第04話】トゥエルの秘密

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

ユラ・女性〉主人公と同じギルドのメンバー

トゥエル〉ギルメン、主人公を煙たがっている

──────────


 まあ、色々あったけれど試験は無事終わった──はずだった。私は今、何故かユラに首根っこを掴まれながら、ずるずるとある場所に向かっている。


 この光景、デジャヴ感あるなあ……。

 私は苦笑いを浮かべる。


 その場所というのは、トゥエルが泊まっている部屋。嘘の試験時間を教えたことにユラの腹の虫が収まっていなかったのだ。ユラは床をドシドシと胸を大きく揺らし怒りの足音を鳴らしながら歩みを進める。


 この他にもユラはトゥエルの行動について思うところが沢山あると話してくれた。どうもトゥエルが気に入らないと思う女性のギルドメンバーがいれば、裏で手を回して脱退に仕向かせているらしいと。


 確かに私は今回の試験でめられた。あんな可憐で可愛らしい顔をしているけれど腹黒い部分があるのは確かだ。なんともいえない複雑な気持ちでいると問題の部屋の前に到着した。


 バンッとノックもしないでユラは怒りに任せたまま扉を開ける。


「おいっ‼」


 ユラの怒号どごうが響き渡った。しかし、そこには、あの綺麗な桃色の長髪の『カツラ』を綺麗にくしでとかしているトゥエルの姿があった。しかもトゥエルの頭は坊主に近いほど短髪であった。



「「……え」」


 空気が、時が、止まる。

 カツラ……?



 いやファッションとしてカツラ、もといウィッグをつける女性は存在する。そのことについては、なんら変哲はない。


 ──はずなんだけど。


 私は興味心から今度は化粧台の方に視線だけ移した。見た目も可愛いコスメ達が並びいかにも女性の化粧台だ。でも私の目が見開く。


 その中でひと際目立つものが……。

 私は二度見した。


 そこには髭剃ひげそり的な物体の姿が見えたのだから。一度カルドがこの世界での髭剃ひげそりを使っているのを見たことがあったので、それを見てすぐに髭剃ひげそりだということが私には理解できた。ユラもそれに気がついたようだ。


 この違和感、なんだろう……。


 当の本人のトゥエルにいたっては扉を開けた時の姿のままで完全に静止している。私は呆然ぼうぜんと立ちすくみ。ユラはトゥエルに向けてゆっくりと指をさすと決定的な一言を告げる。



「おまえ、男なのか?」



 その一言でトゥエルの思考回路も復帰したようだ。ばっとその場に立ち上がると興奮気味に肩を上げながら。頬を染め上げながら。


「は? それがなんですの? 性別なんて関係ないじゃありませんこと? 美しければそれが全てですわっ‼」


 私たちを圧倒させるようなやや半ギレ気味に反論してきた。


 しかしだ。


 短髪でカツラを片手に持ち、髭剃ひげそりを持ち合わせている人に言われても説得力にかける。私とユラの口がわずかに引きつっていく。


「なんでそんな髪型でカツラと髭剃ひげそりがあるんですか?」


 私もユラ同様、トゥエルに向かってプルプルと指をさし思わず心の声が漏れてしまった。


「は? あなた被ったことがないからご存知ないかと思いますけど、カツラはとても蒸せますの! それにそれは嫌味かしら? これでわたくしの性別くらい判断できますでしょう?」


 今度はカツラを放り出し、腕を組み小馬鹿に、そして見下すような視線でまくし立ててくる。もう……自分でカツラって言ってるじゃん。


「ぶはっ。もう我慢できねぇ」


 ユラがお腹を抱えながら転がりこんで大笑いし始めた。私だって必死にこらえているというのに、ずるい。


 扉が開いた状態でユラが大声で笑うものだからその声に「どうしたんだ?」と近くにいたギルドメンバーが近づいてくる。それを瞬時に察知したトゥエルは。


「なんでもありませんの。おほほほ」


 とドア越しに言いながら部屋の外にいた私の手をグイッと強引に引き、部屋の中に勢いよく招き入れ扉をバタンと閉めた。



 私は確信した。

 間違いない。

 この力は女性の腕力ではない。


─────


 私とユラ、トゥエルは今、円卓をはさんで使い魔の執事から紅茶を入れてもらい、それはそれは優雅に茶会を楽しんでいるように、とはたからは見えているだろう。


 すっかりいつもの姿に戻ったトゥエルは、何事もなかったかのように可愛らしく微笑みながら紅茶を楽しんでいる。


 トゥエルがティーカップをテーブルに置くと私たちに静かに話し始めた。


わたくし、幼い頃から女のような見た目から故郷ではいつもいじめられて育ちましたの。十五歳になっても声変わりもなくこのまま。ある時、近くの街に足を運んだ際にふざけて女装して街を歩いてみましたの。するとあっという間に男性に囲まれて……」


 ユラの顔が引きつっていく。トゥエルは自惚じぼれしたように頬に手を当てる。頬をほのかに赤らめている。


「それからの故郷を捨て王都に住み始めると、花やら蝶やらと、それはとてももてはやされましたの。食べることにも、着るものにも苦労しなくなりましたわ。ですから、この姿で生きていくと決めたのです。幸いにも心もすっかり乙女になってしまって、恋愛対象も男性ですわ」


 さらっとカミングアウトしていく姿にあきれて私の顔もひきつる。


「ぶはっ。おまえも苦労したんだな」


 それまで黙って聞いていたユラがまた笑いながら口を開いた。まだ笑いが収まらないらしい。


「別に告げ口したければどうぞ。わたくしはどこでもこの美貌びぼうで生きていけますのでご心配なく」


 トゥエルはそう告げると顔色一つ変えずまたティーカップを持ち上げ紅茶に口をつける。


「だってよ。どうする?イトア」


 両手を頭の後ろに組み、ユラが面倒くさそうな顔をしながら私に視線を移してきた。私は自分にさいを投げられとりあえず空笑いで誤魔化ごまかす。ユラとトゥエルの顔を交互に見る。ティーカップを持ったまま汗を流す。


 何か言葉を発しようにもすぐに口から出ない。沈黙の時間が流れる。私は軽く溜息ためいきをつくと、まあ、結局出た答えはごく単純なもので。


(続く)

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