物に見入みいる。



「少しお話ししてもいいですか?」



 その人物は屋上に行くようにとうながし、私はコクリとうなずみちびかれるままに着いて行く。屋上には誰も居なかった。いつもなら昼休みには誰かいるはずなのに。まるで私達がくるのを分かっていたかのように静かだった。


 そして私を呼び止めた相手はカナタそっくりの少年だった。いや、カナタ本人だろう。沈黙する私にカナタの方から語り始めた。


「同じ学校で眠りから覚めない生徒がいるという噂を聞きまして、気になって会いにきました」


 微笑するカナタに私は動揺を悟られないように表情を固める。するとカナタは自分の右腕のシャツをまくり上げる。二の腕あたりだろうか、見覚えのある紋章を私はみつけた。



 あれは……。



「イトアが一度目の死亡をして、初めて僕がお見舞いに行った時、イトアは普段と違う服装と髪型をしていましたよね? あの時少しうなじが見えました。そこには僕と同じ紋章が浮かび上がっていて正直驚きました。


そんな時に同じ学校内で眠りから覚めない生徒がいるという奇妙な噂、僕を見たときの君の反応、点と点がむすびついたんです。僕のこの予想が正しければ、女性に失礼かと思いますが、うなじを見せてもらえませんか?」


 何となく予想は出来ていたけれどやはり受け止めるにはわずかな時間がかかった。



 でももう、隠せない。隠しきれない。



 私は無言でカナタに背を向け、そっと髪を寄せてうなじに手をかける。紋章がよく見えるように。


 静かにカナタは口を開いた。



「……君はイトアなんですね」



 背中を向けたままの私はうなずくことも出来ず、ただ立ち尽くすばかりだった。風が吹き髪がうなじをそっと隠してくれる。そして紋章を見せ終えた私は、再びカナタの方に振り返った。


 改めてゆっくりとカナタの全身を見るとカナタは異世界のままの相貌そうぼうで。違うところと言えば、白い半袖のシャツに夏用の白のベスト。首元にはゆるく締めたネクタイ。この学校の制服姿。黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけているくらいだった。


「びっくりしたでしょ?」


 静かに答えを待っているカナタに向かって今度は私が口を開く。


「現実の私は、こんな地味な姿で。なぜだか私、向こうの世界ではあんな《可愛い》姿になっちゃった」


─────


 きっと私はむなしい笑顔を向けているのだろう。

 自分で自分をいじめる。

 無様ぶざまだ。恥ずかしい。

 今の容姿が恥ずかしい。

 とてもカナタと目を合わすことができない。


─────


 私が下を向いているとゆっくりとカナタが私に近づいてくるのが分かった。私の視界にカナタの靴が映る。カナタはうつむいたままの私の頬を両手でそっと触れてきた。


 私の肩がわずかに揺れる。触れられた場所に熱がこもっていく。こんな事されるのが初めてでうろたえてしまう。自分ではどうすることも出来なかった。


(続く)

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