第02話】-(魔法の形状変化

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉ギルメン、主人公と共に試験に挑む

フルーヴ・性別不明〉主人公の魔法の先生

──────────


 それから次々と各職ジョブの課題は進み、とうとう魔法使いメイジの番になった。私は他の魔法使いメイジの受験者同様に小さく書かれた円の中に立たされた。


「今から魔法使いメイジの試験を開始する。君たちへの課題は、この城の頂上にある塔に君たちが所属しているギルドの旗を立てている。そこにおもむき、取ってきてもらいたい。但し、全て魔法を使ってだ。その円から外に一歩も地面を歩いてはいけない。……それではスタート!」



 魔法を使って? 円から外に地面を一歩も歩かない?

 一瞬頭が真っ白になった。



 ふと周りを見渡すと、水を水龍に変化させそれに乗り上空へと飛んでいく人。土の壁を作りその上に乗って階段を登るように移動する人の姿。


 さすがに精霊を召喚できる程の実力者はいないようだ。精霊召喚は最上級魔法よりさらに上の禁忌きんきだとフルーヴに教えてもらった。


「……あ」


 私はこれは変化系の魔法の実技なんだ、と気がついた。


 魔法の変化系は、魔法の中でも特に難しい部類でただ単に魔法を具現化するだけではいけない。その具現化した魔法に魔力を注いで自分がイメージする形状へと変化させる……と本に書いてあった。



 そう……。

 私は変化系の魔法をまだやったことがない。



 私の身体はこわばった。こんな難しい課題出来るはずがない。無力な自分を責め立てる。下を向きくっと歯を食いしばった。これはかなりの高難易度の魔法。こめかみから汗が流れる。


 辺りを見渡すと半数以上の受験者たちが呆然ぼうぜんと立ち尽くしたままでいる。



 どうしよう……このまま何もできずに私も終わるの?



 不安と動揺にかられた私は気がつくとカナタの姿を探していた。会場の隅、ギルドのみんなが固まって集まっている中にその姿はあった。


 カナタは、私と目が合うと静かに微笑した。自信に満ち溢れた瞳で私に語りかけてくる。「僕が教えたんですから絶対に大丈夫です」、と。


 私の肩がかすかに上がりハッと息が止まる。


─────


 無口で不愛想なフルーヴがいつも見守ってくれていたあの光景。

 湖で初めて具現化できたあの光景。

 私が頭を抱えながらも一緒に座学の勉強に付き合ってくれたあの光景。

 息抜きに空に近い場所まで連れていってくれたあの光景。


 最後に大丈夫だからと私の肩に魔法の言葉をかけてくれたあの光景。


 私のまぶたの裏で駆け抜けていく。

 束の間──。


─────


 全く……変なところでカナタって自信家だなあ。抑々そもそも魔法はフルーヴが先生なのに可笑おかしいよね、カナタの方をみるなんて。私は目を細め苦笑を浮かべる。同時に肩の力がすっと抜けていくのが分かった。



 やれるだけのことはしよう。

 そしてゆっくりと瞬きをして正面を向く。


 私には、これしかない。

 私は手を胸にあて儚雪スノー・ノエルを具現化した。



「あんな初歩魔法でどうするっていうんだ⁉」


 近くで小馬鹿にするような声が聴こえた。でもそんな事どうでもよくて。その光達に魔力を送りながら私は命令をする。



 ──私の翼になれ、と。



 私の周辺でふわふわと右方八方に浮いていた光達の動きがピタっと止まる。


 私はただ一心に翼のイメージを送った。何百もの光の雫を具現化した私は既にいつもより多くの魔力を消費していた。それでも私は送り続ける。瞳を閉じ、両翼を広げた大鷹おおたかの翼のイメージを。


 大きな翼、羽弁うべんは羽毛のそれとは違い空気の抵抗を調整する為に密集し、しなやかに光沢がかった羽根の一枚、一枚の細部まで。私は空を飛べる鳥になるんだと。


「おおっっ!」


 どこからかそんな声が聴こえた。なんだか背中があたたかい。目をゆっくりと開け左右に視線を向ける。私の身体は光の翼に包まれきらめいていた。翼になり切れなかった光の雫が顔に触れくすぐってくる。


「これ……私がやったの⁉」


 初めての魔法が成功したことに驚き思わず一人言が零れる。私の目の瞳孔が大きくなる。私は光の雫達に心の中でお礼を告げる。いとおしくて堪らなかった。


 しかし本番はこれから。私は空を見上げる。この翼のイメージを術が解けるまで一定の魔力の配給で保ちつつさらにはこの翼を動かさなければ。とても緻密で繊細なコントロールを要求される。私は唇を噛み締める。


 次に翼が羽ばたくイメージを送った。大きな翼が風をつかまえ上昇したり下降したりと物顔ものがおのように空を悠々と羽ばたくさまを。私の翼はまずは小さく羽をばたつかせ、次にバサバサと大きくはばたいてみせた。


「──‼」


 少しずつ足が浮いていく。本当に自分が鳥になったような錯覚を起こす。


 ひたいから汗が流れる。指先まで神経が研ぎ澄まされる。ここで少しでも気を抜けば光達はあっという間に飛び散ってしまうだろう。光の翼が大きく羽ばたく度に私は上へ上へと少しずつ上昇していった。


 恐怖がまとわりついた。

 下は見ずただ上だけを見て。


(あと少し……あと少し)

 始めは点のようにみえた城の頂上が少しずつ大きくなっていく。


(あと少し……あと少し)

 白いレンガで積まれた小さな塔が見えてきた。


(あと少し……あと少し)

 塔の屋根に無数の小さな旗がを張っていた。私のギルドのエンブレムが描かれた旗も。


「見えたっ‼」


 私は頂上まで上昇するとそこに留まり手を伸ばしそっと旗を引き抜く。ここで初めて下を向いた。城壁に囲まれた街が一望できた。会場にいる人達が点に見える。


 でも、そんな余韻よいんひたっている時間はなかった。そろそろ私の集中力と魔力が限界を迎えようとしている。


 私は旗を抜くと急いで今度は翼をゆっくりと羽ばたかせて下降する準備をする。風が下から吹いてくる。髪は舞い上がり流れた汗が乾いていった。


 折り返し地点まで来ることが出来て、安堵したその時──。私の視界に、ある光景が映し出される。


─────


「きゃああああああああああぁっ‼」


 土の魔法を使って旗を取りに行っていた少女の魔法が解け始め今にも落ちそうになっている。


 魔力のコントロールが崩れたのだろうか。

 もしくは魔力に限界がきたのかもしれない。


 でも……落ちるにしても高すぎる。とても命が助かる高さではない。自分もあやういというのに私は彼女から視線をらすことが出来ない。


(どうしよう⁉)


 そうするうちにとうとう術が解け少女は無常にも落下を始めた。


「──‼」


(続く)

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