第03話】-(命を焦がした先に見えたもの

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉ギルメン、主人公と共に試験に挑む

その他ギルメン〉ユラ、フルーヴ、エテル、他

──────────


 私のポケットからフルーヴにもらった葉っぱのお守りがひらひらと舞っていくのが見えた。


─────


「……あ」

 あはは。どうやら私はまた無茶なことを思い付いてしまったみたいだ。


 でもこの方法はかなりのリスクを伴う。私の中で躊躇ちゅうちょが生まれる。その間にも少女は一直線にただ地面に向かって落下していった。


 どうしよう。


 失敗したら私も多分死んでしまうかも?

 彼女を見捨てれば私の課題は達成出来る?

 私は拳にぎゅっと力を込める。


 どうしよう。


 目がグラグラと揺らぐ。手が小刻みに震える。

 私は浅ましくも天秤にかけている。


 私はどうしても彼女の姿を追ってしまう。

 乾きかけた汗がまた流れる。

 でも、わずかに希望もある。

 上手く行けば二人とも助かるかもしれない。


 どうしよう。

 どうしよう……。


 どうしてかな。


 今までの私ならこんな気持ちになっただろうか。

 葛藤しただろうか。

 だってそこまで人に興味が持てなくなってしまっていたのだから。

 避けてきた人との関わり、絆、愛情。


 ……。


 でも今の私にはここでしかない特別なもの(魔法)を持っている。

 ここ(異世界)にいると何故か私の心をき立てる何かにまどわされる。


 ……。


 自分で決めるんだ‼ 自分の意思で。

 自分が本当にしたい方はどっち?

 後悔? そんな簡単な言葉で済まされるものか。


 私の中で何かが弾ける音がした。



 ──『どうせ生きるなら命を焦がして生きればいい』



 誰かがそう声を掛けてきた。



─────


 この光景を見ていた人には数秒のこと。でも私には何倍ものスローモーションのような時の流れだった。


 私は、落下していく少女の方へ急降下(落下)していき、彼女と同じ高さに到達すると透かさず彼女の両腕を力強く掴む。そして一気に光の魔法を解いた。私は一瞬にして体一からだひとつとなった。


「きゃああああああああああぁっっ‼」


 彼女の叫声きょうせいが私の耳を突っ切る。


 今の私には一度に二つの魔法を具現化することは出来ない。私は急いで次の詠唱を始める。多分今までで最速だったかもれない。


「人は死ぬ気でやればなんでも出来る」なんて誰かが言っていたっけ。


 そんな言葉が頭をかすっていく。秒速で落下していく二人の身体。猛風に晒され視界が奪われるも懸命に目を開く。そして計り知れない恐怖が襲った。


─────


 もうすぐ魔力が尽きそう。

 でもこんなところで諦めるわけにはいかない。

 私はこっちを選んだのだから。

 わずかでもこの力が「誰かを守れるもの」ならと。


 もし……神様がいるのなら一度くらい振り向いてよ。

 ……絶対に成功させてやる。


 私はこれでもかというくらいありったけの魔力を練り上げていく。

 この腕は絶対に離さない。

 自分を信じろとがなり立てる。


 その時、私には確かに見えた。小さな光が。始めは小さかったそのあかりはどんどんと大きくなっていく。そしてそこに向かって私達の身体は吸い込まれるように包まれていく。


─────


 会場から悲鳴や奇声が聴こえた。そしてそれは静寂せいじゃくへと変わる。瞬刻しゅんこく。空を見上げた誰かが何か言っている声が聴こえた。


 だって──。

 今私と彼女はふわふわと宙を浮いているのだから。彼女の手が震えていた。いや、私の手だったのかもしれない。地上まであと数メートル程の距離だった。



 どうやら女神が微笑んでくれたようだ。

 私は喜笑した。



 私は試験前のある日、食い入るように見ていた魔法書にカナタがあの日使ったと思われる魔法をたまたま見つけていたのだ。


 おそらく今の私の実力ではこの魔法で飛び立つことは出来なかった。でも下降くらいならできるかもしれないと。



 ──『風の悪戯ブレェス・トゥリック



 正直なところどうして成功したのか自分でも上手く説明がつかない。あの光に包まれた時、力に満ち溢れた感覚に陥った。あれが「死ぬ気で」ってやつだろうか。


 そのままゆっくりと二人で地面に向かって下降しそれぞれの円の上に足を着ける。地面に降りると私はその場に崩れ落ちた。


 苦しい。冷や汗と身体中の震えが止まらない。私は両腕で自分の身体を抱きしめる。呼吸もままならない。とっくに私の身体は限界を迎えていた。身体中の臓器が悲鳴を上げている。


─────


 私が膝を着いていると勢いよく私に飛び着いてきた人物がいた。ユラだ。


「バカヤロオォ‼ 無茶しやがってっ! 落ちると思って魔法の準備したじゃないか!」


 きつく抱きしめられながらもなんだか涙声なのは気のせいかな。


 視線を移すと私と一緒に降りた少女はよほど怖かったのか声を上げて泣いていた。死ぬかもしれなかったのだから。怖かったよね。彼女は私の元に走ってくると。


「ありがとうっ……ヒック……ありが……と」


 ぎゅっと私の両手を握って、大粒の涙を落としながら何度もお礼を言ってくれた。私も目を潤ませ泣きそうな瞳を我慢して彼女に微笑んだ。


 おこがましいかもしれないけれど、無力だと思っていた私が誰かを助ける事が出来た事がたまらなく嬉しかった。自分を信じる事が出来た自分に泣きそうになった。


 そんな余韻よいんひたっているとユラに続いてカナタにエテル、カルドとフルーヴも私の元に駆けつけてくれた。


「だいぶ無茶なことをしましたね」

「本当に光の妖精かと思ったよ。落ちたら受け止めようと準備していたよ」

「おいおい。試験なのに死ぬなんて無しだ。次からはやめてくれよ?」


 顔を引きつらせながら怒り笑いを浮かべるカナタとエテル。その後ろでカルドが片手を頭に置き困った表情を浮かべていた。フルーヴに至っては無言で親指を立てわずかに口角を上げている。


 あの時フルーヴの葉っぱがポケットから落ちなかったら。カナタとあの体験をしていなかったら。いくつもの偶然が重なって起きた奇跡。



 それにしても、本当に転落死しなくてよかった……。

 深い安堵感あんどかんに包まれた。

 


 後に「手助けをして課題を達成するのは失格ではないのか」という意見もあったようだけど、どこかの王族の偉い人が「初めに助けてはいけないというルールはなかった」と反論をしてくれたようで私の行動は不問となった。王族の中にも親切な人がいるようだ。


 とりあえず波乱だったけど試験は終わった。


(命を焦がす[選定試験編] 終わり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る